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ルシエルエトワール

昔から、きらきら光るものが好きだった。
たとえば、クリスマスツリーの電飾とか。
赤、青、黄色、白…ちいさな線で繋がれた小さな電球が発する色。
幼稚園のころ、ツリーが家に飾られると決まって電飾をじーっと見つめていたものだ。
あまりにも長い間見続けて、電気代がかかるからと母親に止められ、泣きながら抗議したこともある。

クリスマス前になると町中が鮮やかなイルミネーションに彩られる。
店のショーウィンドウには赤と緑を基調にした装飾が施され、嫌が応にもクリスマス気分にさせられてしまう。
陽昇駅前の街頭にはクリスマスバージョンと称して広場一面にイルミネーションが取り付けられ、モールが光を受けてきらきら輝く様子は、通行人の足を止めさせた。

立ち止まって瞬きを繰り返す電飾に見とれていたことに気づき、ひろしは再び歩き出した。
空はすっかり暗くなっている。


プレゼントに何を贈ろうか、ずっと悩んでいた。
彼女と出会ってからもう何度目のクリスマスを迎えるのだろうか。
付き合いが長くなるほど、贈り物の選択肢が少なくなってくる。

駅前の商店街は、週末という事もあってなかなかの人出であった。
人混みの中を歩くのは存外疲れるものだ。
通行人の間を縫うようにして足早に進む。

アーケード街の一角に来るたびに、いつも彼女が行きたがる店がある。
洋服と小物と、雑貨を置いている小さな店だ。
可愛らしいものが大好きな彼女らしく、その店は白い欧風のインテリアで、置いてある品物のいちいちも可愛らしい。
客層も若い女性が中心のようで、小さい店ながらいつも賑わっている。
こういう場所へ男一人で入るというのは結構な勇気が必要だ。
ひろしは店の前で思わず立ち止まってしまう。
窓から覗くと、女性客が数人居るようだ。


買うものは既に決めてある。
先週末に彼女とこの店へ立ち寄ったとき、さりげなくチェックしておいたのだ。
シルバーの、華奢なネックレス。
桜色の、小さなパールがペンダントトップになっている。
来年から高校生になる予定の彼女にとって、大人すぎもせず、可愛らしすぎもせず。
その小さな真珠が彼女にぴったりだと思った。


意を決して、店へ入った。
店内にはフランス語だろうか、聞きなれない甘い調子のポップスが流れている。
他には女性客ばかりの店内に、明らかに異質なひろしが入って来たのを見て、客の一人があら見て。と小さな声で囁いている。
若干の気恥かしさを覚えながら、ひろしはカウンターへ真っすぐ近づいた。
カウンター傍のショウケースに、目当ての品があるはずだ。
「す、すいません」
何故か声が小さくなる。
「いらっしゃいませ」
女性店員はにっこりと微笑む。
「えっと…」
ひろしがショウケースに視線を落とし、ネックレスを探す。

しかし、目当ての品は何度確認しても見当たらない。
(え…どうして無いんだ…?)
ひろしは焦った。


「…お客様?」
店員がにわかに焦り出したひろしに話しかける。
「何か…?」
「あ、あの…。ピンク色のパールがついたネックレスなんですが…もう無いんですか?」

「ああ…それでしたら、先程売れてしまって…。そちらをお探しでしたか?」
「あ…はい…。あの…、もう置いてないですか?」
「申し訳ございません。あれは一点物でして、在庫がございませんもので…、再入荷の予定もないんです」
と、店員はすまなさそうにひろしを見る。
「そ…そうなんですか…」
がっくりと肩を落としたひろしを見かねてか、店員がショウケースから何点かネックレスを取り出す。
「あのネックレスと似たようなデザインですと、こちらとか、この赤のものがございますよ」
「はあ…」
しかし、店員が示したネックレスはどれも派手すぎるとひろしは感じた。
「いかがでしょう?…ネックレスでなくてもよろしかったら、こちらのピアスは同じパールを使っておりますけれど」
「…ピアスはちょっと…。…わかりました。ありがとうございます。ちょっと考えます」
「そうですか…。本当に申し訳ありませんでした。またどうぞお越しください」
店員に小さく頭を下げると、ひろしは店を出た。



