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救急箱

青空の下、陽昇中学の校庭からは賑やかな声が聞こえてくる。
4時限目、体育の時間。
中学に上がってからは、体育の授業は男子と女子で別々に行われる。
その代わり、2組合同で行うのだ。
1組のれいこときらら、2組のマリアとクッキーが同じ授業に出席している。

「あ〜ん、お腹すいた」
と、れいこが声を上げる。
「あと少しで授業が終わるわ。そしたらお弁当が食べられるんだから、もうちょっと頑張んなさい」
マリアが励ます。
授業終了を知らせるチャイムが、ようやく鳴った。

女子更衣室はとても賑やかだ。
なにしろ、2組分の女子がひとつの部屋にいるものだから当然といえば当然である。
その中で、マリアが大きな声を出した。
「クッキー!」
クッキーの腕や足にはいくつもの痣が出来ていたのだ。
内出血の痕もある。
体操着はジャージだったので、体育の時は気づかなかったのだ。
「どうしたの?この痣…」
マリアの声を聞きつけて、れいこやきららも寄ってきた。
「本当だ。痛そう…」と、気の毒そうにれいこが言う。
色白の彼女だからこそ、それらの痣はひどく痛々しく見える。
「クッキー、これって…、部活のせいなの?」
と、きららが聞くと、クッキーは恥ずかしそうに笑った。

「えへへ…。あたし、うまくレシーブができないでしょ…だからこんなのばっかりで…」
「ちゃんと、薬は塗ってるの?」
「え…う〜ん」
「駄目じゃない。女の子なんだから、痕になったら大変よ」
「だってぇ〜、キリがないんだもん…。」
ぷうと頬っぺたを膨らませるクッキーを見て、マリアは、
「面倒くさくても、ちゃんと手当てしなくちゃ駄目よ。」
と真面目な顔で言った。
「はぁ〜い」


クッキーを保健室へと送り出し、マリアが教室へ戻ってくると、きらら、ゆう、れいこがマリアの机の周りに座っていた。
彼女たちはこうしてときどき、一緒にお弁当を食べているのだ。
「それにしても、あのクッキーがねぇ…あんなに痣だらけになっても部活を続けてるなんて意外だったわ」
きららが感慨深げに言う。
「あたしもそう思った。前だったらすぐ泣いて諦めてたのにね」
と、れいこ。
「クッキーがあんなに頑張るなんて、よっぽどひろし君のことが好きなんだわ」
ゆうが呟く。
「そうね…。でも、ちょっと無理しすぎてないかしら。心配になってきちゃうわ」
マリアはそう言って窓の外を眺めた。

「ひろし君は、クッキーのこと、知ってるのかしら」
「そりゃあ何たってクッキーの守護天使様なんだから。大丈夫でしょ」と、きらら。
「でも、ひろし君が知ってたら、あんなになるまで口を出さないなんてことあるのかな」
と言って、れいこが首をかしげる。
「うーん。そう言われればそうねえ。」
「じゃあ、あたしが聞いてみようか?」
「きらら、待って。クッキーは、ひろし君にわざと内緒にしてるかもしれないわよ」
「ゆう…。」
「ほら、ひろし君って、今度の大会でベンチ入りすることになったんでしょ。毎日猛練習してるらしいわよ」
「ああ、そうだったわね。だから、最近はクッキー、ひろし君と一緒に居られないって言ってたわ」
れい子が、ゆうの言葉を引き継いだ。
「忙しいひろし君に、余計な心配をかけたくないのよ、きっと」
「ゆうの言う通りかもしれないわね。あたしたちが口出しすることじゃないのかもしれないわ」
と、マリアが言う。
「あたしたちに出来ることって、何かないのかしら…?」
ゆうが言うと、3人ともうーんと考え込んでしまった。

そのころ、ひろしは弁当もそこそこに、体育館で自主練習をしていた。
一年生ながらベンチ入りを果たしたことで、同級生の部活仲間に対して恥ずかしいプレーをするわけにはいかない。
頑張って練習した分だけ、自分が上達してくるのがわかる。
地方大会への進出に燃える先輩のためにも、ベストを尽くそうと決めていたのだった。
試合は、今週末に迫っている。
ひろしの頭の中は、今はバレーのことで一杯だった。

