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ぼくはくま

僕の名前はクマ。
熊の形をしているから、持ち主である容子ちゃんからはいつも「クマちゃん」って呼ばれてる。
そう、僕はぬいぐるみなんだ。
体は明るいピンク色で、ぽよぽよした手足と、首元の青いリボン、まあるい黒い目がチャームポイントだと思ってる。

持ち主の容子ちゃんについて、ちょっと説明しておこうか。
容子ちゃんは、現在小学校5年生。
大きなリボンの付いたカチューシャがよく似合う、くりくりした大きな瞳と可愛らしい声を持つ女の子だ。
ちょっと泣き虫なところがあるけれど、とっても優しいんだよ。
容子ちゃんは、僕みたいな可愛いぬいぐるみが大好きなんだ。

容子ちゃんのお部屋には、ぬいぐるみ仲間がたっくさん居る。
うさぎさん、ぞうさん、わんちゃん、ねこちゃん、イルカちゃん…、僕らは、容子ちゃんのお部屋にある真白色の棚をおうちにしている。
僕らは動けないし、自分で言葉を発することもできないけれど、全くこころが無いわけじゃない。
ぬいぐるみ語って言うのかな。僕らぬいぐるみ同士は容子ちゃんの知らないところで色々おしゃべりもするんだよ。
僕らは、みんな容子ちゃんのことを本当に大好きなんだ。


自慢じゃないけど(でも自慢しちゃうけど)、僕はぬいぐるみ仲間の中でも、容子ちゃんとの付き合いが長い。
僕が初めて容子ちゃんに出会った時、あの子はまだ幼稚園に入学する前だった。
あの頃は、容子ちゃんは今よりもっと泣き虫で、四六時中お母さんにべったりしていたんだ。
それで、容子ちゃんのお父さんとお母さんが、一人でお利口さんにしていられるようにって僕を容子ちゃんにプレゼントした。
それが、僕と容子ちゃんの出会いだったんだ。


容子ちゃんは幼稚園に入ってからお友達も出来たみたいだったけど、それからもずっと僕のことを大事にしてくれた。
悲しいことがあったとき、寂しい時、嬉しい時…。
容子ちゃんはそのたびに僕に話しかけてくれる。
僕は体が小さいということもあって、容子ちゃんの勉強机や、ベットや、そのほかいろいろな所に連れて行ってもらえる。
だから、僕は他のだれよりも容子ちゃんのことを知っているんだよ。
ね、だから僕は特別なぬいぐるみなんだって、わかってくれた?

この間なんか、学校へも連れて行ってもらったんだよ。
…でも、その時、僕はあるとんでもない目に合ってしまったんだ。

******

その日は、身体測定の日だった。
容子ちゃんは身体測定がある日は憂鬱になる。
その日の朝も元気がなかった。
自分の身長が伸びないことを悩んでいる容子ちゃんにとって、身体測定の結果はかなり気になるものらしい。
僕は、本当は容子ちゃんにはいつも元気で明るくしていてほしい。
だから、その日容子ちゃんが学校へ僕を連れて行ってくれた時は嬉しかった。
僕がついていることで、容子ちゃんが励まされるんだったらいいな、って思ったんだ。
でも、僕がついて行ったせいで、事態は容子ちゃんに不利に動いてしまったみたい。


…結局、容子ちゃんの身長は、4年生の3学期からちっとも変わっていなかったんだ。
当然、容子ちゃんはかなり落ち込んでいた。
こんな時、僕が喋ることが出来たなら、容子ちゃんを慰めてあげられるのに。
僕は、ぬいぐるみである自分の身をちょっと恨めしく思った。


落ち込んでいる容子ちゃんに、同級生の女の子が近寄ってきて、測定結果表を覗きこんだ。
そして、追い打ちをかけるように「全然伸びてないじゃない」ってからかったんだ。
その子は容子ちゃんよりもずっと背が高くて、お姉さんっぽい子だったけど、だからって容子ちゃんをからかうことなんて無いのに。
その上、その子は僕のこともからかったんだよ。「こんな可愛いぬいぐるみを連れてくるなんて、幼稚園児みたいね」みたいなことを言ってた。
僕は確かに可愛いけど、可愛いものが好きで何が悪いんだろう?
案の定、容子ちゃんは拗ねてしまった。
あーあ。


