9月に入ったものの、まだまだ暑い毎日が続いている。
今日は土曜日。
残暑が厳しくても、5年3組の教室は、今日もにぎやかだ。
「ねえ〜飛鳥く〜ん、今日暇?」
春野きららが飛鳥の机に駆け寄る。
「ああ。特に予定はないけど…。どうしたの?」
「やったあ!じゃあ、皆で飛鳥君の家に遊びに行ってもいいかしら?」
「べ、別にいいけど…」
飛鳥は一瞬またか、という表情をしたものの、にっこり笑ってみせる。
「わ〜い!やったあ」
「ありがとう、飛鳥君!」
「あたしもいっていいかしら?」
「ずるーい、あたしも行きたい〜」
途端に女子が集まってくる。
教室の前の方で帰り支度をしていたクッキーも、その騒ぎを聞きつけて急いで駆け寄ってきた。
「きららちゃん、あたしも行く〜」
「あ〜ら、クッキー、あたしたちは構わないけど、いいの〜?」
「え〜?どういうこと?」
きららがちらりと目を奥にやると、ランドセルを背負って立っているひろしの姿があった。
にやりと笑って、きららは、
「クッキー、ひろし君と一緒に帰るんじゃなかったの?」
「あ・・・」
言われて、思いだしたとみえるクッキーは、一瞬しまったという顔をしたが、振り返って、
「ひろしく〜ん、ごめん、あたし皆と飛鳥君の家に行くことにする〜」
と、甘えた声を出した。
それを見ていたきららは、なんだか急にイライラした。
「ちょっと、クッキー!」
え、とびっくりした顔でみんながきららに注目した。
「あんた、ちっとも悪いなんて思ってないでしょ。そうやっていつもひろし君に甘えてばっかりで恥ずかしくないの!」
言った刹那、きららはしまった…と思った。
クッキーの顔がたちまち曇り、大粒の涙がその眼に浮かんできたからだ。
「ちょっと、きらら…!」
騒ぎを聞きつけたマリアが寄ってくる。
「きらら、言いすぎよ。」
「そ、そうだよ」と、飛鳥。
「きららちゃんの意地悪〜!」
泣き声でクッキーが呟く。
慌ててひろしが駆け寄ってくる。
「クッキー、僕は気にしてないから。行ってきなよ」
それを見ているうちに、きららのイライラが増してしまう。
いつも繰り広げられるこの光景が、今日はなぜか、癇に障った。
「ひろし君もひろし君よ!いつもクッキーに振り回されてるじゃない!偶にはガツンと言ってやらなくちゃ!」
「きらら…」
「まあまあ、落ちつけよ、二人とも。」
飛鳥が立ち上がって取り成す。
結局クッキーは、泣きながら帰ってしまった。
それを、おろおろしながらひろしが追っかけて行った。
「きらら、どうしたの。急にあんなこと言ったらクッキーが泣くことわかってたはずでしょ」
マリアは少し、厳しい顔をして言った。
「…ゴメン。なんか、イライラしちゃって。あの子見てたら。」
「後で、ちゃんとあの子に謝りなさいよ」
「わかってるわよぉ」
そんなことがあったせいか、きららは飛鳥の家でみんなで騒いでいる時も、クッキーのことが気になって心から楽しめなかった。
表情に出ていたのだろうか、飛鳥がそっときららに声をかける。
「大丈夫?きらら」
「うん…ごめんね、気を使わせちゃって」
「でも、どうしてあんなこと言ったの?いつもの事じゃないか」
「う〜ん…。何でかな。…嫉妬かな」
「え?どういうこと?」
察しのいい飛鳥だが、さすがにこの答えにはびっくりしたようだった。
「あの子はさ、今までずっと誰かに助けてもらってるように見えるのよ。
ま、誰かって、ひろし君だけどさ。なんか、いつも見守ってるじゃない、ひろし君は。クッキーのこと」
飛鳥は、うーんと呟く。
「端から見てれば、あんな風に一途に思われてて羨ましいなって思うわけよ。
だけど、クッキーったら、ちっともひろし君のこと大事に思ってないように見えたから」
飛鳥は、ははっと笑って、こう言った。
「ま、ひろしの気持は、クッキー以外の僕らにはわかってるからな。
でも、クッキーはクッキーなりに、ひろしのこと大事に思ってると思うよ」
「…そうなの?」
「うん。どこが、っていうのは具体的に言えないけど。僕らが見えない部分で、あの二人でしかわからない部分で、さ」
「ふうん…」
飛鳥は、少し笑った。
「クッキーはさ、きっときららたちと騒ぎたいっていう気持ちが大きいんだと思うんだ。」
「え?」
「ほら、覚えてる?新学期の頃。あの子、人一倍緊張していたろ?それこそ、ひろしの影に隠れてさ」
…思い出した。
あのころ、クッキーは緊張の余り、今にも泣きそうな顔をしていたっけ。
そんなクッキーに、大丈夫だよってひろしが話しかけて…、それでようやくあの子は笑顔になったんだ。
「クッキーにとって、ひろしは精神安定剤みたいなものなのかな」
「そう…かも…」
「クッキーは、僕と遊びたいっていうより、きららたち女子と仲良く遊んでいたいんだよ」
「うん…」
「ま、クッキーが本当に僕のことを好いてくれてるのかはわからない、ってことなんだけど」
たはは、と飛鳥は自嘲的に笑う。
「飛鳥君たら!でもでも、あたしは本当に飛鳥君のことすきなんだから!」
「はは、ありがとう。まあ、そんなわけだから、クッキーにあんまりきつくあたらないであげてよ」
「そうね…ちゃんと謝るわ」
「そうそう、クッキーが泣くと、ひろしも困るしね」
