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あお

涼しい風が優しくひろしの髪を揺らした。
日に日にその背を高くする雑草から立ちのぼる,青い匂いを胸一杯に吸い込む。
向こう岸に目をやると,おそらく自分よりも年下であろう少年たちが―野球をするのだろうか,手に道具を携えて―駆けて行くのが見える。

河川敷の中腹に腰をおろして,ひろしは幼馴染を待っていた。


思い思いに過ごす土曜日の午後。
今のところ,邪悪獣騒ぎの知らせもない。
のんびり散歩でもしようかと考えていたところ,幼馴染が一緒に行くと言い出した。
それならばとこうして,昼食後に待ち合わせをしている。
時間は決めない。大体でいい。
行き先も決めない。気分次第でいい。



もうすぐクッキーが来る。
そう思うだけでもう幸せな気分になって,川面が日の光を反射してキラキラ輝く様子や,さっきから吹く心地よい風が揺らす雑草の色や,足もとのシロツメクサを,いつもよりもうきうきとした気持ちで眺めた。


タッタッタッ

アスファルトの地面を蹴る軽快な足音をがして振り返る。
待ちに待った彼の幼馴染の姿が見えて,ひろしはにこりと笑った。

「ひろしく〜ん おまたせ〜」
走ってきたのであろう,前髪が風を受けて乱れている。


「ごめんね ずいぶん待った?」
そう言いながら駆け下りようとするクッキーに向かって,ひろしは足もとに気をつけてね。と声をかける。

彼女は両手に何かの包みを抱えていた。
ひろしの視線を感じ取ったのであろう,クッキーがああこれはね,と嬉しそうに手元に視線を移した。


そのときだった。
小さな彼女の体が,一瞬ぐらりと傾いて,
手元の包みが宙を舞った。


「きゃあ!」
「クッキー!」


…あ,転んだ。



転ぶときはいつも,そのほんの一瞬前にそう確信するのは何故だろう。

そんなことを思いながらクッキーはぎゅっと目を瞑り,来る衝撃に身を竦ませた。


がさ,と音がして,彼女は自分の持ち物がどこかに着地したことを知る。
それとほとんど同時に,自分の体自体も草の中に沈み込んだ。


 ―筈であった。



目蓋を開くと,青があった。


しかしそれは空の色ではなく。
地面に生い茂った草の色でもなく。


それが上着の色であることをようやく認識した彼女の体を,ぎゅう,と抱きしめながら,ひろしが,
はあー。
と深く息を吐く。


え?どういうこと?

…ああ,そっか。
あたし,転んだんじゃなくて,
ひろしくんが助けてくれたのね…


半ば混乱し,半ば安心しながら。
クッキーはしばらく動くことができなかった。


彼女が自分の現状を理解するまでに少々時間を要したからである。
同時にひろしが彼女の体を抱きとめて離さなかったからでも,ある。


ぼうとなったクッキーの頭越しに,ひろしがぶつぶつと,
「だから気をつけてって言ったろ…。坂道だし,こんなに草が生えてて滑りやすいんだから…。」
と呟く。

「だいたいクッキーは,何でもないところだってよく転ぶんだから」
「あの…」
「間に合ったからよかったけど…。怪我でもしたらどうするのさ」
「…えっと…」
「女の子なんだからもっと気をつけないといけな」
「ひろしくん!」
「え?」
「あの!…もう…大丈夫だから…その」


そう言われてひろしは初めて,自分がクッキーを抱きしめたままであることに気がついたらしく,

「わ!ご ごめん」

と大きな声を出して彼女を離した。


「ごめん!ほんと,ごめん!」
真っ赤な顔になりながら,そう繰り返すひろしを見ながら,
「あ,あたしこそ,ごめん…」
と声をかけるうち,クッキーの頬もまた,みるみるうちに赤く染まっていく。


「……。」「……。」


涼しい風が吹いて,草と,黙りこんでしまったふたりの髪を揺らした。

落ち着かないままの動悸を何とか鎮めようと,ひろしが視線を辺りに彷徨わせると,シロツメクサの一群に埋もれて,先ほどの包みの端が見えた。


「あ!こ これ」
「そ そんなとこに落ちたんだ」
「何が包んであったの?」
「あのね,さっき作ったドーナツ」
「へ へえ!ドーナツ,いいね!」
「そ そうでしょ!一緒に食べようと思って持ってきたの」
「わ,わあ,そうなんだ!」
「あ,でも,崩れてないかな?」


若干ぎこちなさが残るやりとりを交わしながら,ふたりは。
先ほど感じた互いの体の温もりをどうしたら気にしないでいられるか,そんなことばかり考えていた。
<< END >>
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落書絵にいただいたコメントから浮かんだお話でした。
妄想大爆走!です。
ひろしも偶にはいい思いをしてたっていいよね…!
ただ…書いてて恥ずかしくなりました…。
因みに廉太郎もよく何もないところで転んでました。
…どうでもいいですね。