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レバーの恨み

皿に残ったレバーを見つめて、クッキーは微動だにしない。
吼児はきょろきょろと周りを見渡した。
昼休み時間に会議があるとかで、目の前の教卓に座っていた篠田はとっくに教室を出て行ったあとである。
クラスメイト達のほとんどはすでに給食を食べ終え、食器の後片付けをしている。

吼児は小さな声で、「クッキー、こっそり僕が食べてあげようか?」と声を掛けた。
クッキーの目が輝き、小声で「ホント?」と聞き返してくる。
吼児がうん、と頷くと同時に、クッキーの傍らにひろしがやってきて、
「クッキー!誰かに食べてもらおうなんてしちゃ駄目だよ」
と言った。
「ひろしくん…」
「え、えと、僕は別に…」
吼児がおずおずと声をかけようとすると、ひろしは厳しい顔で吼児を見つめる。
「吼児、これからもクッキーの苦手なもの食べてあげたりするなよ。昨日学級会で決まったばかりじゃないか」
「う…うん…」
何時になく厳しい調子のひろしに、吼児は何も言えなくなってしまった。


給食の時間は、4人ないし5人の机をくっつけ班を作っている。
クッキーと同じ班であるヨッパーはとっくに席を離れていた。
自分の分を食べ終わって、食器を片づけたラブは、何も言わずにこの光景をじっと見守っている。
吼児は諦めて、すまなさそうにクッキーをちらりと見やると、自分の食器を片づけに行った。
唯一の味方である吼児を失ったクッキーは、うらめしそうな表情でひろしを見上げる。


「ほら、クッキー頑張って食べな」
「……」
「クッキー?」
クッキーはしぶしぶスプーンを手に取ると、一欠片を掬う。
「一気に食べちゃえば、大丈夫よ」
と、同じくレバーの苦手な美紀がいつのまにかラブの傍らに立って声を掛ける。
「…どうしても食べなきゃダメ…?」
それでもクッキーはひろしを見上げる。目にはうっすら涙が溜まってうるうるしている。
彼女のそんな表情を見てもなお、ひろしは毅然と「駄目!」と言い放った。
観念したのか、クッキーは目をつぶり、レバーを口に放り込んだ。
うええ、とでも言いたげに表情を歪ませながら、立て続けに残りの欠片も口に含み、良く噛みもしないままゴクン、と飲み込む。

「エライわ!クッキー」
「頑張ったじゃない」
と、ラブと美紀が声をかける中、ひろしはすたすたとやかんを取りに行き、クッキーのコップにお茶を注いだ。
「ほら、クッキー、お茶」
ひろしが言い終わる前に、クッキーはコップを掴んで一気に飲み干した。
勢い余ってげほげほと咳きこむ。
「そんなに焦って飲まなくても…」
と呟くひろしをきっと見上げて、クッキーが、
「ちゃんと食べたもん!これでいいんでしょ?」
と睨む。
「はいはい、わかったから。早く片付けるんだよ」
「ふん、だ!わかってるもん!ひろしくんの意地悪!」
すっかり腹を立てたらしいクッキーの様子に、ひろしはさっきまでの厳しい態度を一変して慌てだす。
「ク、クッキー?」
クッキーはがちゃん、とわざと大きな音を立てて食器の乗ったトレイを持ち上げて、
「ひろしくんなんて、だいきらいっ!」
と言い放ち、すたすたと食器置き場の方へ向かって行ってしまった。
慌てて彼女の跡を追ったひろしに向って、
「ひろしくんとは絶交だもん!付いてこないで!」
と言葉をぶつける。
明らかにショックを受けたらしいひろしの背中を見ながら、
「なんだ?あいつら…」
「ケンカか?」
「ひろし君も大変ね…」
と、クラスメイト達は囁き合った。



ことの発端はこうだ。
つい先日、学級会の場において、「給食の食べ残し、嫌いな食べ物の交換を禁止」という決定がなされたのである。
好き嫌いの無い仁のような者にとってはなんら弊害の無い取り決めであったが、大抵の子供はひとつやふたつ、苦手な食べ物があるものだ。
当然、彼らの猛反対があったが、最終的には決定されてしまった。
担任教諭の篠田によって、「最近の3組は食べ残しが多いと他の先生からも文句が出ている」と言われたことも大きかった。
そして、その翌日、即ち今日の給食のメニューにはレバーが登場したのである。
学級委員長の務めとして、ひろしは美紀やクッキーのようにレバーが嫌いな子がこっそり残したりしないように見張っていたというわけだ。


