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「あなたのことが好きなの」
たったこれだけのことを言うだけなのに。
なんでこんなに難しいんだろう。


この世の中に、二人っきりだったら良かったのに。
この世界で、あたしと彼だけが存在していたら良かったのに。
そしたら、こんなもどかしい思いなんか抱かなくても、
何も言葉に出さなくても、
好きだって気持ちが伝わったはずなのに。


5月ももうすぐ終わりだ。
陽昇川沿いに茂る草は、競争し合っているように背を伸ばしていく。
朝露を滴らせる尖った葉先。
幼稚園のころ、よくこの辺で遊びまわったものだ。


* * *

小さい頃から、あたしは足が遅かった。
みんなが走る後をついていけなかった。
仲間で鬼ごっこをするとき、缶蹴り遊びをするとき、あたしはすぐ捕まった。

草叢の中を走り回っていた時、みんなとはぐれたことがあった。
途方に暮れて空を見上げると、いつもより高く青く見えた。
あたしなんかよりずっとずっと背の高い草が風で靡いていた。
世界はとてつもなく大きくて、あたしはこの世でたった独りだと思った。
あたしは泣きながら、立ちつくした。

がさがさと音を立てて彼が捜しにきた。
「こんなとこにいたんだ。捜したよ」
そう言って、彼はにっこり笑った。

あたしはその時、確かに見た。
彼の背中に大きな真っ白の翼があった。
きっと見間違いなんかじゃないと思う。


あ、飛び立ってしまう。


あたしは急にそんなことを思って、彼の服の袖を急いで掴んだ。
「どうしたの?」
そう問いかけられても、応えられなかった。
胸に何かがつかえたように、うまく声が出せない。
だから、ただただ首を振った。

行かないで。ひとりにしないで。
あたし、ひとりじゃうまく息も出来ない。

ぎゅっと手に力を込めた。
またぽたぽたと涙が落ちた。
彼はそんなあたしを見て、しょうがないなあっていう優しい笑顔で、
あたしの肩をぽんぽんと叩いてくれた。
そうされてやっと、あたしは安心した。

* * *


あの大きくて真っ白の翼のことは、誰にも言ってない。
口に出したら、嘘になってしまうような気がして。
だからそれはあたしの心の中に、今でも大事に仕舞ってある秘密だ。


小さいころの自分のほうが、よっぽど何もかもわかっていたかもしれない。
目に入るものすべて、聞こえるものすべて、そのままに受け止めていた。
そして、あたしは彼を必要としているんだってことも。

この想いは至極単純なことなのに。
あたしにとって、あまりにも当たり前すぎて、近くにありすぎて、
…いつから見えなくなっていたんだろう。


目には見えないけれど、きっと彼は背中に翼を持っている。
今日の空のように高く澄んだこころを持っているひと。
いつも変わらない優しいまなざしをくれるひと。
まっすぐ未来を見つめる強さを持ったひと。

泣いて待っているだけの小さな自分にさよならを。
あたしは今度は、自分から彼を探しに行く。
だから、あたしは勇気と言う名の翼を手に入れるんだ。


「あなたのことが好きなの」
たったこれだけのことを言うだけなのに。
なんでこんなに難しいんだろう。

<< END >>
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何だこのポエミーな内容は。
イメージしたことは、青々とした草原の中で、手をつなぐクッキーとひろしでした。
クッキーのこころの独白調ですが、これは「救急箱」の後に続くものとして書きました。
…精進します。