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steer for…

「今度の試合、お弁当はあたしが作るから!」
そうは言ったものの、何を作った良いか分からない。
揚げ物とか、肉メインでボリュームたっぷりにした方が良いのか、それとも炭水化物メインで行った方が良いのか。

今週末は新人戦大会だ。
ひろしはスタメンに選ばれた。
バレー部から3年生が引退した今、1年生もメインで活躍できるチャンスは広がっている。
初夏のころからその実力を認められつつあったひろしにとって、今度の試合は気合の入るものになるであろう。
相変わらず補欠にすら選ばれないクッキーにとっては、今度の大会はひろしの応援が最重要項目なのだ。

(そうだ、マリアちゃんに相談してみよっと)
マリアはバスケ部に入っており、最近はスタメンに選ばれることも多い。
きっと選手の目線でアドバイスをくれるだろう。
クッキーはさっそく受話器を取り、電話をかける。
「はい、白鳥です」
「あ、マリアちゃん?あたし、容子だけど」
「あら、どうしたの?クッキー」
「実はね…」

マリアがアドバイスしてくれたのは、試合前ならばあまり油分を取らないほうが良いとのこと。
それよりも、炭水化物とタンパク質をしっかりとれるようなメニューにした方が良いらしい。
「でもきっと、ひろし君はクッキーが作ってくれたものなら何でも喜んでくれるわよ」
そう言われると、照れてしまうが嬉しい。

(良し!じゃあマリアちゃんのアドバイスを参考にメニューを考えよっと!)
クッキーは本棚から料理本を取り出してページを繰りだした。



「母さん、週末の試合のことだけど」
店番をしていた母親にひろしは声をかける。
閉店間近の店内には客の姿はない。
「なに?」
「お弁当さ、いらないから」
「あら、どうして?」
「えっと…」
母親はにやっと笑って、
「ははあ、容子ちゃんが手作り弁当を持ってきてくれるっていうことかしら」
と冷やかすように言う。
(ああもう、この人は…)
自分の母親ながら、彼女のこう言うところには困ってしまう。
そう思いながら、ひろしはぼそぼそと小さな声でそう。とだけ言う。

ひろしとクッキーが恋人同士の付き合いを始めたことを、はっきりと言っていないのに、両親はすでに自明のこととして受け取っている。
食事の席などでは、容子ちゃんみたいな娘がほしかったから良かったわねえ、とか、今度いつデートするんだ、とか勝手に盛り上がったりもする。
思春期の男子としては照れくさいことこの上ないのだが、両親とも自分たちの付き合いを応援してくれるのは有難いので、彼らのやり取りをやりすごしているひろしであった。

ひろしとクッキーがただの幼馴染から恋人同士になってから、彼らの周囲だけが勝手に盛り上がっている。
学校では偶にからかわれたりすることもあるが、そういうのを相手にするのも面倒臭い。
本人たちはそれまでの付き合い方を続けているのだが。
恋人同士になる前から、普通にいつも一緒に登下校をしていたし、互いの家にもちょくちょく行き来をしていた。
自分たちは自分たちのペースで付き合っていけばいいとひろしは考えている。
早くこういう照れくさい状況から脱して、いつも余裕を持っていられるようになりたい。
そう思いつつ、まだまだ照れくさいと素直になれないひろしであった。

しかし、付き合い始めてから少し変化したことがある。
それは、ひろしの気持ちの問題であった。
(クッキーの恋人として、もっとカッコいい男にならなくちゃ)
というものである。
それまでは、自分の気持ちが伝わればいいと思っていた。
両想いになれば、何も辛く思うことなどない。そう考えていた。
ところが、実際に恋人同士となってからは、片思いの時よりも色々と思い悩むことが増えた。
二人の関係には何も不満はない。
しかし、自分自身の行動の結果が、すべて彼女に降りかかってくるということを意識するようになった。
もし、自分が何かヘマをして、その結果クッキーが笑われたりでもしたら、耐えられない。
やっぱりひろし君は頼りにならないわ、と、クッキーが背を向けてしまう可能性だってある。
只の友達のままであったなら感じなかったプレッシャーのようなものが、ひろしの肩にのしかかってきたのだ。
(でも僕に出来ることは、僕自身のことをしっかりやることしかない)
ひろしはそう考えている。


