「ひろしくーん、これ、ありがとう」
6時間目の授業が終わると、クッキーが理科のノートを渡しにきた。
先日、カゼをひいて学校を休んだクッキーのために、ひろしが貸したものだ。
「それから、今日はきららちゃんたちと帰るから。じゃあね〜」
クッキーは笑顔でそう言うと、きららたちの後を追いかけて教室から出て行った。
さっき、飛鳥を囲んで皆で宿題をするとか騒いでいたから、それに加わるつもりなんだろう。
毎度のことで、慣れてはいるけれど…。
慣れていても、別に気にならないわけではない。
でも、あんな風に笑っているクッキーを、困らせたくはないから、ぐっと我慢をする。
理科のノートをぱらぱらと捲る。
最後の書き込みのうしろ、余白の部分に、クッキーのメッセージがあった。
“ひろしくんありがとー。 クッキー”
そのメッセージとともに、クマの落書きもあった。
クマか。クッキーらしいや。
こんな風に、クッキーにノートを貸すと、必ず何か書き込みがある。
ひろしにはなんだか勿体なくて、消せないのだった。
「おい、ひろし。これからサッカーするんだけど、混ざらないか」
あきらが声をかけてきた。
体を動かすことは好きだし、サッカーも結構好きだ。
「いいよ。」
放課後の運動場は、昼間に比べて人も少なく、結構広く感じる。
「よぉ〜っし、いっくぜぇ〜!」
大きな声で気合を入れて、仁がボールを蹴った。
隣のクラスの谷口たちも混ざって、クラス対抗戦のようになってしまった。
「いくぜ、ひろし!」
あきらがひろしへパスを回してくる。
相手チームの動きを気にしながら、ドリブルをしてゴールへ近づく。
右前方に、仁の揺れる髪が見えた。
「仁!!!」
パスを回すと、仁がボールを受け取り、シュートした。
仁が蹴ったボールは、見事なカーブを描いてゴールに吸い込まれていく。
「ゴォォォォォォォォォル!!!」
「やったぜ!仁!」
「ナイスシュート!」
「えっへっへっ。さすが俺様!」
そのあとも、3組優勢でゲームは展開し、見事勝利を飾った。
ひろしも、ずっと体を動かしているうちに、気持ちがすっきりしたように感じた。
ゲームが終わり、帰り支度をしながら空を見ると、見事な夕暮れだ。
もうすっかり冬だ。空気が冷たい。
小学校最後の2学期も、もうすぐ終わる。
3学期になると、卒業まであっという間なんだろう。
昨日の学級会で、篠田先生が卒業文集と卒業制作の話をした。
実際の制作は3学期に入ってからだが、何を作るか、分担をどうするか、内容をどうするかを考えておいてほしい、ということだった。
卒業文集委員は、文才のある吼児に決まった。
ひろしは学級委員長ということもあって、率先して制作の指揮をとらなくてはならないのだろう。
でも、ひろしはまだ卒業のことなんか考えたくはなかった。
まだまだ、いつも通りの日々が続いてほしいと思っていた。
しかし、同時に焦っていることもあった。
クッキーのことだ。
2学期の初め、ハツコーイという邪悪獣騒ぎを切っ掛けとして、ひろしの気持はクラス中に知れ渡ったのだ。
もっとも、大方の人間は、すでに気づいていたようだったが…。
あの騒ぎの後、ひろしは勇気を出して告白をした。
ただ、みんなの前だったし、ちゃんと思いが伝わったのかどうかよくわからなかった。
そこで、下校時間に皆と別れて、クッキーと二人きりになったとき、もう一度伝えたのだ。
僕は、クッキーのことが好きだよ。
幼馴染としてだけじゃなくて、特別な意味で。
でも、クッキーは飛鳥のファンクラブに入っているんだし、急に答えがほしいなんて思ってない。
ただ、僕の気持はわかってほしいんだ。
そういうと、クッキーは恥ずかしそうに、うん。と頷いた。
それだけ言ってしまうのに、すごく緊張して、そのあとはすぐ帰ってしまった。