がっくりと肩を落としたひろしを見ながら、クラスメイト達は同情していた。
「なになに?どうかしたの?」
お昼の放送を終えて教室に戻ってきたきららが、飛鳥に聞く。
「ひろしのやつ、クッキーにレバーを無理やり食べさせたんだよ。そしたら、クッキーが怒ってひろしに絶交だって言っちゃって」
飛鳥の代わりに、あきらがそう答えた。
「あらら…それはまた…」
かわいそうに、という表情をしながらも、きららは好奇心丸出しだ。
「ひろし君がクッキーに厳しくするなんてこともあるのねえ」
「しょうがないわよ、昨日あんなことが決まったばっかりだったんだから」
と、れいこ。
「それにしても、ひろしはルールを真面目に守りすぎじゃないのか?」
あきらが両手を組んでそう言うと、
「確かに。ひろし君はちょっと厳しすぎですよね」と、勉も同調する。
「ひろし、ああいうところは融通が利かないからなあ…」と飛鳥。
「でも、クッキーもあれくらいで絶交はないわよねえ」
「きららもそう思う?私もあれはないなあと思うんだけど…」と、れいこがきららを見上げた。
すると飛鳥が、
「クッキーはひろしに裏切られた気分なんじゃないのかな」と言う。
「どういうことですか?」
「ほら、いつもクッキーが困ってるとひろしに頼ってたろ。ひろしもいつも助けてたし」
「ああ、そうか。それが、さっきはそのひろしに厳しくされたから怒ったわけだな」
「そーいうこと。」
「さっすが、飛鳥くん。」
「でも、クッキー結構怒ってたわよね…。このまま喧嘩が続くのかしら?」
れいこは少し心配そうだ。
「あの子のことだもん。ちょっと時間が経てばけろっとするわよ」
きららがそう答えた。
肩を落としたまま、それでも後片付けを手伝うひろしを眺めながら。


大抵のクラスメイトは、きららと同じような予想を立てていた。
クッキーは良くも悪くも感情の起伏が激しい。
さっきまで泣いていても、すぐ元気を取り戻すし、その逆も然りだ。
いつもひろしに甘えて頼っている彼女なだけに、すぐ絶交を取り消すだろうと思われていたのだ。
しかし…。


翌朝、クッキーとひろしは別々に登校してきた。
どうやら、ひろしが出迎えに行く前にクッキーが家を出てしまったらしい。
そして…。
その日からクッキーはひろしに対してよそよそしい態度を取るようになってしまったのだ。
極めつけは、呼び方である。
それまで名前で呼んでいたくせに、急に「高森くん」呼ばわりになってしまった。
ひろしはわかりやすく落ち込んでいる。
クッキーはひろしの件に関しては、誰の忠告にも耳を貸さない。

そしてそのまま、1週間が経過した。



「はあ…。」
ここのところ、ひろしはため息ばかりついている。
「ひろし、一緒に帰らないか」
仁、吼児と飛鳥がランドセルを背負ってひろしの席にやってきた。
「うん…」
いつもならきびきびとしているひろしにも、精彩さが無い。
授業中も真面目な彼には珍しくぼーっとして、先生に注意されたこともある。
「なあ、ひろし。クッキーに謝れば仲直りしてくれるんじゃないの?」
通学路を歩きながら、飛鳥がそう言った。
“クッキー”という単語を耳にしてひろしの肩がぴくりと動く。
「謝れば…って、別にひろし君は悪いことしてないよ?…どっちかっていうと、僕の方が余計なこと…」
「吼児、そういうことじゃないんだよ。女の子っていうのは理由なく怒るんだから。謝って機嫌直してくれるならそれでいいじゃないか」
「そうかなあ…?」
「おいまてよ。ひろしが謝る筋合いじゃねえぞ。クッキーが妙な意地張ってるだけだろ」
「仁が口出しすると余計ややこしくなるから、お前は黙ってろ」
「なんだと?おい飛鳥、どういうことだよ」
「やめてよ、二人とも〜」
「…みんな、心配してくれてありがとう」
ひろしがぽつりとそう言うと、仁も飛鳥も言い争いをやめて彼の方を見る。
「…でも、僕はやっぱり何も悪いことしてないんだ。理由もないのに謝ることなんてできないよ」
「よく言った!それでこそ男だぜ!」
「…はあ〜。ひろしはひろしで強情だなあ…」
「…ひろし君…」
(…でも、このまま喧嘩したままでもいいのかなあ…?)
吼児はひろしの顔を見上げ、そう思った。



一方、マリアたちは何度もクッキーに仲直りをするよう促していた。
しかし、今度ばかりはクッキーも強情で、「高森君のことはもう知らないの!」と繰り返すばかりだ。
二人の喧嘩に飽きたのか、きららはもう気にしていないようだったが、マリアたちは心配していた。


「クッキー、今日ね、ゆうちゃんが手作りのお菓子を作るんだって。良かったら一緒に行かない?」
放課後、美紀がクッキーに声をかけた。
「ほんと?」
ゆうが「何種類か作るんだけど、試食してもらおうかなって思って」とにっこり微笑む。
「うん!行く行く〜!」