その後、容子ちゃんが保健室から出ようとしたときに、同じクラスの男の子とぶつかってしまった。
その男の子は、いつも容子ちゃんが僕に話してくれる「飛鳥クン」だった。
ふむ。容子ちゃんが言っていた通り、確かにカッコイイ男の子だったよ。
「飛鳥クン」は、ぶつかった拍子に転がってしまった容子ちゃんと僕を助け起こしてくれた。
そして、僕を容子ちゃんに渡しながら、「幼稚園の頃にこういうぬいぐるみを持っていたよ」って言ったんだ。
容子ちゃんは真っ赤になって僕をひったくると、走って保健室を出て行く。
さっきの同級生の女の子からからかわれた矢先だったから、「飛鳥クン」の言葉を聞いて恥ずかしくなっちゃったのかな。
…容子ちゃんのぬいぐるみとして、僕は正直、同級生の女の子も、余計なことを言った「飛鳥クン」もちょっと許せない気持ちだった。
それが、あの変な黒いぶよぶよしたモノに取り憑かれるような隙を生んでしまったのかもしれない。



容子ちゃんはそれからずっと落ち込んでいた。
いつもなら、暫く経てば元気を取り戻すんだけど…。
憧れの男の子に僕を見られたのがよっぽど恥ずかしかったんだろうか…。
僕は容子ちゃんを励ますどころか、余計に落ち込ませてしまったのかな。


下校中も、さっきの女の子がまた僕のことをからかってきた。
容子ちゃんはついに泣き出してしまった。
泣いて駆けだした拍子に、容子ちゃんは僕を落としてしまったんだ。
僕は『待って!』って叫んだけど、しょせん僕はぬいぐるみ語しか喋れない無力な身。
容子ちゃんは気づかないまま走り去ってしまった。

草むらに放り出された僕の目の前に、黒くてぶよぶよした、変なモノが居たんだ。
(何だろう、コイツ?)
僕はいや〜な予感がしたんだけど、手足が動かせないから逃げることが出来ない。
そうこうしているうちに、そいつが僕を見据えて『メイワク・・・メイワク・・・』って呟きながら、僕の方へ近づいて来た!
『やめろ〜!こっちへ来るな〜!』って言ったけど、そいつは僕の言うことなんてお構いなしに近づいてきて…、
そして…。

そして僕はそいつに乗っ取られたんだ。



乗っ取られた後の僕の記憶は曖昧だ。
視界はもやっとした黒い霧のような膜が張られているようだったし、僕の体は、さっきの黒くてぶよぶよした奴の意思のままに操られていた。
そいつは、僕の持っている記憶とか情報みたいなものを勝手に引き出して、僕になり替わろうとしているみたいだった。
その上、そいつは僕の体を自由に動かすことが出来たんだ。


僕は初めて自分の足で地面を踏みしめて歩いた。
僕のぽよぽよした足は歩行には向いていなかったみたいなのに、そいつの力のせいなのか、容子ちゃんよりも早くお家の前に着いたんだ。
容子ちゃんは僕の姿を見つけて喜んで抱き締めてくれた。
『容子ちゃん!僕は変な奴に乗っ取られちゃったよ!』
僕は一生懸命そう容子ちゃんに伝えようとしたけど、奴がそれを許してくれない。
それでも、奴が容子ちゃんに危害を加える様子が無かったので、僕はちょっとホッとした。

容子ちゃんが、僕の腕が解れ掛けていることに気が付いた。
僕自身、変な奴のせいで気がつかなかったけれど、どうやらさっき落っこちた時の衝撃でこうなってしまったらしい。
容子ちゃんはそのあと、僕の腕を縫ってくれたんだ。
僕の体の構造上、それは酷く縫いづらい位置だったせいか…、正直完璧にくっ付いたというわけじゃなかったけど、
それでもちゃんと治してくれようとする容子ちゃんの優しさに僕は感謝したいな。