(ああ…もう売れてたなんて…。参ったなあ…)
両手をダッフルコートのポケットに突っ込んで、ひろしははあと溜息をつく。
(こんなことなら、取り置きしておけばよかった…)
今更な後悔がひろしを襲う。
(だけど…、どうしよう?何をあげたらいいのか…)


アーケード街に流れていた騒々しいBGMに乗せて、午後6時を知らせる鐘が鳴り響いた。
(いけない!もう6時か)
母親から、6時半から店番をするように頼まれていたのだ。
(とりあえず、今日のところは戻って考えよう)
ひろしは家の方向へ足を向けた。



年末に向けて、ひろしの住む商店街では歳末セールを行う予定である。
他にも、福引やら、大道芸人を呼ぶといったようなイベントを行うらしい。
ひろしが店番をしている間、両親は商工組合の会合へ出掛けて行った。
恐らく歳末イベントの打ち合わせだろう。
夕方を過ぎれば、閉店時間まで客が来ることは稀だ。
レジの奥の机に問題集とノートを広げ、ひろしは頬杖をつく。
一応受験生ということで、空き時間を有効に使って勉強をするつもりだったのだが、どうにも集中できない。
(プレゼント…何をあげたらいいんだろう…)
さっきからそのことばかりが頭の中をぐるぐるするばかりだ。

ぬいぐるみ…いや、クッキーはもうあんなにいっぱい持ってるし…今さらだよな…。
髪飾り…は今年の誕生日にあげたし…。
小さいバックか何か…いや、クッキーは先週買ってたじゃないか…。

ひろしはノートに品物を書き連ね、それにバツを付ける。

花束を贈るって言う柄じゃないし…。
本…は受験勉強真っただ中のこの時期に贈るのなんて厭味だよな…。

かろん、と音を立ててシャープペンシルがひろしの手から転がる。
リストを書き出すことをあきらめたひろしは、両手を頭の後ろで組んで背筋を伸ばした。


その時、店入口の自動ドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ!」
反射的に、明るい声が出てしまう。
しかし、入って来たのは見慣れた少年の顔だった。
「よっ!ひろしも店番かー。いやー感心、感心」
威勢の良い声でそう言いながら近づいてきた少年は、がははと笑った。
「…なんだ、仁か」
「なんだとはなんだ!俺が本当に客だったらどうするんだよ」
「はいはい。…それで、どうしたの?電池か何か買いにきた?」
ひろしがそう聞くと、仁はちがうちがう、と手を振って手提げ袋からごそごそとノートを取り出す。
「…なるほどね。」
「そゆこと!…この問題なんだけどさー」
「ちょっと待てよ、一応僕、店番中なんだけど」
「いいじゃねえか。もうこの時間だし、滅多な客なんて来ねえよ」
「それもそうだけど…」
「固いこと言わない。その椅子、借りるぜ」
そう言うと仁はカウンターの奥にある椅子を持ち上げて、ひろしの隣にガツンと置いた。


仁は時々こうして夜にひろしの家へやってくる。
いいじゃん、ご近所さんのヨシミだぜ。と言いながら、ひろしに勉強を教えてもらいに来るのだ。
学校ではいつもマリアに特訓を受けているのだが、流石に帰宅した後に彼女の家へ押し掛けるつもりはないらしい。
受験を控えて、仁は猛勉強を始めた。
仁も、マリアと同じ高校を受験するつもりなのだ。その高校はひろしとクッキー、吼児も受験を希望している。
そういう訳で、仁は時折…というか、最近は頻繁にひろしに分からない所を聞きに来たりするのだ。
仁は、最初の頃はこれまで部活一直線だった弊害と、勉強嫌いのツケによって、とても同じ高校を受験できるようなレベルでは無かったのだが、
持ち前の集中力によって今では大分レベルが上がってきている。
とはいえ、志望校は県下でも五指に入る進学校だし、競争率も高いので気は抜けない。


