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夕陽
「あ、あれ…」
コン、コンと2,3度咳をして、ひろしは首を捻る。
なんだか、喉の調子がおかしい。

11月ももう半ばを過ぎて、朝晩はぐっと冷え込む様になってきた。
吐く息も白く染まるような、そんな朝。

(別に頭痛もしないし、熱もあるように思えないんだけど…。)

支度を済ませ、台所へ向かう。
母親が、いつもの朝食を用意している。

「おはよう、母さん」
「おはよう。…どうしたの? なんか、声がおかしいわね」
「うん…。別に、風邪ひいたような感じはしないんだけど…」
「空気が乾燥してるからな。そのせいじゃないのか?」
バサッと、新聞を畳んだ父親がひろしを見る。
「ちゃんとうがいしなさいね。マスク持っていく?」
「いいよ、そこまでじゃないし…」
「そう?ま、無理するんじゃないわよ」

商店街から、いつもの通学路を歩く。
(今日は特別寒いな…)
指先が、少し冷たくなってきた。
ひろしは指先にふっと息を吹きかけると、早足で歩きだした。

「おはよう!ひろし君!」
「おはよう、クッキー…、んん…」
「あれ、ひろし君、風邪引いたの?」
「ううん…そんなことないよ…、ちょっと喉の調子が悪いだけ」
「そう?」
「うん。さ、行こうか」

教室にランドセルを置いた後、ひろしは廊下に出た。
水道の蛇口を捻り、水を出す。
蛇口も、水も、今日はとびきり冷えている。
ひろしは念入りにうがいをした。
冷たい水が喉に触れ、少し楽になったような気がした。

しかし、ひろしの喉の変調は治らなかった。
いつもより大きい声も出せない。
授業で発言をする時も、学級会での司会をする時も、うまく声を出すことが出来ない。
まるで、自分の声じゃないみたいで、気持ちが悪かった。

(何でかな…ちゃんとうがいもしてるし、暖かい格好してるのに…)

憂鬱なことに、その日は音楽の授業があった。
今日は、合唱曲の練習だ。
「じゃあ、男子と女子に分かれてパート練習をしましょう」
音楽の授業を担当するのは、篠田先生ではなく女の先生だ。

楽譜を見ながら、輪になって歌い出す。
ひろしは、うまく声が出せない。
周りの男子のやる気もいま一つだ。

「あ〜あ。かったりぃなあ〜。」
と、面倒臭そうにヨッパーが呟く。
「そうだよな。合唱曲ってつまんねー」
「歌といえば演歌だろ? こんな曲じゃ俺の自慢のコブシが泣くぜ」
と、あきらと仁も口々に不平を言う。

その声を聞きつけたマリアが、
「ちょっと仁!真面目にやりなさいよ!」
と突っかかってきた。
「なんだよ、マリア。お前はあっちで練習してろよ」
「そうだそうだ。大きなお世話だよ」
「何言ってんの!もうすぐ音楽会があるんだから!男子も真面目に歌わないと、合唱曲にならないでしょ!」
「うるせえな〜、ガミガミマリア!」
「なんですってぇ〜!」
たちまちマリアと仁の言い争いが始まった。
見慣れた風景に、周りの人間はやれやれという表情をしているものの、誰も割って入ろうとはしない。

「おい、ひろし。そろそろ静かにさせないと」
と飛鳥が話しかけてきた。
仕方なく、ひろしが声をかける。
「ほら、二人とも…」
しかし、上手く声が出せない。
喉に何かできものが出来たような、異物感がある。
小さな声だったせいか、マリアも仁も気づかない。
「二人とも止め…ゴホン!ゴホン!」
無理に声を出そうとして、咳きこんでしまった。
あまりの咳きこみように、マリアも仁も言い争いをやめて、ひろしの方を見た。

「だ、大丈夫?ひろし君」
「おい、ひろし、しっかりしろよ」
皆が口々に声をかける中、先生が近寄ってきた。
「高森君、どうしたの?」
「…んん…、ご、ごめんなさ…ゴホン、ゴホン!」
「ひろし君、朝から喉がおかしいって言ってたんです」
と、ひでのりが心配そうに先生に告げた。
「それはいけないわね。高森君、保健室へ行きなさい。今日の日直は誰?」

ひろしは日直の大介と共に、保健室へ行った。
保健室の中は暖かい。
「あら、どうしたの?」
机に向かっていた姫木先生が振り向く。
「ひろし君が、喉の調子がおかしいって」
「あら、それはいけないわね。風邪かしら?」
そう言うと姫木先生はひろしを座らせ、熱を計らせた。