僕を乗っ取った変な奴は、それまでは何事もなかったかのように「ただのぬいぐるみ」の振りをしていた。
でも、容子ちゃんが「保健室も、身体測定もだいっきらい」って呟いたとき、僕は気づいたんだ。
僕の中で、奴が「ダイッキライ・・・ダイッキライ・・・」って呟いていたことを。
そして、その呟きはどんどん大きな声に変わっていて、僕はそれに抗うこともできなくて…そしてその後のことを、僕は覚えていない。
ただ、うっすらと、窓ガラスが割れる音や、何か紙束がばら撒かれる物音を聞いていたような気がする。


ふっと気づいたら、僕は何故か学校の保健室の前に転がっていた。
僕を拾い上げて、容子ちゃんに返してくれた男の子の顔には見覚えがあった。
幼稚園の時から容子ちゃんと仲良しのひろし君という子だ。
容子ちゃんは僕を見て不思議そうな顔をしていた。
…やっぱり僕が意識をなくしている間に、奴は保健室に来ていたらしい。
一瞬、もう奴は抜け出したのかなって思ったけど、それは気のせいだったみたいだ。
そのくせ、奴は容子ちゃんの前になると、普通のぬいぐるみの振りを続ける。

どうしたらこいつが離れてくれるんだろう。
今のところ、奴が容子ちゃんに何か悪いことをするような様子は無いけど、でもこいつを侮ってはいけない。
でも、僕はどうしたらよいかわからなかったし、そもそもどうにかできるような能力を持っていないんだ。

そうこうしているうちに、授業が終わって、休憩時間になった。
昨日容子ちゃんをからかった女の子が、流石に悪いと思ったのかな、僕のことを可愛いって誉めてくれたんだ。
でも、容子ちゃんはまた拗ねてしまった。
僕の件は置いても、身長が伸びないのは容子ちゃんの意思でどうにかなるものじゃないしね。
別の女の子が、容子ちゃんに「牛乳を飲めば背が伸びるよ」って教えてくれたんだけど、
容子ちゃんは「あたし、牛乳きらいなんだもん」って言ったんだ。


その言葉を聞いたとき、僕の中の変な奴がまた「ギュウニュウ、キライ… ギュウニュウ、キライ…」って呟きだした。
そしてその声がどんどん大きくなって…そして再び僕は意識を失った。


次に僕が目を覚ました時は、給食室の中だった。
どうやら、給食用の牛乳が全部ぶちまけられてしまったらしい。
…そういえば、ぼんやりとだけど、僕は瓶からいっせいに牛乳が飛び出す光景を見たような気がする…。
給食室の周りは人だかりができて、子供たちの文句が沢山聞こえてきた。
やっぱり、僕がしでかしたことなんだろうか?!
僕がそう不安になったとき、容子ちゃんが僕を見つけた。
その時になって、容子ちゃんは僕の様子がおかしいことに感づいたみたいだった。


容子ちゃんは僕をみんなに見せて、朝からの騒ぎは僕が起こしたんだって訴えた。
僕自身も、それに反対する気はない。
…そうだ、言い忘れていたけど、容子ちゃんは「地球防衛組」の一員なんだよ。
ただ、僕は容子ちゃんから聞いているだけだから、それが実際どのようなものなのかはわからないけど。
でも、クラスの皆の協力で、僕に取り憑いた変なやつをやっつけてくれるんだったらありがたい。
例によって、僕の中の変な奴は沈黙を続けていた。
こう言うときに、昨日みたいに歩いたりできれば、クラスのみんなも異変に気づいてくれたんだろうに…。

クラスのみんなは、容子ちゃんが冗談を言ってるって笑った。
容子ちゃんはショックを受けてた。
『容子ちゃん、僕は本当に変な奴に乗っ取られてるんだよ!』
僕は容子ちゃんに向って一生懸命伝えようとしたんだ。
…僕の口が動いたような気がした。
いや、動いたんだ、実際。でもそれは僕ではなく、奴が笑ったんだ。
容子ちゃんの目が見開かれ、そして顔中に恐怖が広がった。
そして、容子ちゃんは逃げるようにして、僕を置いたまま教室を飛び出して行ってしまった。

