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タイムカプセル

書斎の窓から、星が瞬いて見える。
金曜日の夜は、何かと気が楽だ。
ウイークデイはずっと職場に通う毎日。
日々、設計の仕事に追われ、パソコンのモニターを見続けていながら、
こうしてオフタイムの時もキーボードを叩いている自分が、ちょっと可笑しい。

自分が管理人をしている同窓会ウェブサイトの、掲示板の項目をチェックしたり、メールをチェックしたり。
学級委員長だったんだし、工学部卒ってことで、HP管理人はひろし君よね、とマリアに指名されて始めたものの、
性格なんだろうか、毎日ちゃんとチェックする自分がいる。

コンコン、と書斎のドアをノックする音。
「どうぞ」
と言うと、ドアを開けて妻が入ってきた。手には恐らくホットコーヒーだろうか、湯気の立ったマグカップが乗ったお盆を持っている。
「ホームページのチェック?」
と、妻が聞く。
「そう。」
「何か、書き込みでもあった?」
「あったよ。飛鳥から。」
「そうなんだ。元気って?」
「そうみたい。あいつ、海外からだから中々連絡取れないかも、なんて言っておいて、かなり書き込み率高いよな」
「ふふふ。海外にいると、結構息抜きって必要なんじゃないかしら」

カチカチと、マウスをクリックして、掲示板の画面に戻す。
「ほら、見て。年末はクリスマス休暇が取れそうだから、帰国するって」
「そうなんだ! じゃあ、一回くらいみんなで集まりたいよね」
「そう言うと思って、今メール案を書いてたとこ」
「じゃあ、あたしも休みをチェックしておこうっと」
妻は、息子が生れてから1年半後に職場に復帰した。
今は、息子を小学校に通わせながら、デイタイムのシフトで保育所勤務をしている。

「会場は、やっぱりときえちゃんの新店舗かしら?」
「そうだね。飛鳥は、まだ行ったことないんだっけ」
そう話しながら、僕はときえの顔を思い出す。
ときえこと、坂井ときえは、実家の居酒屋を手伝いながら、1年前にカフェ兼バーを開いた。
気楽にお酒を飲めて、女性に人気の喫茶メニューも出すのよ。
目を輝かせて夢を語っていた彼女は、本当に夢を実現させてしまった。

「仁君とマリアちゃんは大丈夫として…、吼児君とひでのり君には、早めに連絡しておかないとね」
「そうだね。あと…、きららとラブもだね」
仁とマリアは結婚して、二人の子供は僕らの息子と同い年だ。
仁は実家の酒屋を継いで、マリアは小学校教師をしており、共働きだ。
吼児は雑誌編集の仕事で、国内外を問わず、忙しく働きまわっているらしい。
ひでのりは、親の会社を継ぐ身として、しばらく留学していたが、最近になってようやく帰国し、会社で働いている。
きららは小学校からの夢だったアナウンサーを目指して、TV局に無事入社し、今はレポーターとして活躍している。
「そっか…。ラブちゃん、今は東京だっけ?」
「そう」
ラブは体操のコーチとして、東京に住んでいる。
他のメンバーも、それぞれ自分の道で頑張っている。仲間の多くは、同じ陽昇町に住んでいるから、きっと集まってくれるだろう。



今でもちょくちょく小学校の同級生と集まってるんだ、と言うと、周りの人は皆驚く。
自分たちにとっては、別に不思議なことではないのだけれど。
大学や、高校の友人と個人的に会うことはあっても、小学校からずっと交流が続くことって、あまりないようだ。
よっぽど仲がいいんだね、と皆は言う。

確かに、そうかもしれない。
だって、僕らは他の人とはちょっと違った仲間だったのだから。



「ねえ!あたしいいこと思いついちゃった!」
急に、妻が弾んだ声を出す。
「なに?どんなこと?」
「久し振りに、陽昇小に集まらない?」
「なんだ、そんなこと?」
「それだけじゃないの。タイムカプセルを埋めるのよ!」
「タイムカプセル?」



小学校の卒業のとき、僕らは小学校の校庭にタイムカプセルを埋めた。
そして、20歳の同窓会の時に、皆で掘り起こした。
校庭の大きな木の根元。銀色の大きな缶。
みんなそれぞれ、20歳の自分に宛てた贈り物を詰めた。
仁とヨッパーとあきらは、お互い集めていたサッカー選手の写真が入っていたんだっけ。
ゆうが描いた、クラスみんなの似顔絵。
きららは自分の声を録音したカセットテープ。
…掘り起こした時は、皆の品物を見せ合って大笑いした。

あの時は、12歳の自分から届いたメッセージに、恥ずかしながら感動してしまった。
そして、そのメッセージは大事に取ってある。
でも、どうしてまた、今更?



