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願いたいこと

陽昇神社の境内は人、人、人で大混雑である。
石段に並ぶ列は遅々として進まない。
晴れ着を着たクッキーはただでさえ履きなれない草履に四苦八苦している上に、小柄なためにぎゅうぎゅう押されて辛そうだ。
「大丈夫かい、クッキー?」
ひろしは何度もそう言って彼女を気遣う。
無理を言って元日の昼間に連れだって来たのはまずかったかなと多少後悔しながら。

きりっと晴れた青空と、吐く息も真っ白に染まるような、凛と澄んだ空気。
元日には特有の空気が流れていると、ひろしは思う。

昨年は防衛組全員で陽昇寺へ2年参りをした。あの時は除夜の鐘を撞かせて貰って楽しかった。
翌日の元日にひろしはクッキーとここ陽昇神社へ参拝したいと誘いに行ったが、彼女はすでにマリアと出かけた後だったため、一緒に行くことができず仕舞いだったのである。
今年こそは絶対一緒に行きたい。
そう心に決めていたひろしは、12月のうちからクッキーと約束をしていたのだ。

クッキーは今年も晴れ着を着こんで、おめかししている。
自分と一緒に行く時も気合いを入れた恰好をしてくれるなんて嬉しいと、ひろしは思う。
ただ、去年は人込みに押されたせいか帯が解けてしまって大変だったとマリアが言っていた。
今年はそう言う目に合わないといいけれど…。

ひろしが気にかけていることがもう一つある。
防衛組の面々と偶然鉢合わせしたら、やっぱり冷やかされるのだろうな…。
からかわれると、どうしても悠然としていられなくなる。
しかし、こんなに混雑した中では、偶然会う事もないだろう。多分…。


ゆっくりとだが、人の波が動き出した。
「うあっ」
後ろから押し上げる圧力にひろしはよろける。
なんとか体勢を立て直して横を見ると、案の状クッキーは両手を手前の石段について転びそうになった体を支えていた。
「クッキー、大丈夫?!」
「う…うん…」
「気をつけないと…」
ひろしはそう言いながら一瞬考えてから、左手をすっと伸ばす。
「…ほら、クッキー」
クッキーは目をまるくしてキョトンとする。
「早く立たないと」
ひろしは早口でそう言うと、クッキーの手を取った。
また、列が動き出す。
クッキーはひろしの手につかまって立ち上がった。
「さ、行こう」
ひろしは手をぎゅっと掴んだまま、クッキーを促した。


二人の頬が赤く染まっている。
クッキーの晴れ着の赤色よりも鮮やかに。


ようやく参拝所が見えてきた。
二人は繋いだ手を離し、それぞれ手元の財布から小銭を取り出す。
四方から響く、小銭の投げ込まれた音、拍手を打つ音。

参拝を終えた人々は、次々に片側に流れて行く。
ぎゅっと目をつぶって何事かを願っているクッキーをちらりと横目で確かめながら、ひろしは正面を向く。
お願いしたいことはたくさんある。
でも、神様だってこんなに沢山の人たちから願い事を聞くのだから忙しいに違いない。
(だから…僕の願いごとは…)


袖口を引っ張られて、ひろしは目を開けた。
「ひろし君、お願い事、終わった?そろそろ行こ」
クッキーがひろしを見上げている。
「うん。そうだね」
二人は小さくぺこりと頭を下げて、歩き出した。


帰りの石段も、登りほどではないとはいえ混雑している。
「ひろし君、待って」
クッキーがそう言って、ひろしの手を掴んだ。
それはさりげない仕草だった。ずっと昔、二人が幼い頃によくそうしていたような。
ただ変ったのは、手をつないだだけでどきどきしてしまう気持ちの方なのだろう。
「し、社務所に寄っておみくじでも引いて行く?」
「うん!やりたい!」


ひろしの御籤は吉。クッキーは中吉。
それを近くの杉の木に結び付ける。
「ひろしくん、あたしもそっちに結びたいよ〜」
クッキーがひろしにせがむ。
「はいはい。じゃあ貸して」
ひろしが細長く折り畳んだ御籤の紙を、目の高さにある枝に結び付けているのを見ながら、
「ひろし君、また背が伸びた?」
と、クッキーがぽつりと呟く。
「え?…そうかな」
冷えた空気で指が悴んでうまく結べない。
「絶対そうだよ。…いいなあ〜」
ようやく結びつけて、ひろしがクッキーを見る。
クッキーはそのままひろしの手を取ると、またぎゅっと握った。

「…手も、おっきくなったね」
「…ク、クッキー?」
「ひろし君、あたし甘酒飲みたい!行こ!」
クッキーはそう言うと、ぐいとひろしを引っ張った。

参道沿いに立ち並ぶ店の間をすり抜けながら、クッキーが
「ねえひろし君は、何をお願いしたの?」
と聞く。
「…秘密だよ」
「え〜。ひろし君のケチ〜」
「人に言うと、願い事が叶わないって言うからさ。」
「そうなの?…じゃああたしも言わないモン!」
そう言ってクッキーはにっこりと笑った。



願い事はひとつだけ。
このさき僕らがどんどん大人になって、変わって行くのだとしても。

…君がずっと笑顔でいられますように。…

―出来れば、僕もその傍に居たい。
でもそれは、ふたつ目の願いになってしまうのかな?
<< END >>
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お正月SSです。
オチとかドラスティックな変化などは全く無いです…。二人の初詣のワンシーンということで。
皆様初詣には行かれましたか?行かれた方、何をお願いしましたか?