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僕の手と、君の肩に降る

あれから、クッキーの様子が変だ。
あれ、というのは、僕がはじめて出場したバレーの試合後の出来事のこと。

僕はベンチ入りが決まったこともあって、ずっと練習に打ち込んでいた。
そのおかげで、プレーは試合でも少しは役に立てるくらいに上達した実感がある。
ただ、その忙しさにかまけてクッキーのことをちゃんと見ていなかった。



陽昇中学に上がって、僕とクッキーは別のクラスになってしまった。
クラス発表の時は正直がっかりした。
僕は1組。きららとれいこ、あきらと一緒だった。
クッキーは2組で、マリアと仁、ひでのりと同じクラスだ。

地球防衛組のみんなとは、変わらず仲よくしているけど、中学で出来たクラスメイト達との付き合いもある。
だけど女子は時々一緒に弁当を食べてるみたいで、きららなんかは時々僕にいたずらっぽそうな表情をしながらクッキーのことを報告してくれたりする。
クッキーはクラス替えの度にとても緊張するところがあるから、僕はちょっと心配していたけど、
今回はマリアたちも一緒ということもあって新しいクラスメイトとも馴染めているらしい。

最初のうちは、まだ大丈夫だったんだ。
それまでと同じように、クッキーとは一緒に登下校出来ていたし。
だけど、バレー部に入部を決めてから僕の毎日はすごく忙しいものになってしまった。
小学校の時と比べて、中学生活は忙しい。
授業数も増えたし、部活動で放課後や休日は潰れてしまう。
だから、クッキーも同じバレー部に入部することになったとき、僕は凄く嬉しかった。
部活の時、必ず会えるから。

でも、それは糠喜びなんだと気づくまでにそう時間はかからなかった。
先輩は厳しかったし、練習内容もきつかったから、最初のうちは慣れるので精いっぱいだった。
朝練や夕練もけっこうハードだ。
ベンチ入りを期待されたのはいいけれど、居残り練習を命じられて、クッキーと一緒に帰ることもままならなかった。
でも次第に練習にも慣れて、僕はバレーがどんどん好きになって行った。
確かに練習はハードだけど、やればやるほど上達していく実感があった。
そんな風にして、僕は最近のほとんどの時間を部活に打ち込むようになっていたんだ。

一方で、クッキーは体中擦り傷や痣だらけになるまで部活を頑張っていたみたいだった。
僕はもともと運動が好きだし、飛鳥や仁ほどじゃないけどスポーツは得意な方だと思っている。
でもクッキーは体が小さいこともあったし、運動も得意な方じゃない。
それなのに、大分無理をしていたみたいだった。
ここのところ、部活でもゆっくり喋る時間が持てなかったし、話す時はいつもクッキーは笑っていて辛そうな素振りなんて見せてなかった。
だから、僕はクッキーがそんなに無理をしていただなんて気づいていなかった。

クッキーの怪我のことは、試合後にマリアから教えてもらった。

あのね…。あたしが口出しすることじゃないのかもしれないけど…。

マリアはあの時、申し訳なさそうに、心配そうに教えてくれた。
正直、マリアがクッキーのことを思いやってくれて良かったと思う。
マリアはいつも周りの皆のことを気にかけてくれる。本当に優しい女の子だ。

その一方で、僕は…。
あのとき僕はすごく悔しかった。
クッキーの異変に気づいていなかった自分が許せなかった。
マリアみたいにはいかなくても、せめて僕もクッキーのことだけは気にかけてるつもりだったから。
クッキーが困った時はすぐに助けるって決めていたのに。
彼女が泣くことがないように、いつも見ているつもりだったのに。


クッキーの怪我を見たとき、すごくショックだった。
痛々しい彼女の手足の傷が、僕の狭量さを嘲笑っているようだった。
お前にこの子のことを守れる資格なんてあるものか、って言われてるみたいに。

僕はその苛立ちを、よりよってクッキーにぶつけてしまった。
でもあの時は、自分の気持ちをコントロールすることなんてできなかった。
驚きと自己嫌悪と悲しさでいっぱいだった。


あのあと、僕はクッキーを残して一人で家へ帰ってしまった。
クッキーに僕のことは関係ないって言われて、ショックだったのもあったのかもしれない。
マリアがクッキーに会いに行ってくれたみたいで、そのおかげで僕らはなんとか仲直りすることが出来たのだけれど。


