back to MAIN  >>  ss top
新学期
新学期は、何かと憂鬱だ。
通学路を歩む足取りも、ついつい鈍くなってしまう。

いつも歩く川べりの道沿いには、桜が咲き誇り、新しいランドセルを背負う新一年生が嬉しそうに走り抜けていく。

この季節を、もっと楽しめればいいのに、憂鬱な気分は変わらない。


昨日は始業式の日で、クラス替えの発表があった。
嬉しかったことは、2年ぶりにクッキーと同じクラスになれたこと。
ひろしが通う陽昇学園は、2年ごとにクラス替えがある。
クッキーは幼稚園時代からの幼馴染で、親同士も仲良しだったこともあり、クラスが違う2年間も、何かしら一緒にいることが多かった。
でも、やっぱりこの先2年間は同じクラスだと思うと、単純にうれしかった。


ひろしが住む商店街から、川沿いを歩いてしばらく行くと、新興住宅地が見えてくる。
クッキーの家は、この住宅地内にあり、ひろしはいつも彼女を迎えに行く。
これはもう、日課のようになっている。


赤い屋根の一軒家に着き、ひろしはインターフォンを押す。
「はーい。あら、おはよう、ひろし君」
ドアから顔を見せたクッキーの母親は、ひろしの顔を見るとにっこり微笑んだ。
小柄ながら、なかなかの美人だ。
「おはようございます」
「毎朝ありがとうね。容子ー!ひろし君がきたわよぉ。早くしなさい」
「はぁーい」
パタパタと足音を立てて、廊下の向こうからクッキーが姿を見せた。
「おはよう、ひろし君!」
「おはよう。さ、クッキー、行こうか」
「うん! じゃあ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい。二人とも、気をつけてね。」


「うーん、今日もいい天気ね〜」
「そうだね」
ひろしの隣を歩くクッキーは背が低く、5年生になった今でも、彼女にはランドセルが大きく見える。
「今日は、係決めがあるのよね」
「…そうだね…」
「あれ、ひろし君どうしたの?なんか元気ない」
「いや…、そういうわけじゃないけど…」



実際は、言われたとおりだった。
憂鬱な気分の一つは、係決めにあった。
新学期は、クラスの中の係決めや、席決めなど、いろいろある。
ひろしは、なぜだか、重要な役を割り当てられることが多かった。
1年生からずっと、学級委員長やら、学年代表やらをやってきたのである。


自分では、そんな役をやる柄じゃないとずっと思っているのだ。
ただ、周りからはそう思われていないらしく、いつも推薦や、先生の指名であたってしまう。
学級委員長なんて、ちっともいいもんじゃない。
いつも何かあると責任を問われるし、クラスメイトの代表として、規則や決まり事を守らなくてはいけない。
時には、「学級委員長だからって格好つけんなよ」なんて言われるし…。
自分だって、たまにはみんなと馬鹿なノリで楽しく過ごしたいのに…。
そんなことを考えていると、だんだん憂鬱になってくるのだ。


「あたしは、何をやろうかなあ〜」
クッキーはそんなひろしの心中を知るはずもなく、無邪気に喋っている。
「ひろし君は?何かやりたいものあるの?」
「いや、僕は別に…」
「ふうん。あ、学級委員長とかは?」
「えっ…。いや〜僕には向いてないよ…」
「そうかなあ〜。ひろし君、前もそうだったんでしょ?」
「そうだけど…、たまたまだよ。」
「そう?」
「そうだよ。それに、今のクラスは僕より向いている人がいると思うし。」
「ん〜?だれ〜?」
「そうだな〜。ほら、小島君とか、飛鳥とかさ。あいつら、勉強得意だろ。」
そう言ってから、ひろしはしまった、と思ったが遅かった。


クッキーの顔が急に嬉しそうに輝きだしたからだ。
「月城君!格好いいよね〜!勉強も得意なんだぁ〜」
「そ…そうだね…」
それからクッキーは飛鳥君はどんな人なんだろうとか、何が好きかしらとか、そんなことを学校へ到着するまでずっとしゃべっていた。


月城飛鳥は、4年の時に転入してきてからひろしと同じクラスだった。
スポーツも万能、勉強も学年で1,2位を争う秀才で、会社重役の息子でお金持ち…、
それだけでもうらやましいのに、顔立ちも奇麗なのだ。
本人もそれに自覚的で、いつも自信にあふれている。
ただ、だからといって嫌味なわけではなく、一緒にしゃべったり遊んだりするといい奴だなとも思う。
4年のクラスの時から、何かと女子の注目を浴びていたから、何となく予想はしていたけれど…。