そして、試合当日。
クッキーは早起きをして弁当作りに勤しんでいる。
悩みに悩んだ結果、メニューはミートボールと温野菜サラダ、じゃがいものチーズ焼き、卵焼き、ウインナ、そして、おにぎり。
メインメニューは昨晩のうちに下ごしらえをしておいたので、幾分楽だ。
最近は、自主的に母親の料理を手伝っているためか、段々と手際も良くなってきている。
(よし、大体終わったわ! …あとは、おにぎりね…)
クッキーはおにぎりを作るのが苦手だ。
形を整えたりするのは何ら問題がない。クッキーが苦手なのは、ご飯の熱さだった。
そして、手が小さいので、大きいものが作れない。どうしても、小さなおにぎりをたくさん作ることになってしまう。
(あ〜あ、やだなあ…。でも、休憩時間でさっと食べるにはおにぎりが一番だし…)
意を決して、クッキーはおにぎりを作り始める。
1個、2個、3個…。
手を真っ赤にしながら、一生懸命握って行く。

ようやく弁当が出来上がり、クッキーは急いで自分の弁当も詰めると、後片付けもそこそこに支度を始めた。
時計を見ると、もう出発時刻だ。
「おかあさん、ごめんね、片づけは帰ってからやるからね!」
そう言うと、クッキーは大事に弁当を抱えて家を飛び出す。
試合は市の体育館で行われる。
試合当日は集中してほしいから、迎えに来なくてもいいからね。そう言ったため、クッキーは一人で体育館へ向かった。
(ひろし君、喜んでくれるといいな…)
弁当箱を揺らさないよう気をつけながら早足で歩く。


集合時間ぎりぎりに来たクッキーに、先輩からの注意が飛ぶ。
クッキーが体育館に到着した時、すでに男子部は館内に入ってしまった後だった。
(あーあ。試合前に声かけたかったのに…)
荷物をロッカーに仕舞い、ジャージに着替えていると、先輩の一人から声をかけられた。
「栗木さん、いくら試合の応援だけだからって、一年生はもっと早めに来るべきなんじゃないの?」
この先輩はことあるごとにクッキーに厳しい言葉を言ってくる。
「…すいません」
「男子部に彼氏が居るからって、そっちの方面ばっかり頑張られてもねえ。あなた女子部員でしょ。
 もっと真面目に取り組んでもらわないと」
「…はい」
「とりあえず、スタメンがウォーミングアップしてる間に、ベンチの準備をやっておいてちょうだい」
先輩はそう言い残すと、すたすたとロッカールームから出て行った。

(あたし、不真面目にみえたのかな…)
先輩が言っていることは正しいのかもしれないが、やはり落ち込んでしまう。
「容子ちゃん、気にすることないわよ」
同学年の部員たちが話しかけてきた。
「そうよ、あの人恋人がいないもんだから僻んでるだけなのよ」
「…そんな」
「高森君、格好いいもんね。みんな容子ちゃんのこと羨ましがってるもん」
「ねー。だから、あの人の言うことなんて気にしちゃ駄目よ」

クッキーは、彼女たちの慰めも嬉しく感じない。
言葉の端々に、「容子ちゃんって高森君と釣り合わないわよ」という意味を感じ取ってしまうからだ。
無論、それは気にしすぎなのだろう。
しかし、クッキーがひろしと付き合い始めてからも、何度かそういう目に合ってきている。
面と向ってはっきり言われることはないが、自分をライバル視している人が何人か居るような気がしている。
(でも、あたしはあたしなんだもん。あたしなりに頑張ればいいのよね?)
クッキーが誰かの嫉妬や揶揄で落ち込むたびに、見かねたマリアがそう言って励ましてくれていた。
その励ましのお陰で、クッキーは何とかいつも通り振舞っていられるのだった。