「ふふふ、そうね」
飛鳥が言ってくれたおかげで、きららのもやもやした気持ちが少し治まった。
きっと、そうなんだろうな、と思う。
きららがついついクッキーにきつく言ってしまうのは、羨ましいからなんだろう。
そして、きらら自身が、クッキーのことを気にしているからだろう、と思う。
一言多くて、すぐ(飛鳥以外の)男子に突っかかってしまい、気丈にふるまってしまう自分。
体の成長も早くて、ハキハキしていて、いつも男子から「お前みたいな気の強い女なんか、女じゃねえよな」なんて、言われてしまう自分。
クッキーは、そんな自分とは正反対だ。
可愛らしい外見に、無邪気な性格。ちょっと弱虫なところも、女の子らしいと思う。
だから余計にきついことを言ってしまうのかもしれない。
…これから、気をつけよう。
飛鳥の家からの帰り道、きららはちょっと遠回りをして、クッキーの家に寄った。
インターフォンを押す時は、すこし緊張した。
クッキーの母親に通されて、クッキーの部屋に入ると、ベッドの上で、ぬいぐるみを抱いてうつむくクッキーが居た。
そして、そんなクッキーを気にしながら、宿題をしているひろしの姿も。
きららの姿を見て、ひろしはびっくりしたようだったが、すぐに笑顔になった。
そして、優しい声で、「クッキー、きららが来たよ」と言った。
クッキーは泣きはらした顔を上げて、きららの方を見た。
「きららちゃん…」
「えっと、…クッキー、今日は…」
もじもじするきららににこっと笑いかけたひろしは、
「僕、おばさんにお茶か何か貰ってくるよ」
と言って、部屋から出て行った。
「ひ、ひろし君…」
ひろしが居なくなって、二人きりになった部屋には、ぎこちない空気が流れた。
「…ここ、座ってもいい?」
きららが、さっきまでひろしが座っていたクッションを指さして聞くと、クッキーが小さく頷く。
言わなくちゃ。謝らなくちゃ。そうきららが心を決めた時。
「きららちゃん、ごめんね…」
ぽつりと、クッキーが口を開く。
突然の言葉に、きららが戸惑っていると、クッキーはつづけて言った。
「あたし、確かに甘えてた。ひろし君にも、きららちゃんにも、みんなにも。」
「クッキー…」
「駄目だよね。あたし。ちっとも周りのこと見えてなくて。自分のことばっかりで」
「そんな…」
「でも、でもね」クッキーの大きな瞳にまた涙が浮かんでくる。
「あたしね、これからは気をつける。すぐには無理かもしれないけど…がんばる。だから…あたしのこと嫌わないで…」
最後の方は、もう泣き声だった。
思わず、きららは立ち上がって、ベッドに腰かけた。
「あたしこそ、いつもキツイことばっかり言っちゃって、ごめんなさい!」
「きららちゃん…」
「あたしも、おんなじよ。すぐ、かっとなって、酷いこと言って。ちゃんとクッキーのこと見てなかった」
「…」
「嫌うなんて、とんでもないわ!ついつい、一言多くなっちゃうけど…あたし、クッキーのこと好きだから。大事な友達だと思ってるから」
「きららちゃん…!」
なんだか、きららまで泣き声になってしまった。
それから、二人して顔を見合せて、えへへと笑った。
照れ臭かったけど、嬉しかった。ちゃんと謝ることができて。クッキーの笑顔が見れて。
「お茶、入ったよ。」
そう言って、おずおずとひろしが部屋に戻ってきた時は、二人ともすっかり笑顔だった。
帰り道。6時前だというのにまだ陽が高い。
ひろしは僕のうちまでの途中だから送って行くよ、と言ってきららの家まで一緒に来てくれた。
「つくづく思うけど、ひろし君って優しいわよねえ。」
「え…?そうでもないよ」
照れた様子のひろしを見ながら、
「早くクッキーと両想いになりなさいよネ。」
と、きららが言う。
「え…」
「端から見てると、もどかしいのよね。あんたたちって。どっからみても相思相愛のくせに。」
「そ、そんな…」
ひろしはすっかりドギマギしている。
「あたしとしては、はやくくっついてくれると、色々楽なんだけどさ」
「どういうことさ?」
「いろいろ!周りがどうこう言うことでも無いんだろうけど。」
「きららってば…」
きららの家が見えてきた。
きららは振り向くと、にやっと笑った。
「ここでいいわ。ありがとう。」
「いいの?」
「うん。それと、ひろし君にも謝っておくわ。言いすぎちゃった。」
「きらら…」
「あたしには見えない二人の絆、っていうの?今日ちょっと見えて羨ましかったわ」
「え?どういう…」
「じゃあね、また学校で!」
そう言って、小走りに家に入っていくきららを見ながら、
「え?どういうこと…?」
と、ひろしは呟いた。
飛鳥君の言ったとおりだったわ。と、きららは心で呟く。
ひろし君は、クッキーの精神安定剤どころか、もう、守護天使ね。
クッキーの部屋で、あの子が言った言葉を思い出す。
きっと、ひろしがいつものように優しく諭したに違いない。
やっぱりいいなあ、ああいう関係。
あたしも飛鳥君と、ああいう風になれたらなあ。
あたしもがんばろっ!ときららは気合を入れたのだった。
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