クッキーも、他に違わず、彼のファンになってしまったようだ。
昨日も、女子だけで集まって、飛鳥君ファンクラブなるものを作ったらしい。


ひろしが感じる、憂鬱の原因のもう一つは、このことにあった。
いつごろからだろうか、クッキーは、ひろしの中でただの幼馴染から好きな女の子へと変わっていった。
ただ、だからといって、何も変わってはいないのだが。
変に意識をしすぎて、クッキーとの関係が変わってしまうことも厭だった。
クッキーは、僕のことをどう思っているんだろう…。
…でもきっと、僕と同じような意味で、僕を好きだとは思ってくれてないのかな…。
飛鳥に対するクッキーのはしゃぐ姿を見ていると、そう思わざるを得ないようだ。




「さぁ〜て。今日はこれから係決めをするぞ」
教卓の前で、篠田先生は声を張り上げる。
今年の担任は、若い男の人だ。体育会系なんだろうか、いつもパワフルで頼もしい感じがする。
新しくクラスメイトになった、仁、ヨッパー、あきらの悪ガキ3人組をまとめるには、きっとこれくらい元気な人じゃないと無理なんだろうな、とひろしは思う。

篠田先生は、黒板に係の名前を順番に書いたのち、振り返り、手を軽くはらってチョークの粉を落とした。
「お前らも、もう5年生になったんだから、自主性を持って行動してくれると思っている。
 まず最初に、学級委員長を男女ひとりずつ決める。決まったら、その二人で司会して、あとの係を決めてくれ。」
ひろしは、胃がきゅうっと痛むのを感じた。
「先生、どうやってきめるんですか〜?」
今村あきらが、面倒くさそうに声を上げる。
「そうだな。先生としては、誰かに立候補してほしいと思うんだが。誰か、自分こそは、と思うやつはいないか?」

沈黙が流れる。

「…なんだあ、いないのか。先生はさびしいぞ。じゃあ、この人こそが!とおもう奴がいたら推薦してくれてもいいぞ。」

ざわ、ざわ、ざわ。
みな、自分の机の周りの人間と小声で話し始めた。
ひろしは、できるだけ前の方を見ないようにするので精いっぱいだった。

「せんせ〜!女子は、白鳥さんがいいと思いま〜す!」
春野きららが手を挙げて発言する。
「ちょっと、きらら!」
「あら〜いいじゃない。適任よ!」
「あたしもそう思う。」
「え〜マリアかよぉ〜」
「ちょっと、仁!どういうことよ?!」
途端に教室は騒がしくなった。


「こら、こら!みんな静かにしろよ!」
篠田先生は、黒板の女子委員長の欄に「白鳥マリア」と書き込んだ。
「他には推薦する人はいないか〜?」

「……」

「よし、どうだ、白鳥!やってくれるか?」
「はあ…しょうがないか…。ハイ、やります!」
ぱちぱちぱちぱち。
周囲から拍手が上がった。


白鳥マリアは、これまで一度も同じクラスになったことはないが、ひろしもなんとなく知っている。
いつも明るく、はきはきしており、体育大会などでも目立った存在だったからだ。
可愛い顔立ちをしており、彼女を好きだという男子もちらほらいると聞く。


白鳥マリアは、席を立ち教卓の前に来ると、
「じゃあ、男子委員長を決めます。誰か、立候補か、推薦する人はいますか?」
と、声を張り上げた。


ざわ、ざわ、ざわ。

「ハイ」
すっと、手を挙げた人がいた。
ひろしの隣の、ラブこと島田愛子だった。

「高森君を推薦します」
ええ〜っ。とひろしは心の中で思ったが、ラブはちらっとひろしの顔をみて、ニヤリと笑った。

「僕も推薦します」
手を挙げて発言したのは飛鳥だった。
「ひろし君は、責任感もあるし、しっかりしてるから。彼なら、立派に委員長をしてくれると思います」
ひろしは、おもわず机に突っ伏してしまう。
今ほど飛鳥を恨んだこともないだろう。

「飛鳥君が言うんだから、間違いないわよね〜」
「そうよ、そうよ!」
「はあ〜い、私もさんせーい!」
女子を中心に、大拍手が起こった。


「高森君、どうですか?」
白鳥マリアがひろしを見て、聞く。
「えっ…と、僕は…」
ひろしの視線は彷徨い、斜め前の席からこちらを見ているクッキーと目が合った。
クッキーはにっこりと笑って、小さい声で「頑張って!」と言った。
「…はい、僕やります…」
その笑顔はずるいよな。引き受けざるを得ないじゃないか…。
再び拍手が起こる。
ひろしは教卓に進み、マリアの隣に立った。