午前中の試合はあっという間に終わった。
男子部も女子部も、無事にトーナメント戦を勝ち進んでいる。
ひろしもスタメンとして出場し、何度か好プレーを出した。
(クッキー、見ていてくれたかな…?)
ひろしはロッカールームのベンチに腰を下ろし、タオルで汗を拭う。
「よーし、これから1時間、昼休憩だ。しっかり休んで、午後も頑張ってくれ」
そう、顧問が告げて、部員は一旦解散した。
ひろしが廊下に出ると、奥の女子用ロッカールームから、女子部員達が出てくるのが見える。
(クッキー、どこかな?)
そう思い、ひろしが彼女の姿を探すが、クッキーはなかなか姿を現さない。
そうしていると、一年の女子部員の一人が「高森君!」と声を掛けてきた。
「高森君、栗木さんだったら、ベンチの後片付けをしてるわよ」
「そうなの?」
「うん」
女子部員はそう頷くと、少し肩をすくめて小さな声で、
「栗木さんね、先輩の一人に目をつけられて、いびられてるのよ。知ってた?」
と言う。
「え…本当?」
「本当よ。…あっ、でもこれ、あたしが言ったってこと内緒ね?」
「う、うん…」
「一人で片付けさせられてるから、まだ終わってないはずよ。行ってみたら?」
「わかった。教えてくれてありがとう」
ひろしはそう言うと、ベンチの方へ向かった。


女子部員が言ったとおり、クッキーは一人で黙々と荷物の片づけをしていた。
「クッキー!」
そう言ってひろしが近づくと、クッキーは振り返る。
「ひろし君…ごめんね、お弁当すぐ渡そうと思ってたんだけど、終わらなくて…」
「いいよ、そんなこと」
そう言って、ひろしは片づけを手伝おうとしたが、
「ひろし君は休まなきゃ。ここももうすぐ片付し。ごめんね、ロビーで待っててくれる?」
とクッキーに止められた。
追い立てられるように廊下に出されたひろしが、仕方なくロビーに向かい歩いて行くと、誰かの話し声が聞こえる。
「…ちょっとあなたやりすぎなんじゃない?」
「何が?なんのことよ」
「栗木さんのことよ」
クッキーの名前を聞いて、ひろしは思わず立ち止まる。
話し声は、ロッカールームから漏れ聞こえてくる。
「あたしは、別に何もしてないわよ」
「そうかしら?一人で後片付けさせたりして。結構露骨なんじゃないの」
そう言われて、むっとした声が聞こえる。
「だって、あの子トロイじゃない。…何であんな子がうちの部に入ったのかしら」
「そんな言い方しなくても」
「それに、準備や片づけは一年生の仕事でしょ。選手でも無い子に優しくすることなんてないわよ」
ひろしは聞いていられなくなって、足早にロビーに向かった。

“栗木さん先輩にいびられてるのよ”
女子部員の言葉がひろしの頭に響く。
(本当だったんだ…。)
しかし、自分が口出しできることではない。
(せめて、クッキーが僕に助けを求めてくれたら…)
ひろしは自分の無力さを思い唇をかみしめる。


「ひろし君、あたしもね、バレー部に入ることにしたの!」
クッキーからそう言われた時、とても嬉しかった。
クラスは分かれてしまったが、部活では一緒にいられる。
(…でも、それは甘い考えだったんだよな…)
入部してからしばらくは、自分のことで精一杯でクッキーのことまで気を配れなかった。
クッキーはクッキーで無理をして怪我をしてしまい、それが原因で喧嘩になったこともあった。
ひろしが思っていたよりも、男子部、女子部ははっきり分かれている。
当然女子部内のことには、ひろしが首を突っ込めない雰囲気であった。
(僕は…クッキーに何がしてあげられるんだろう…)
ロビーのベンチに腰をおろして、ひろしはため息をつく。


(やっと終わった!)
クッキーは急いでロッカーから弁当を取り出す。
ロッカールームを出ようとすると、例の先輩から声をかけられた。
「栗木さん、休憩終了の20分前には準備に入ってもらうから」
「え…そうなんですか?」
「何か問題でもある?」
そうじろりと睨まれ、クッキーは「…わかりました」とだけ言うと、廊下へ出た。
(あたしがトロイから怒ってるのかな…?)
20分前集合だとすると、あと30分も残っていない。
(あーあ。ひろし君とお弁当が食べられると思ったのに…)