あの日から、クッキーの僕に対する態度がなんだか変わってしまったような気がする。

僕は朝練や夕練がない時は必ず彼女と一緒に登下校するようにしている。
たまに、休み時間とかに2組へ行ってみたり、何か用事を作ってクッキーの顔を見にいったり。
でも話をする時、クッキーは僕と目をぜんぜん合わせてくれない。
そのくせ、何かの拍子にぱっと目が合うことがあるんだ。
クッキーは僕に何か言いたいことでもあるのかなと思うけど、彼女は「別に」と言ってさらりと話題を変えようとする。

正直僕は戸惑っていた。クッキーが何を考えているのか分からなかった。
でも、もう二度とあんなことは御免だったし。
それに…。それに、クッキーも僕のことを嫌ってるわけじゃないと思うし…。

梅雨が始まって、校庭にあるバレーコートが使用できなくなった。
練習の主体は体育館だけど、バスケ部やバドミントン部、卓球部、体操部…、体育館を使用する部が多いので、
長時間の練習は難しい。
試合も終わって一区切りついたこともあって、今はちょっとした小休止のような感じ。
だから、今日、3連休の土曜日も、雨のために部活は休みになっている。

昨日の夜の間に宿題は済ませてしまったし、今日は一日ゆっくりしようか。
クッキーのことで思い悩んでいても、らちがあかないし。
最近は御無沙汰になっていたプラモ作りでもするかな、と思いつく。
今年の正月にもらったお年玉で買ったプラモデルが、作りかけのまま箱にしまってあったはずだ。
僕は小学校の時プラモ作りに凝っていて、これまでに何体か作っている。
これでも手先は器用な方だと思っているし、集中して作業をするのも結構好きだ。
僕は俄然やる気になった。

外は土砂降りで、気温もちょっと低いけど、部屋の中は快適だ。
スピーカーからは、ラジオで最近流行りの洋楽が流れている。
机の上に材料と道具を並べて、ラジオのボリュームを絞って。



階下で電話の呼び出し音が鳴った。
パタパタとスリッパの音を立てて母さんが電話を取りにいく音がする。
時計を見ると、もうすぐ12時だ。2時間以上も集中して作業をしていたみたいだ。
そういえばお腹がすいてきたな、と気づいたとき、タイミング良く母さんが僕を呼んだ。
一旦机の上を片づけ、階下へ降りて行く。

「母さん、お昼は何?」
そう言いながらダイニングへ入ると、母さんが首をかしげて机の上に並べた料理本を睨んでいた。
「どうしたの?」
「ああ、ひろし。お昼に、と思ってスパゲティーを作ってあるわよ、ほら」
食卓にはナポリタンとサラダが並べてある。
そこで僕は椅子に座って食べはじめながら、
「それで?何を真剣に料理本何か見てるのさ」
と聞いた。

「ええ。さっき容子ちゃんのお母さんから電話が入って」
「おばさんが、どうかしたの?」
「今日、急に親戚にご不幸があったらしくてね。どうやら北海道らしくて、ご夫婦二人で急遽向かうことになったらしいのよ。
 それで、早くても来週火曜日まで帰ってこられないから、何かあったら容子ちゃんをお願いしますって頼まれて」
「そうなんだ…。クッキー一人で大丈夫かな?」
「まあ、容子ちゃんは心細いかもしれないわねえ…。うちに泊めてあげましょうか、って聞いたけど、遠慮されちゃって」

昔は僕がクッキーの家に泊まったり、クッキーが僕の家に泊まったりっていうことが結構あったけど、
さすがに最近は無い。
両親は気にしてないかもしれないけど、そうなったら僕は変に緊張してしまうかもしれないし…。

「お昼ごはんはともかく、夜ごはんを届けてあげようかなって思って、何を作ろうか考えてたのよ」
「そうだったんだ。セロリだけは入れないで上げてね」
クッキーは結構好き嫌いが激しい。牛乳以外にも、苦手なものがけっこうある。
「はいはい。それでね、母さんが夜用にお弁当作るから、出来上ったらあんた容子ちゃんに届けに行って頂戴」
「う、うん」
「この雨だし、お父さんは今日明日と商工会議所の旅行でしょ。母さん店があるから。」
「わかったよ。行ってくる」
そう言うと、母さんは僕の顔を見てにやっと笑いながら、
「あんたの分も入れとくから、一緒に食べてきなさい。何なら泊ってきてもいいのよ」
と言った。
僕はスパゲティーを喉に詰まらせそうになった。急いで水を飲んで、
「ちょ、ちょっと母さん!」
と言うと、母さんは
「いやあねえ。あんたがそうしたいって顔に書いてあるから言ったんじゃないの〜」
となおもにやにやする。
「そ、そんなことないよ!からかうなよ!」
「ま〜真っ赤な顔しちゃって。ま、頑張んなさいよ」
背中をバンと叩かれ、僕はまた噎せそうになった。


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