保健室で、いっぱい怒られちゃった。
照れくさそうに笑うクッキーに、マリアは、それなら無理はしちゃ駄目よ、とは言えなかった。

頑張れ、って励ますことはできても、頑張っている人には、何て言葉をかけたらいいんだろう。
しかし、ここのところのクッキーの頑張りぶりは見ていてちょっと心配になるくらいだ。
もともと運動がそれほど得意ではない彼女は、体格も小さいこともあって、部活では落ちこぼれのようだった。
きっと、蔭では辛い思いをしているんだろうと思う。
愚痴や泣き言を言わないように気を張っているのだと思う。

あたしには、何もしてあげられることが無い…。
そう思うと、マリアは少しため息をついた。


試合当日。
マリアをはじめ、防衛組の何人かは、試合を応援しに行った。
ひろしはユニフォームを着て、心もち緊張しているように見えた。
マリアは女子バレー部の一団の中にいるクッキーを探した。
クッキーは両手を前で組んで、一心にコートを見詰めている。

試合は、序盤は点差をつけてリードしていたのだが、後半になるにつれ、次第に点を縮められてしまった。
顧問の先生がタイムを取る。
「交替! 高森、行ってこい!」
「は…、はいっ!」
交替のコールがなされて、ついにひろしがコートへすすんだ。
「ひろし〜、頑張れ〜!」
「フレー、フレー、ひろし!」
「いいとこ見せてくれよ!」
「ひろし君、しっかり〜!」
応援席から、口々に声援があがる。

ひろしの打ったサービスは、相手のレシーブを乱した。
相手のミスを逃さずに、味方のアタックが見事に決まる。
「やった!」
「ひろし、ナイス!」
皆が手を叩く。
その後も、何度かひろしは好プレーを出したあと、ベンチへ戻された。
最後は、強烈なアタックが決まり、ひろしのデビュー戦は、勝利で飾られたのだった。

その後、陽昇中学は順当にトーナメントを勝ち進んだが、翌日の決勝戦で惜敗を喫した。

2日目も応援に来ていた防衛組のメンバーは、バレー部の解散を待ってひろしに駆け寄った。
「惜しかったな、ひろし。でも、見ごたえのある試合だったよ」
そう、飛鳥が言うと、
「ありがとう。先輩達も手ごたえを掴んだようだし、次は勝てるようにもっと頑張らなくちゃ」
と、ひろしが答える。
「でもすごいわ。ひろし君、結構活躍してたじゃない。」
「そうそう、格好よかったわよ」
「そんな…、マリアもきららも褒めすぎだよ…」
「そんなことないぜ。これなら、クッキーもお前にベタ惚れってとこかな」
と、仁がにやっと笑う。
「いよぉー、色男!妬かせるねえ〜この、この!」
と、あきらが茶化した。
「あれ、そういえばクッキーは?」と吼児。
「あら、そうね。どこにいるのかしら?」
きららが言うと、ひろしは、
「女子部のことは聞いてないからわかんないなあ…。学校へ戻ったのかな?」
と言った。

「そうなの…。」
マリアはそう答えながら、
(クッキー、きっとひろし君に一番にお疲れ様って言いたいだろうに…)
と思う。

「ひろしはこれからどうすんだ?」と仁。
「良かったら、これから何か食べにいかないか?さっき皆で話してたんだ」
と、飛鳥が言葉を継ぐ。
「いいね。僕はいったん学校へ戻らなくちゃいけないけど、その後でも間に合うかな?」
「ああ、いいぜ。」
「じゃあ、先に行って待ってるから。」
「また後でね〜」

そうして、皆の輪からひろしは別れて歩きだした。

マリアは思わず、ひろしに駆け寄った。
「待って、ひろし君!」
「マリア、何だい?」
「あのね…。クッキーに会ったら、クッキーも連れてきて欲しいの」
「わかった。」
「それと…、これは、もしかしたらクッキーは知られたくないかもしれないけど…」
「どういうこと?マリア」
「えっと…、あのね…」
マリアは、クッキーの怪我のことを伝えずにはいられなかった。
余計なお世話をしてるんだと思っても、やっぱりクッキーの無理した笑顔を思うと、そうせざるを得なかった。

「…そうなんだ…。」
「ごめんね、余計なこと言っちゃって。でも…」
そうマリアが言ってひろしの顔を見ると、
ひろしの顔がくやしそうに歪んでいた。
「僕…、自分が許せないよ…。」
「ひろし君…」
「ありがとうマリア、教えてくれて。僕、行ってくるから」
そう言うと、ひろしは駆けだした。

(あんな悔しそうなひろし君を見たことない…。あたし、やっぱり余計なことしたのかしら…。)
マリアはその後ろ姿を見ながら、そう考えていた。


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