ロビーへ着くと、ひろしがベンチに座っているのが見えた。
「ひろし君!」
「…クッキー、終わったの?」
「うん。ごめんね、遅くなっちゃって。はい、お弁当」
弁当箱を渡すと、ひろしはありがとう、と言って受け取る。
「クッキー、どこで食べようか?天気もいいし、表の芝生にでも行く?」
「そうだね!」


ひろしは美味しそうに弁当を食べている。
(良かった!喜んでくれて…)
クッキーは安心して、自分も食べ始める。
秋の空は高く澄んで、とてもいい天気だ。
こんな日は、体育館の中ではなく、外に居る方が心地よい。
「ひろし君、午後の試合も頑張ってね」
「うん。頑張るよ」
ひろしはにっこりと笑った後、クッキーの顔をじっと見つめる。
「…何?ご飯粒でもついてる?」
クッキーがそう聞くと、ひろしは、
「ううん。何でもないよ」
と言う。
(変なひろし君…)
首をかしげ、おにぎりを頬張る。

ひろしは黙ったままだ。
(どうしよう…クッキーに先輩のこと聞いたなんて言えないよな…)
ひろしはひろしで、何を言ったらよいのか逡巡していた。
ふと、ひろしはクッキーがやけに急いで弁当を食べているのに気づいた。
「クッキー、ゆっくり食べないとちゃんと消化しないよ」
そう言うと、クッキーは申し訳なさそうに微笑んで、
「あ、そうだね…」と言いながら、腕時計をちらりと見た。
「あ!いけない!もう行かないと!」
そう言って、クッキーは慌てて荷物をまとめ始める。

「どうしたの?まだ時間あるじゃないか」
「そうだけど…。あたし早目に集合して準備するよう言われてるの」
「…また、一人で準備なの?」
立ち上がったクッキーを見上げて、ひろしが言う。
「え?…うん」
クッキーがそう答えると、ひろしはちょっと待って、とクッキーの腕を掴んだ。
「なに?ひろし君」
ひろしはクッキーの顔をじっと見つめると、
「クッキー、無理してない?」
そう聞く。
「…え?」
「クッキーが、もしつらい思いをしてるんだったら、ちゃんと僕に相談してほしいんだ」
ひろしがそう言うと、クッキーは一瞬目を見開いたが、にっこりと微笑む。
「あたし、大丈夫だよ!」
「…本当に?」
「勿論!本当に。」
クッキーはひろしの目をじっと見つめて、にっこり笑った。
「…うん…。それなら、いいんだ」
「…ひろし君、今は自分の試合のことに集中して。あたし、午後も力いっぱい応援してるからね!」
「…わかった。頑張るよ」
「それじゃ、バタバタしちゃってごめんね。先にいくね」
「クッキー、お弁当御馳走様。美味しかったよ」
ひろしがそう言うと、クッキーは頬を染めて嬉しそうに笑った。

走って体育館へ向かっていくクッキーを見送りながら、ひろしは両手を握りしめる。
(…そうだよな。僕は僕に出来ることをしっかりやろう。それしかないんだから)


(ひろし君、あたしのこと心配してたな…。あたし、そんなに辛そうに見えたのかな?)
そう考えながらロッカールームへ戻り、荷物をしまう。
急いで食べたのと、走ったせいか、少し胸が苦しい。
(辛い…?ううん。あたし、自分が頑張りたいんだもん。無理なんて、してないよね)
そしてクッキーは準備を始めた。


午後の試合も無事に終了し、陽昇中のバレー部は男女とも県大会への出場を決めた。
試合が終わったからと言って、すぐに帰宅できるわけではない。
ひろしは試合の反省会へ、クッキーは後片付けへ。
結局、その日二人が一緒にいられたのは昼休憩のときだけであった。