「良かった良かった。じゃあ、次の係決めに移る前に、二人に一言ずつ挨拶をしてもらおうか。じゃあ、高森委員長からな。」
「はあ…。」
「ひろし君、しっかり〜」
クッキーがまた小声で話しかけてくる。
「高森ひろしです。ええと…、頼りないかもしれないけど、一生懸命がんばりますので、宜しくお願いします。」
「白鳥マリアです。みんなで協力していいクラスにしましょう。あと、規則を守らなかったりしたら、私は容赦しないので!」
「なんだよ〜それ〜怖えぇ〜」
「あんたのことよ、仁!」
マリアのテンポのいい突っ込みに、周りから笑い声が起こった。

「それじゃあ、係決めを続けます。体育委員ですが…」
その後は、ひろしの司会を元に、順調に係決めが進んでいった。




下校時間になって、ひろしが帰り支度をしていると、ラブが話しかけてきた。
「ごめんね。推薦しちゃって」
「びっくりしたよ。なんでまた?」
「ふふふ。だって、ひろし君だけだと思ったの。マリアと一緒にこのクラスをまとめられるの。」
「飛鳥だって、小島君だって適任じゃないか」

「そうでもないさ」
「飛鳥!」
急に、飛鳥が割り込んできた。
「僕は確かに目立つかもしれないけど、責任感とか、ちゃんとみんなの役に立てるかっていうと、違うと思ってさ」
「そんな…」

「そうです!」
小島勉も話に入ってくる。
「人の上に立って、まとめるということに対しては、僕は向いてないのです。僕は一人で全部やるのが好きですし」
「はあ…」
「押し付けちゃったみたいに感じてるかもしれないけど、ひろし君だったから推薦したのよ。」
「僕も。僕はひろしを信頼してるからさ。」
「僕が分析したところによると、高森君が一番適任であると出ましたから。」
「…ありがとう。頑張ってみるよ。」


そう話しているところへマリアがやってきて、
「これからよろしくね。高森君。なんだか問題児もたっくさん居て、大変そうだけど」
と言った。
「うん。よろしく。頼りにしてるよ。仁とかのさ、操縦上手そうだし。」
「ええ〜?高森君までそういうこと言うの?」
「あはは。だって、仲よさそうだし」
「もう!違うわよ!あいつと私はすっごく仲が悪いんだから!」
そうは見えないけどな〜、またまた、そんなこと言って〜などとみんながちゃちゃを入れて、笑い声が起きる。

正直、引き受けたことを後悔していたが、みんなの言葉で少し楽になった。単純に、嬉しかった。
クッキーがランドセルを背負って、ひろしの傍へやってきた。
「ひろし君、帰ろ」
「うん。」


帰り道、夕日に照らされた桜の花びらが散っている。

「ひろし君、やっぱり学級委員長になったね」
「うん…。僕には向いてないと思うんだけどなあ…」
「そんなことないわよ!みんなが言っていた通りだと思うもん。」
「そうかな…?」
「うん!ひろし君って、いつも周りのことちゃんと見てるじゃない。それって、なかなかできないと思うもん」
「クッキー…」
「ひろし君だったら、大丈夫だよ!いつも頼りにしてるあたしが言うのも変だけど」
「ううん…。ありがとう、クッキー」

いずれにせよ、好きな子から笑顔でそう言われたら、頑張らなくちゃいけないな。
「それにしても、飛鳥君て素敵よね〜。ひろし君のいいところ、ちゃんと見えるなんてさすがよね」
クッキーの話題は、いつのまにか飛鳥のことに移っていったのだけれども…。




そして、マリアが言っていた通り、彼の学級委員長としての苦労は絶えることがなかったのであった。
悪ガキ三人組をはじめとして、クラスの面々は個性的なやつらばかりで、良く言えば元気が良いが、悪く言えば騒がしい。
普段は頼りになるマリアも、なぜか仁に対してはすぐ突っかかってしまうし。
そのうえ、エルドランからライジンオーという巨大ロボットを託されて…。
それからの一年は非日常の連続だったのだ。

そのたびに、ひろしは密かにみんなの言葉を思い出す。そして、自分に発破をかけるのだ。
引き受けたからには、信頼された限りは、精一杯頑張ろうと。
自分の出来ることを、しっかりと…。

<< END >>
back to MAIN  >>  ss top
5年生の新学期の話です。
ひろしは、自分から学級委員長に立候補するタイプではないだろうと思ったので…。
地球防衛組の委員長って、大変だろうと思います。
第2話の学級会の時の、マリアと仁の言い合いを見ながら、ヤレヤレ…と頭を抱えていたひろしが印象的でした。

マリアはぐいぐいみんなを引っ張っていく役で、ひろしはみんなのまとめ役、縁の下の力持ち。
派手さはないけど、実際のひろし君はなかなか優秀で格好いい男の子だと思っています。
ひろしのいいところをちゃんと見えているのは、精神的に大人なラブや飛鳥じゃないかと思いました。
クッキーはどこまでひろしのことをちゃんと分かっているかは謎ですが…。