「なんだ、お前だって勉強してたんじゃねえか。…ん?なんだこれ?」
仁が机に広げられたままのノートに目をやった。
「い…、いやこれは、なんでもないよ」
ひろしは慌ててノートを隠そうとしたが、仁がノートを取り上げてしまった。
「ぬいぐるみ…髪飾り…、はは〜ん。クッキーへのプレゼントを考えてたんか。やるねえ〜オイ」
「か、返してくれよ」
「わーったよ。ホイ」
ひろしがノートを閉じると、仁が、
「それで、何をあげるか決めたのか?」
と聞く。
「ほ、ほっとけよ」
そう言うひろしの顔を見て、
「その様子からすると、まだ決めてないんだな」
と仁はニヤリとする。
「じ、仁こそ何をあげるんだよ」
「俺か?俺はあげねえ」
「へ?」
「今はそれどころじゃねえからな。勉強、勉強!」
「…ふうん。」
ひろしが疑わしそうに仁を見つめると、
「…何てな。実はさ、マリアが『プレゼントはいらないから、代わりに絶対合格しなさい!』ってうるせーんだよ」
仁はマリアの真似をして茶化すように言った。
「なるほどな。…さすがマリアが言いそうなことだ。でも最近の仁の頑張りも凄いよ」
「へへ。」
仁は指で鼻の下を擦る。照れた時の仁の癖だ。


「…でも、そうか…。参考にしたかったんだけどなあ」
ひろしが思わずぽつりと言うと、仁が、
「おいひろし。人のプレゼントを真似したって意味ねえだろ」
と言う。
「…そうだけど…」
「別に、何あげたっていいじゃんか。ひろしは真面目に考え過ぎるんだよ」
「…そんなことないけど。でも今まであげた物と被ったらいけないとか、迷うだろ、普通」
「そうかあ?クッキーはお前が何かあげたらそれで喜ぶんじゃねえのか」
「……うーん…」
ひろしは顎に手をやって考え込むのを見ながら、仁がそうだ!と声をあげる。
「何?」
「こーいう時は発想の転換だぜ。クッキーが欲しいものを考えるんじゃなくて、お前の好きなものをあげるってのはどうだ?」
「僕の…、好きなもの…?」
「そうそう。そしたら今までと被ることもないしな」
「そうは言ってもなあ…」
「何をあげるにせよ、お前がクッキーに何かあげたい、っていう気持ちが大事なんだろ」
「……気持ち」
「うちの父ちゃん良く言ってるぜ。『大事なのは形じゃねえ、こころだ!』ってな。」
「…こころ、か」
「ああ。ま、うちの父ちゃんが偉そうに言ってるだけだけどな」
「…ううん。ありがと。ちょっとヒントになったかも」
「そうかあ?なら良かったぜ」
「はは。…うん。ありがとな、仁」
「それじゃあ良いこと言ったお礼に、俺にもヒントちょうだい。この問題なんだけどさー」
「はいはい。どれどれ…」


仁は小一時間ほどしてから帰って行った。
仁が帰った後、閉店の準備をしながら、ひろしは考えていた。
(僕の好きなもの…。僕の好きなもので、クッキーにあげたいものって、何だろう…?)
表へ出て、シャッターを下ろす。
12月の夜特有の、刺すような寒さに手が悴む。

視線をあげると、駅前ほどじゃないにしろ、この商店街にもささやかなイルミネーションが灯っているのが見える。
ひろしはそれを見ながら、ふとあることを思いついた。




今日はクリスマス・イブ。
日曜日ということもあって、ひろしは昼過ぎからクッキーと待ち合わせをした。
受験生らしく、図書館で夕方まで勉強をしたのち、早目の夕ご飯を食べに行く。
中学生だけで飲食店に入ることは校則で禁止されているのだが、今日ばかりは特別だ。
もっとも、クリスマス・ディナーなんて洒落たことをできる年齢でも無く、駅前のファミレスで済ませる。
ただ、折角だからと人気のケーキ屋に立ち寄って、ケーキを2つ買った。
流石に店内のイート・インコーナーは満席で、テイクアウトにする。

