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sweet dreams

ピピピ…
目覚まし時計の電子音が響く。
その音を聞いた途端,僕は自分が眠っていたことに気がついた。
いったん目を覚ましていたものの,僕はどうやら二度寝をしていたらしい。
慌ててスイッチを切って隣を見ると,妻は全く気付いていない様子で深く眠りこんでいる。
眠る彼女は起きている時よりもより幼く,小さく見えた。
僕は音をたてないように気をつけながらそっとベッドを抜け出した。

セーターを頭から被り,ぼさぼさになった髪の毛を片手でなでつけながら洗面所へ向かう。
空はすっきりと晴れている。窓から富士山が見えた。
土曜日の,朝。


僕は昔から寝起きがいい方だ。
洗面を済ませ,息子の部屋をのぞくと,既に彼も目を覚ましていた。
「お父さん,おはよう」
彼もまた,目覚ましよりも早くに目が覚めるらしい。
僕がベッドの縁に腰掛けるやいなや,彼は「あのね,お父さん,僕面白い夢見たんだ」と喋り出す。


息子が見た夢の話を聞くのは,僕にとって休日の朝の楽しみとなっている。
妻によく似た大きな目をくりくりとさせながら,彼は楽しそうに話してくれる。
彼は夢の内容をよく覚えているようで,その内容はまったくドラマチックで面白い。
若干6歳の彼の頭の中に,よくこんなに色々なイメージが溢れているものだ,と感心させられるくらいだ。

残念ながら,僕は目が覚めた時には夢の内容を忘れてしまっている。
たぶん,夢はみているんだろうと思う。
偶にイメージの残像がうっすらと頭に残っていることもあるが,よっぽど強烈な内容でなければすぐに忘れてしまう。

楽しそうに夢の内容を語る息子の顔を見ながら,こういうところは妻にそっくりだな,と思う。

妻とは幼稚園以来の付き合いだ。
小さなころから,彼女はよく夢の内容について教えてくれた。
僕は彼女の話を聞くのが楽しみだった。
空を飛んだ夢。大きな怪獣に追いかけられる夢。どこか見知らぬ国で迷子になる夢。僕が出てきた夢。
彼女は目をきらきらと輝かせながら,熱っぽく語るのだった。
そして今は,僕らの息子がこうして夢の話を聞かせてくれる。


朝ごはんを作り,息子とともにそれを食べ終えて時計を見ると,針がちょうど10時を指すところだった。
「ねえ,お母さんお寝坊さんだねえ」
息子が口もとのパン屑を払いながらそう言う。
「そうだね。もうそろそろ起こしに行こうか」

妻は低血圧であるせいか,朝に弱い。
それでも平日は無理して早起きをし,僕と息子に弁当を作り,自身も勤めに出ている。
だからこそ,休日の朝はゆっくり寝かせてあげたいと思っている。

息子と二人で階段を上がり,寝室に入っていく。
妻は未だすやすやと眠っていた。
「おかあさ〜ん,起きて!もう10時ですよお」
息子が大きな声を出して妻に飛びつく。
「ふぇっ?」
彼女は変な声をあげて身を起こすと,きょろきょろと周りを見回した。
「…え?なあに?ひろしくん?」
どうやらまだ寝ぼけているらしい。
その様子があまりにも可愛らしくて,私と息子は笑ってしまった。

「ふあ〜あ」
毛糸の,分厚いカーディガンを肩にかけたまま,妻は大きなあくびをする。
僕は自分のためにコーヒーを,息子のためにホットミルクを,妻のためにミルクティーを用意した。
彼女はそれをゆっくり飲みながら,目をこすっている。
「おかあさん,まだ夢みてるのかな?」
息子は笑いながらそう僕に尋ねる。
「そうみたいだな」
「そ,そんなことないもん!もう起きてるわ」
妻はぷうっと頬っぺたを膨らませた。
「ねえねえ,お母さんはさっき夢を見てたの?」
息子がそう聞くと,妻はふっと表情を軟らかくして,「ええ。」と言った。
「え〜?なになに?どんな夢だった?」
「ん〜とね。とってもいい夢だったわ」
「そうじゃなくて〜!もっとちゃんと教えてよ」
息子がそうせがむと,妻は目をくりっとさせて,
「お母さんとお父さんがね,小学生だった時の夢」
と言った。
「小学生のときの?」
「そう。そしてね,大きなクマさんがね,町で大暴れするの」
そう言って,彼女はふふっと笑った。
「え?それがいい夢なの?」
息子はきょとんとしている。
妻はマグカップを両手で包みこみ,視線を僕の方に移しながら,
「そうよ。私がね,そのクマさんに襲われそうになったときにね,カッコいい王子様がね,助けに来てくれるの」
と言った。

…もしかして,あのときのことか?
僕は思わず妻から視線をずらしてしまう。
「へええ〜」
「でもね,クマさんは逃げちゃったのよ」
「え〜,そんなあ。それでそれで,どうなったの?」
「それでね…」
僕は席を立ち,台所の方へ向かう。
なんだか気恥ずかしくてその場にいられない気がしたからだ。

居間のほうから,妻と息子の笑い声が聞こえてくる。



・・・ろし。ホラ,ひろし!起きなさい!」
大きな声でそう呼ばれて瞼を開けると,真上に母さんの顔があった。
「…あれ?母さん?」
「早く起きなさい。もう7時半よ」
「え?本当?」
僕はびっくりして跳ね起きた。
「どうしたの,一体。あんたが寝坊するなんて珍しいわね。」
慌てて服を着る僕を見ながら,母さんはあきれたような声を出した。

朝食を大急ぎで食べて,ランドセルをひっつかんで僕は表に出る。
今日もよく晴れている。冷たく澄んだ空気がピリッと肌を刺した。
(これじゃあ,もうクッキーは先に出ちゃったかな…)
僕は急いで学校へ向かった。


走ってきたおかげで,僕は何とか遅刻を免れた。
教室へ駆け込んで,ランドセルを下ろして息をつく。
クッキーが寄ってきて「ひろしくん,おはよう」と言った。
「おはよう,クッキー」
「ひろしくん,今日はどうしたの?」
「えっと…,寝坊しちゃってさ」
頭を掻きながらそう言うと,クッキーは目を丸くする。
「え〜,ひろしくんが寝坊するなんてめずらしい。夜更かしでもしたの?」
「ううん。そんなことないんだけど…。なんか,変な夢見ちゃってさ」
「変な夢?どんな夢だったの?」
そう聞かれて,僕はもう夢の内容を忘れかけていることに気づいた。
「え〜っと,ボンヤリとしか覚えてないんだけど…」
そう言いかけた時,扉がガラッと開いて,篠田先生が入ってきた。
「お〜い,お前ら,ベルが聞こえなかったのか?早く席に着けよ〜」
ありゃ,と小さく呟いて,クッキーは後でね,と言って自分の席へ戻っていく。

「起立!礼!」
大きな声で号令をかけながら,僕は考える。
どんな夢を見てたんだっけ?
うっすらとしか思い出せない・・・。
でも,なんだかとっても幸せなような,くすぐったい様な…,
そんな夢を見たような,気がする。

「さあ,出席を取るぞぉ!」
出席簿を広げながら,いつものように,篠田先生は大きな声を出した。


<< END >>
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先日,チャットでお話しさせていただいたある方が,夢のお話をしてくださったのですが,そこから今回「夢」というキーワードをいただき,考えてみたお話です。
よくある展開になりましたが…。