「うーん。熱は、無いみたいね。寒気は、ある?」
ひろしは、ふるふると首を振る。
「ちょっと、喉を見てみましょうか…。
 …ちょっと腫れてはいるけれど、目立っておかしいということはなさそうねえ…。
 とりあえず、うがいだけしましょうか。」

二人の様子を静かに見ていた大介が、ポツリと
「あの…姫木先生」
と言った。
「大介君、何?」
「もしかしたら…、ひろしの喉がおかしいのって、声変わりじゃないかな?」

目を丸くしたひろしの隣で、姫木先生は、ポン!と手を合わせ、
「そうかもしれないわね! 先生ったら、思いつかなかったわ」
と、言った。
そして、ひろしの顔を覗きこみ、
「ひろし君、声変わりだったとしたら、暫く声が安定しない状態が続くわ。
 でも、それが自然なことだから、無理して声を出す必要はないのよ。」
と、優しく言った。そして、
「ひろし君も、どんどん大人の男の人になっていくのね」
とにっこり笑った。


(自分の喉がおかしかったのは、声変わりのせいだったんだ…。)
ひろしは、いまいちピンと来なかった。

自分の体が、どんどん成長していく…。
背が伸びることや、手足が大きくなること、体重が増えること…。
体の成長って、身体測定の時じゃない限り、気づくことが出来ないのに。

チャイムが鳴った。
保健室から教室へと戻りながら、大介が、
「僕の声変わりは、4年の終わりから5年にかけての時だったんだ。」
と言った。

(そうだった。5年の初めのころ、大介の声は今と比べて違っていたな。)

「どれくらいで、落ち着いたんだい?」
「そうだな…4か月くらいで楽になったかな…」
「そんなに…」
喉が安定するのに、そんなに時間がかかるんだ。
「無理しなければ、大丈夫だよ。病気じゃないし。普段通り過ごせばいいさ」
不安そうな表情になったひろしに向って、大介が笑いかけた。

「ひろし、大丈夫か?」
教室に戻ると、皆が近寄ってきた。
「うん。心配かけてごめんね」
「あ、でもまだ声が変だね」
「風邪だったの?」

「ひろしは、声変わりなんだよ」
口々に話しかける皆に大介が説明した。
「声変わりぃ〜?」
「なにそれ?」と、仁。
「仁、そんなことも知らないのかよ?」とあきら。
「声変わりっていうのは、第二次性徴のひとつです。喉仏が出てきて、声が低くなるんです。」と、勉が解説する。
「だいにじ…せいちょお…」
「ま、簡単にいえば、大人に成長しているしるしってことだな」と、飛鳥が言う。
「仁、保健体育の授業で習ったろ?」
「え…そうだったっけ?」
「あんた、どうせ居眠りしてたんでしょ!」
「そ…そうだよ!保健体育なんてつまんねーだろ!」
マリアに突っ込まれて、開き直った仁だった。


下校時間になった。最近は日が暮れるのが早い。
通学路に、二人の長い影が映る。
「コン、コン!」
「ひろし君、喉、痛い?」
「クッキー…うん。大丈夫」
そう言うと、クッキーはちょっと安心したようだった。
「ひろし君の声が、低くなったとこなんてまだ想像できないな。」
「そうだね。自分でも予想できないよ」
「…いいなあ」
クッキーがすこし寂しそうに呟く。
「クッキー?」
「ひろし君は、どんどん成長してるんだね。羨ましい。」
「…クッキー」
「これから、ひろし君はもっと背が伸びて、大人の男の人になるのね。」
「クッキーだって、これから背が伸びて、大人になるよ。」
「そうかな?」
「そうだよ」

ひろしが言うと、クッキーはたたたっと駆けだして、急に止まって振り返った。
「クッキー?」
「ちょっとさみしいな。あたし、ひろし君の声が好きなのに。」
「……」
「でもね、声変わりしたひろし君の声も、あたしきっと好きになると思うな」

夕陽を背にしたクッキーの表情がよくわからなかった。
でもひろしには、彼女が優しく微笑んでいるのだとわかっていた。

<< END >>
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オチが…。
タイトルがマッチしてないってこととかも、気にしないで下さい。
防衛組の男子メンバーが大人になったら、どんな声になってるんでしょうか?

余談ですが、ひろし役の声優さんである摩味(旧・松井摩味)さんの声が好きです。
というか、ひろしが好きなので、摩味さんの声も好きになったと言う方が正しいか。
最近はアニメの声を当ててらっしゃらないのでちょっと寂しいです。