そんな僕の心中を察したのか、妻がにっこり笑う。
「今更…って、思ったでしょ。」
「う…うん」
「あたしね、20歳の時に、タイムカプセルがもう無くなっちゃったのか…って、寂しくなっちゃったの。
だって、なんかこれでもう、あたしたちが揃って何かワクワクすることができなくなっちゃったような気がして。
だからね、またこれからもこうして集まって騒げるように、この先の未来もずっとあたしたち地球防衛組が続くようにって、
タイムカプセルを埋めたら面白いんじゃないかしらって思ったの」
「そうか…それも、面白いかもな」
でしょう?あたしにしては結構いいこと思いついたでしょ? と妻がはしゃぐ。

「それじゃ、提案してみますか」
僕はそう言うと、メールの文章にタイムカプセルの案を書き込んだ。


普段、職場で、社会では一端の大人の顔をして生活している僕ら。
いい大人になって、それなりに給料も貰って、平和な生活を送っている。
親になって、あの時あんなに理不尽に感じていた大人の気持ちがわかってきた。
でも、あのころ…小学校の頃のように、すべてのものがきらきらして見えて、一日が色んな出来事で一杯だった頃に比べて、
現在は日々があっという間に過ぎてしまう。

大人になる…。
子供の頃の僕は、早く大人になりたかった。
でも、今は…。日々のことで精一杯で、夢とかを語ることも気恥ずかしくなってしまった。


ただ、地球防衛組のみんなと会うと途端に、子どもの自分に戻ったような気になる。
勿論、外見も語る言葉も変わっているけれど…
心おきなく、大人の仮面を外して、自分自身でいられる。
そして、仲間と会う時間を糧に、また毎日を頑張ることができる。
そういう仲間に巡り合えたことに、つくづく感謝してしまう。



「次は…、そう、今年はみんなが30歳になるから…、40歳のときの自分に宛ててみましょうよ」
妻は嬉しそうに話す。
「10年後か…どうなってるのかな、僕ら」
妻は大きな目をくりっと動かして、
「ひろし君たら馬鹿ね。10年後も、20年後も、やっぱりみんなで集まってるにきまってるじゃない!」
と、胸を張った。
そんな妻を見ていたら、そうだよな、そうに決まってるよな、って納得してしまう。


僕らがこの先歳をとっても、僕らの子どもが11歳になっても、やっぱり変わらないものは、ある。
あの日々がくれたもの。
それは、かけがえのない友情という宝物だ。



妻が書斎を出て行ったあと、僕は本棚の上にある小箱を下した。
そこに入っているのは、あの頃のスナップ写真と、12歳の僕からのメッセージ。


「20歳の僕へ。
 元気ですか?
 自分の夢をかなえるために、がんばっていますか?
 12歳の僕は、まだまだできないことが多くて、毎日色んなことで悩んでいるけれど、
 大人の僕は、ちゃんとこくふくできているのかな。
 20歳の僕が、素敵な人間になっていることを望みます。
 これからもがんばるよ。
 そして、大人の僕も、がんばってください。

 ついしん
  今はまだ勇気が出せなくて、好きな子にふりむいてもらえてないけれど、
  その子に好きになってもらえるように、がんばります。
  だから大人の僕は、好きな人をこれからも大事にしてくださいね。

    学級委員長  高森ひろし より  」


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なんだかぐだぐだの展開に…。
30歳のひろしは、陽昇町内の会社で機械設計の仕事をしています。
飛鳥は、海外の商社勤務。
タイムカプセルを埋めた経験はありますか?
思い出は、時に自分を勇気づけてくれます。
大人になった今は、小学生の時の思い出ははるか遠いですが、
きっと地球防衛組の面々は、自分たちの経験を糧に、大人になっても輝いているんだと思います。