ゆうの家へ集まったのは、ラブ、美紀、マリアとれいこだった。
台所には、小麦粉やバター、砂糖をはじめとした材料がずらりと並んでいる。
「すごい〜たくさんあるのね」
「今日は何を作るの?」
「うふふ。今日のテーマはね…これ、お野菜なの」
「野菜?」
れいこが目を丸くする。
「お野菜でお菓子を作るの?」
クッキーも不思議そうにそう聞く。
「もともとはね、アイデアは姫木先生に教えてもらったのよ。」
「ゆうの妹のルリコちゃんがね、にんじんを食べられなかったから、お菓子にしたらどうかしら、って」
と、マリアも付け足す。
「この前はにんじんゼリーを作ったから…。今日はほうれんそうのケーキを焼こうと思って。あとはかぼちゃのプリンと、おからとしいたけのクッキー。」
「いろんな野菜を使うのね」
ラブが感心したようにそう言うと、ゆうはうふふと笑って、図書館でレシピを色々捜したのよ、と言った。
「へえ〜」
「すごおい」
「さ、あたしたちも手伝ってみんなで作りましょ」
マリアがそう言って、みな支度を始めた。


出来上った菓子はどれも食べやすく、意外にも美味しかった。
「これなら、ルリコちゃんも喜んで食べてくれるわよ」
「ほんとう?」
「ええ。お野菜を使ってるなんてわからないくらいだわ」
「うん!とっても美味しい〜」
「良かった。みんな、手伝ってくれてどうもありがとう」
ゆうが紅茶のお代りを用意しながら微笑む。
「それにしてもすごいわ。ルリコちゃんのためとはいえ、こんなにいろんな種類を作るなんて」
ラブがそう言う。
「ほんとね。あたしだったら、すぐ買いに行っちゃうかも」
れいこが付け足す。
「レシピを調べるだけでも大変だったでしょう?」
美紀が聞くと、
「うん…。学校の図書館にはいい本が見当たらなかったら、市の図書館で調べたの」
とゆうが答える。
「どうしてそこまでするの?」
と、クッキーに聞かれて、ゆうはそうねえ。と人差し指を顎に当てて考える。
「ほら、ちょっと前、邪悪獣ベジベジが出た騒ぎのとき、ルリコは野菜嫌いを治すって決めてくれたじゃない?
 あれから、給食は頑張って食べてくれてるみたいなんだけど…。でも、やっぱりまだまだ苦手な野菜があるみたいで、
 できるだけ美味しく野菜を食べて克服して貰えたらな、って思ったから」
「ゆうはいいお姉ちゃんね」
「ほんとね」
マリアとラブがそう言うと、ゆうは頬を染めて「そんな、褒めすぎよ」と照れた。
「あ〜あ。あたしもゆうみたいなお姉さんがいたら好き嫌いを克服できたのかしら」
と、美紀が羨ましそうにそう言った。
「何言ってるの、美紀ったら。あたしたちもう上級生なんだから。いつまでも我儘を言ってられないでしょ」
ラブにそう返されて、
「わかってるわよぉ。」
と美紀は肩をすくめる。
「もう上級生なんだから、自分で克服していかないと…か。その通りだわ」
れいこがそう言う横で、
「でも、あたしも美紀ちゃんとおんなじこと思っちゃった。」
と、クッキーがちろりと舌を出した。


「クッキーも、ゆうみたいに自分のことを心配してくれてる人がいるじゃないの」
と、ラブが言う。
「…?ラブちゃん?」
クッキーは不思議そうにラブを見る。
ラブはゆっくりと紅茶を飲んで、クッキーの方を向く。
「…いい加減仲直りしたらどう?」
クッキーの表情がみるみるうちに強張った。
「…またその話?高森君はもう関係ないもん」
「…クッキー」
マリアが心配そうな表情になる。
「本当に関係なかったら、そんなに拗ねることでもないと思うけど」
ラブにそう言われたクッキーは俯いて、もう涙目になっている。
黙ってしまったクッキーから目を逸らさず、ラブは言葉を続ける。
「ゆうがルリコちゃんを心配するように、ひろし君はクッキーのことを心配してるのよ。
 でもあたしたちはもう5年生じゃない。ちょっと厳しい態度をされたからって拗ねるものじゃないわ」
「…」
クッキーは顔をあげる。目に溜まった涙が今にもこぼれそうだ。
「…だって」
小さな声でそう呟く。
「だからって、ひろし君あんなに厳しくすることないじゃない…。あたしがレバー嫌いなの分かってるくせに。
 だって昔からすっごく嫌いなんだもん。ひろし君はそれを知ってて無理やり食べさせたんだよ!
 そんなの、あたしの気持ちを考えてないってことじゃない!」
クッキーは憤りを止められないように、早口でそう言った。
「クッキーは、自分のことしか見えてないのね」
しかしラブは冷静にそう言い放つ。
「どういうこと?」
クッキーは泣きながらきっとラブを見据える。
「クッキーは自分の気持ちのことしか考えてないってことよ。ひろし君が敢えてクッキーに厳しくした意味を考えようともしてないじゃない」
「ラブちゃん、ちょっと言いすぎよ」
見かねた美紀がそう言ったが、
「あら、そんなことないわ。あたしだって心配してるからこそこうして言ってるのよ」
「ラブちゃん…」
「あたしもそう思うわ。厳しくするのとか、きつく言うのとか、本当にその人のことがどうでも良かったら言えないもの」
とれいこが言う。