あの時は、ちゃんと告白できたことに満足していたのだが…。
それからの毎日、クッキーは変わらなく接してくれている。
ひろしは、それが嬉しい反面、クッキーの気持ちがどうなのか気になって仕方がなかった。
今日のように、飛鳥を囲んで騒いでいる様子を見ると、やっぱり脈はないのかな、と思ってしまう。
贅沢な悩みなのかもしれない。
ちゃんと、気持ちを伝えたくせに、今度はクッキーに同じように思ってくれることを望んでしまう。
特に、こんな夕暮れを見ていると、切なくなってしまう。
クッキーのことも、もうすぐ小学校生活が終わるということも。
「どうしたんだよ、ひろし。ぼーっとして」
仁がポン、と肩を叩いた。
「…仁」
「帰ろうぜ。もう俺、腹減っちまってよ〜」
がはは、と笑う仁を見て、ひろしもちょっと微笑んだ。
「そうだね、帰ろう」
仁の家は、ひろしと同じ商店街にあって、ご近所さんだ。
ただ、ひろしは普段クッキーと登下校をするから、仁とずっと一緒に下校するなんて不思議な感じがした。
「何かよ、変な感じだな」
そう、仁が言う。
「え?」
「ほら、俺たち家が近いくせにさ、あんまり一緒に登下校しないじゃんか」
「ああ。仁はいつも遅刻してるしな」
「おいおい、そりゃないぜ〜。」
「あはは。冗談冗談。」
「お前はさ、いつもクッキーを送り迎えしてるんだろ?」
「う…うん…」
ひろしが俯くと、仁が慌てて言った。
「おいおい、俺はもうからかったりしねえよ。さすがに、あの騒ぎで懲りたしな」
「ははっ」
「…なんだよ、ひろし。なんか元気ないな」
「そんなこと、ないよ」
「なんだよ、クッキーのことか?」
「…えっ」
「あいつ、まだ飛鳥飛鳥って騒いでるんだもんな。お前の気持ち知っててさ」
「…いつものことだから」
「そうは言いつつ、結構気にしてるんじゃん?ひろし」
偶に仁は鋭いことを言う。
「そうかもしれない…いや、仁の言う通りかもな。
情けないけどさ、気になっちゃうんだよね、どうしても。」
二人きりということもあってか、ついひろしは喋り出してしまった。
仁は茶化さずに、真面目に聞いている。
「あの騒ぎがきっかけでさ、ちゃんとクッキーに自分の気持ちを伝えることができたのに…、
ずるいよな。クッキーの気持ちを変えることなんて、出来ないのに…」
「そんなことねえよ。当たり前だと思うぜ、そういうの」
「えっ…」
仁はすん、と鼻を鳴らして、
「俺だって、お前とは付き合い長いしよ。これでも応援してるんだぜ」
「仁…」
「俺には、まだ好きとか付き合うとかってよくわからねえ。
でも、何となくわかる気がする。そういう気持ちって。
だから、ひろしはもっと自分の思う通りにやりゃいいんだよ」
「……」
「な、なんだよ」
「仁にしては、いいこと言うなあ」
「なんだよぉ、俺様はいつもイイこといってんだぜ」
仁はそう言って照れくさそうにぷいっと横を向く。
「ごめんごめん。でも…ありがとう。ちょっと、元気出た」
「そうか。頑張れよ」
「うん。まあ、仁もいい加減素直になったほうがいいと思うけどな」
「な、何のことだよ?」
「別に〜」
商店街のネオンも灯り始めている。
さっきまでの沈んでいた気持ちが、仁のくれた言葉のおかげで消えていた。
君のことを思いすぎて、足をすくめてしまうこともある。
でも、好きって気持は止められない。
僕の目は、いつも君の姿を探してしまう。
君の笑顔で、僕はとても幸せな気持ちになれるんだ。
僕のそばには、いつも君が居る。
遠くても、近くても。
いつも君を想っている。
だから、一歩踏み出そう。
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