翌日。
昼休みに、ひろしが2組を訪れる。
「クッキー、昨日弁当箱返し忘れちゃってごめんよ」
そう言って、ひろしが包みを手渡す。
「いいよそんなこと。県大会の時も、お弁当作ってくから楽しみにしててね!」
「うん。ありがとう」
「ひろし君、聞いたわよ。県大会出場おめでとう!」
クッキーの隣に座っていたマリアが声をかける。
「ありがとう。バスケ部も今度試合だろ?頑張れよ」
「まかせといて!あたしたちも県大会目指すわよ!」
「あ、そうだ。クッキー、今日は部活休みだろ。一緒に帰ろうよ」
ひろしがそう言うと、クッキーは残念そうに、
「ごめん。あたし記録つけを言われてるから、残らなくちゃいけないの」
と言う。
「…また一人で?」
「え?ううん、先輩のお手伝い。そんなわけだから、一緒に帰れないの。ごめんね」
「そうなんだ…」
栗木さーん、と呼ぶ声がして、クッキーは立ち上がり、教室の戸口へ向かっていく。
「クッキー大変ね。よく部活の準備や後片付けしてるみたいね」
クッキーが戸口で部活仲間と何かを話している様子を見ながら、マリアが言う。
「うん…」
「なに?なんかあったの、ひろし君」
「…実は…」

ひろしはマリアに昨日聞いてしまったことを話すと、マリアは
「そうだったの…。わかったわ、あたしに任せて。それとなく探ってみるわ」と胸を叩く。
「ありがとう…。マリアはやっぱり頼りになるな」
ひろしがそう言うと、マリアはうふふと笑う。
「大丈夫よ、そんなに心配することないわよ。ひろし君はいつも通りクッキーに接してあげて」
「うん」

放課後、クッキーは部室で例の先輩と向かい合わせで昨日の記録をまとめていた。
「県大会の時の記録係を栗木さんに任せるつもりだから、ちゃんと覚えておいてね」
先輩がそう言うと、クッキーは「そうなんですか?」と弾んだ声を出す。
「…意外だわ。仕事をもらってそんなにうれしいの?」
そう聞かれて、クッキーはえへへと微笑む。
「…はい。」
「変な人ね、あなたって」
「そうですか?」
「…そんなこと言って、本当はあたしのこと嫌な奴だと思ってるんでしょ」
クッキーはきょとんとする。
「どうしてそんなこと言うんですか?」
「知ってるのよ。あなたたち一年生が、あたしの陰口言ってること」
「陰口だなんて、そんな…」
「あたしがあなたに仕事をいっぱい言いつけてるのが、いびりだって言うんでしょ」
先輩そう言うと、パタンとノートを閉じる。

「いいのよ、今はあたしと二人きりなんだから。栗木さんも文句があったら今言えば」
「…あたしそんなこと思ってません」
「…本当かしら」
先輩は窓に目をやる。
「あたしはむしろ、先輩には感謝してるんです」
先輩は視線をクッキーに戻す。
「どういうこと?」
「先輩も御存じの通り、あたしは部活の落ちこぼれです。だから、試合では何の役にも立てない。
 だけど、こうして色々仕事を貰えて、それを頑張っているだけでも、あたしはここにいる意味があるんじゃないかって思えるんです」
「…栗木さん」
「はい?」
先輩は俯いて、
「…そう言ってもらえると、嬉しいわ」
と言う。

「先輩…?」
「あたしもね」
先輩は俯いたまま、話しだした。
「あたしも、入部した時は落ちこぼれだったわ。当時の3年の先輩に、いっぱい嫌味を言われたりもした。
 何度もやめようかって思ったわ。でも、あたしは先輩達を見返してやりたかった。だから必死に頑張ったわ」
「…」
「当時は、今の貴方みたいに雑用ばかりやらされた。なんでこんなことばっかりって思ったわ。
 でも、貴方はそれを有難いって思ってくれてたなんて、意外だったわ…。」
「…」
「白状するわ。あたし、栗木さんを見てると昔の自分を見ているようで歯痒かったの。
 だから、わざと邪険に扱ってしまっていたわ。
 …でも、栗木さんはあたしとは違ってたのね」
「先輩…?」
「栗木さんはあたしよりもずっと強いわ。めげないで、本当に一生懸命やってくれていたのね」
「…」
「辛く当たってしまって、悪かったわ。」
「先輩…。謝らないでください。あたしは先輩に感謝してるんですから」
「栗木さん…。」
「だから、これからも宜しくお願いします」
クッキーがそう言って頭を下げると、先輩はくすりと笑う。
「…わかったわ。これからもばしばし鍛えてあげる」
「うふふ。さ、作業しましょう。スコアの書き方、これで大丈夫ですか?」



(先輩が、そんなこと思っていたなんて…)
部室の鍵を閉めながら、クッキーは思う。
(でも、先輩はあたしのこと見捨てなかった。あたしが頑張れる場所を与えてくれた。それは本当だから…)