「その人のことを想うからこそ、厳しくなる、ってことか…」
マリアがそう呟いて、クッキーに、
「クッキー。あたしたち、クッキーを責めたいわけじゃないわ。
 でも、ひろし君と喧嘩してから、クッキーもひろし君も全然元気がないじゃない。
 だからあたしたち心配なの。ちゃんと仲直りしてほしいのよ」
と優しく語りかける。
「…」
「確かに、ひろし君はちょっと厳しかったかもしれないわ。
 でも、ひろし君だって好きで厳しい態度をしてたわけじゃないと思うの」
マリアの言葉に続いて、美紀が、
「あたしもそう思う。ひろし君、あのときすぐお茶を汲んでくれてたでしょ。
 すっごくさりげなかったけど、あれはクッキーの気持ちをちゃんとわかってたからこそできたことじゃないかしら」
と言った。
「クッキー、今は大嫌いでも、克服出来たらきっと美味しいと思うようになれるわ。
 それに、レバーも牛乳も、体にとってもいいもの。
 きっと、ひろし君もそう考えていたはずよ」
と、ゆうが優しくそう言う。
「ひろし君の落ち込み方、半端ないもんね。あたし、ひろし君も心配しちゃうわ」
れいこが呟くのを聞いて、
「クッキーだって、もうそろそろ意地を張るのに疲れてきてるんでしょ?」
と、ラブがにやりと笑った。
「…ラブちゃんたら…」
クッキーは手の甲でごしごしと目を拭う。
「…わかったわ。みんながそこまで言うなら、…しょうがないから、仲直りしてあげようかな」
と言って横を向いた。
「クッキーったら、素直じゃないんだから」
れいこがからかうように言うと、
「そ、そんなことないもん!」
クッキーは真っ赤な顔をしてむきになった。



翌日。
ひろしとクッキーが一緒に登校してきたのを見て、クラスメイトは一様に安心した。
どうやら絶交は取り消されたようだ。
「おい、ひろし、お前クッキーに謝ったのかよ」
すかさず仁が近寄って、ひろしにそう尋ねると、
「ううん。今朝、クッキーに絶交は取り消すわって言われたんだ」
と、ひろしは答える。
「仲直りしたんだね。良かったねえ、ひろし君」
吼児がほっとしたように言う。
「へえー。クッキーの意地っ張りもようやく治まったってことか。ほんとによかったな、ひろし」
あきらがそう言うと、ひろしははあ。とため息をついて、そうでもないんだけど。と小さく言う。
「え?なんだよ?」
「どういうこと?」
目を丸くした3人の背後から、クッキーの声が聞こえてきた。
「高森く〜ん、宿題でわからなかったとこがあるの〜」
「あれ?なんで…?」
不思議そうに呟く吼児に、ひろしが、
「まだレバーの恨みは消せないんだってさ。」
と苦笑してみせて、ランドセルからノートを取り出す。
「高森く〜ん?」
「はいはい、今持ってくよ」
そう言って席を立ち、クッキーの席の方へ近づくひろしは、昨日までと比べるとそれでも嬉しそうだ。
「…あいつって、健気だな…」
「それでこそ、ひろしだよ」
「ひろし君、えらいね…」
ひろしを眺めながら、仁たちは同情せざるを得なかった。

その後、クッキーの“レバーの恨み”がようやく治まって、ひろしが「高森くん」から「ひろしくん」と呼ばれるようになるまでは、もう少し時間がかかったのである。

<< END >>
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第41話、「絶対無敵の大誘拐」の話で、ひろしがクッキーから「高森君」よばわりをされていたのですが、
それに無理やり理由をつけてみようと話を考えてみました。
と、いうことで本編の第41話以前を想定してあります。ついでにベジベジ登場の30話以降ということで。
一説では、あの呼び方の変化は、制作側による単なる間違いだったらしいですね。
それを知った時、ほっとしました。ひろしファン的に。