(僕を一人にしないで!僕を助けて!)
僕がそう思ったせいなんだろうか、奴は容子ちゃんを追いかけだした。
そして、僕が容子ちゃんの部屋にたどり着いたとき、容子ちゃんはベッドに泣き伏していた。
小さな声で、「飛鳥クン、きらい…。飛鳥クン、きらい…」って呟きながら。
そして今度も同じように、奴が『アスカクン、キライ!アスカクン、キライ!』って呟きだした。
その呟きはどんどん大きさを増して行って…。
そして今度はそれに合わせるように僕の体もどんどん大きくなって行って…。
僕は駆け付けたひろし君と容子ちゃんを吹っ飛ばして、そして窓を割って飛び出した。
…その後のことは、もう何もわからない。


僕が次に目を覚ました時、僕はどこか知らない道端に転がっていた。
容子ちゃんが治してくれたはずの腕が取れて、中から綿がはみ出していた。
僕には痛いという感覚はなかったけど…、でも、きっとこの姿を見た容子ちゃんは悲しむだろうなって思うと、僕も悲しくなった。

…どうやら、僕に取り憑いた変な奴は居なくなったみたいだった。
何故かって言うと、僕の視界を阻んでいた黒い霧みたいなものがすっかり無くなっていたから。
僕はほっとしたけど、でも同時に途方に暮れてしまった。
ただのぬいぐるみに戻った僕は自分で帰ることが出来ない。
大体帰ることが出来たとしても、(自分の意思じゃなかったからって言って)色々悪いことをしたらしい僕のことを、容子ちゃんが受け入れてくれるか分からない。

僕はしばらくの間、そのまま道端に転がっていた。
空は真っ赤な夕焼けだ。
僕のこと、誰かが見つけたら容子ちゃんに届けてくれるんだろうか…。
それとも、ゴミとして捨てられてしまうのかな…。
あれこれと考えを巡らせている僕の体を、ノラ猫がふんふんと臭いをかいで去っていく。


「あった!やっと見つけた!」
突然、声がしたと思ったら、僕の体は誰かによって拾い上げられた。
その声の主は、ひろし君だった。
「お前も大変だったな。すぐにクッキーに治してもらおうな」
ひろし君はそう言って僕の体についたほこりを払い、僕のちぎれた片腕を拾って、走り出した。


後でわかったことだけど、僕に取り憑いていたのは「邪悪獣」っていう化け物だったらしい。
容子ちゃんのクラス「地球防衛組」が操縦する「ライジンオー」っていうロボットで、その「邪悪獣」を退治してくれたんだって。
そいつを倒したときに、僕の腕は切られてしまったみたいだ。

ひろし君は僕を探しまわってくれていたみたい。
ひろし君の手の中で揺られながら、僕はどきどきしていた。
…正直言うと怖かったんだ。
容子ちゃんに「クマちゃんなんかもういらない」って言われるんじゃないかって思ってた。


…でも、それは余計な心配だったみたい。
だって、僕が戻ってきた時、容子ちゃんはすっごく喜んでくれたから。
そして、取れた僕の腕を丁寧に縫いつけ直してくれたんだ。

容子ちゃん、僕、容子ちゃんのこと誰よりも分かってたつもりだったのに疑ったりしてごめんね。
そして、ありがとう。そんな僕のことを、それでも大事に思ってくれて。
僕は容子ちゃんの手の中で反省した。

僕はぬいぐるみだけど、こころはある。
でも、そのこころを容子ちゃんに伝える手段を僕は持たない。
僕はずっとそれが歯痒かった。
もしかしたら、「邪悪獣」に取り憑かれちゃったのは、僕のそんな心の隙があったからかもしれない。

だけどもう、いい。
僕は動けなくて、いつもにっこり笑っているだけの、ただのクマのぬいぐるみ。
そのままでいいんだ。
容子ちゃんの傍に居て、いつも見守っていられるなら。

だから容子ちゃん、頑張ってね。いつも元気で居てね。
…僕はいつまでも君を見守っているよ。

<< END >>
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第11話をクマちゃん目線で書いてみました。
タイトルは宇○田ヒ○ルの曲名から拝借…。
オリジナル部分は後日談位…すみません。
OVAでクッキーがクマちゃんを持ってるシーンがありましたよね。
と、いうことはクマちゃんは彼女の手に戻っていたということで、こういう後日談を考えました。
本当はクマちゃんがひろしや飛鳥をライバル視するとかも考えましたが、本編を追ううちに長くなり割愛しました(汗)。