用務員室に鍵を預け、クッキーが正門へ向かって歩いて行くと、門の近くでマリアが手を振っているのが見える。
「クッキー!終わったのね?御苦労さま」
「マリアちゃん!どうしたの?」
「あたしもさっき部活が終わったの。折角だから一緒に帰りましょ」
「うん!」

陽昇川沿いの道は視界が開けていて、空が大きく見える。
「見て、綺麗な夕焼け。明日も晴れね」
「本当だ。きれい」
そう言って空を見上げるクッキーに、マリアがぽつりと言う。
「…ねえクッキー。部活で雑用ばっかりやらされてるって本当?」
「なあに、マリアちゃんたら急に」
「うん、ちょっとね…。クッキー、また無理して頑張ってないかしらって思って…」
「マリアちゃんまでそんなこと言って」
そう言ってクッキーはにっこり笑う。
「クッキー?」
「心配かけちゃったみたいで、ごめんね。でも、あたし本当に大丈夫なの。」
「そうなの?」
「うん!」
「でも…、先輩はクッキーにばっかり雑用をさせてるんでしょ」
「あたしばっかりってわけじゃないわよ」
「本当?」
マリアはまだ訝しげだ。
そんなマリアの背中を、クッキーはぽんと叩く。

「ほんとう!それに、あたし先輩に感謝してるんだから」
「え?どういうこと?」
「あたしが頑張れる場所をくれたことに。」
「クッキー…」
「あたしはあたしに出来ることを頑張ればいいんだって、そう思ってるから。
 それが雑用でも、あたしには嬉しいの。
 これは、マリアちゃんがあたしに言ってくれたことでしょ?」
「…そうね。そうだったわね」
そう言うと、マリアはほっとしたように微笑む。
「頑張ってね、クッキー!」
「うん!」


その日の夜。高森家の電話が鳴った。
母親が受話器を取る。
彼女はひとしきり楽しそうに話したのち、
「ひろし。容子ちゃんからよ」
と言って、受話器をひろしに手渡した。
「もしもし、クッキー、どうしたの?」
「こんばんは。ひろし君、マリアちゃんに何か言ったでしょ?」
「えっ…べ、別に」
「嘘。ちゃあんと分かってるんだから。あたしの部活のことで、マリアちゃんに相談したんでしょ?」
「…えっと…」
受話器から、クッキーがうふふと笑う声が聞こえる。
「ひろし君にも、マリアちゃんにも心配かけちゃったみたいだけど、あたし本当に大丈夫なんだよ」
「クッキー…」
「あたしは、あたしの出来ることを頑張ってるんだから。それに、雑用だって、立派な部活動だわ。そうでしょ?」
「…うん。そうだね」
「それに、あたしが本当に辛かったら、ちゃんとひろし君に言うから。だから、もっとあたしのこと信用して?」
「…うん。」
「ひろし君が選手として頑張ってるから、あたしも頑張ろうって思えるの。だから、大丈夫なの」
「そうか。…そうだね。余計な心配だったね」
「ううん。気にしてくれて、ありがとう」


(クッキー…、強くなったな)
電話を切って、自分の部屋に戻りながらひろしは思う。
(前は、すぐに諦めちゃうところがあったのに…)
すぐに諦めて、泣いて、そしてひろしを頼ってきていた。
頼られて悪い気はしなかったから、ひろしは少しさびしい気がした。
(…でも。)
そう、でも。
(僕らは、少しずつでも前に進んでるんだ。クッキーはクッキーなりに。僕は、僕なりに。)
自分たちの歩幅で、ゆっくりとでも着実に進んでいる。
進んだ先に、もっと強くなった自分が居ればいい。
そして彼女を支えてあげられればいい。
(僕は…。僕がクッキーに出来ることは、やっぱり自分を頑張ることしか無いんだよな。)
ひろしはカーテンを開ける。
窓から見える夜空には星がきらきらと瞬いている。
明日も晴れだな。とひろしは思った。
<< END >>
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またしてもだらだら病に罹り、またしてもマリアに頼ってしまいました。
お弁当を作るシーンとか、割愛できるんじゃなかったのか?!