「ひろし君、このケーキ、どこで食べよう?あたしの家で食べる?」
「それもいいけど、その前にちょっと寄りたいところがあるんだ。寒くても大丈夫だったら、一緒に行けないかな?」
「大丈夫だけど…。ほら、このコートがあるもん!」
そう言ってクッキーは嬉しそうにコートの袖を引っ張った。
ベージュ色の、襟、袖、裾にふわふわの白いボアが付いている奴だ。フードもある。
今年のクリスマスプレゼントとして両親から買ってもらったそのコートは、クッキーに良く似合った。
「そっか。じゃあ、行こうか?」
ひろしは左手でクッキーの手を取る。
「いいけど、ひろし君、どこ行くの?」
「…内緒だよ。着いてからの、お楽しみ!」


二人がやって来たのは駅前から30分近くも歩いた所にある小高い丘だった。
「ひろしくーん。どこまで行くの?あたし、ちょっと疲れてきちゃったー」
クッキーはコートに合わせてショートブーツを履いてきていた上に、坂道を登って少々歩みが鈍くなって来ている。
「ごめんごめん。でももう着いたよ。」
「え…ここ?」
クッキーは不安げにきょろきょろと周りを見回す。
奥には小さな駐車場とベンチくらいがあるだけで、目立った建物も見えない。
道路沿いに建つ背の高い外灯もひとつふたつあるだけの、さびしい場所だ。
そして、人影も見えない。
「そう。あの坂の上だから。登れる?」
「う…うん」
きょとんと、というよりは訝しげな表情をするクッキーに、ひろしはにっこり笑う。
「ほら、クッキー!」
ひろしはクッキーの背後に回って彼女の背中を押しながら進む。
「わわっ、ひろしくーん、ちょっと待ってよ〜」
「このほうが楽に登れるだろ?……ほら、着いた」
「着いたって…。何かあるの?」
「クッキー。ほら、見て」


ひろしが指をさした方向には、陽昇町が広がっていた。
この丘は、ちょうど町全体を見下ろせる位置にあったのだ。
すっかり日が落ちて、街の灯りが無数の星のように散らばっている。
「……わあ」
「きれいだろ?」
「うん…!ここから町が見渡せるなんて知らなかったなあ…」
「この辺には、あんまり来る用事がないしね。それにほら、クッキー、上も見てごらんよ」
「え…? ……!」
二人の頭上には、たくさんの星が瞬いている。
空気が冷たく澄んでいる分、きらきらとしたその光は息をのむ美しさだ。



クッキーは星空にすっかり見入って言葉が出ない。
「いっぱい歩かせちゃってごめんよ。ここは寒いし。…でもクッキーに、これを見せたかったんだ」
そんな彼女の手をそっと握って、ひろしが言う。
「…っはぁ〜。」
「クッキー?」
「あんまりびっくりして、息するの忘れてた!」
「ははっ、クッキーったら」
「でもほんと…すごくキレイ…。町の中で見るのと、全然違うのね…」
「…良かった」
「本当にきれい。街の灯りと、星と、両方とも、すっごくきれい!」
クッキーはきれい、きれいと繰り返す。
ひろしは自分のマフラーを外すと、地面にそれを敷く。
「クッキー、座ったら?」


ひろしが駐車場にあった自販機から、クッキーのために暖かいミルクティーと自分用のホットコーヒーを買ってきた。
それを飲みながら、言葉少なに二人は星空と町を見つめた。
コーヒーを一口飲んで、ひろしが口を開く。
「クッキー…僕さ、今年のクリスマスプレゼント、見つけられなかったんだ。」
「ひろしくん?」
「だから今年は、何もあげられないんだけど…。その代わりに、僕の好きなものをみせてあげたいなって思って。」
「…。」
「僕の好きな景色を、クッキーにも見せたかったんだ。」
ひろしはそう言うと、照れ隠しのようにははっと笑って、
「ごめん、柄じゃなかったかな」
と言う。
クッキーはふるふると首を振って、
「ううん。そんなことない」
と言う。そして、そっとひろしの肩にもたれて、
「そんなことないよ。素敵なプレゼントを、ありがとう、ひろし君」
と言った。



「あたし、ひろし君があんな場所を知ってるなんて、全然知らなかったな」
帰り道、クッキーはそう言う。
「時々ね、勉強の息抜きに散歩することがあって。…夏の終わりくらいかな。あの場所を見つけたんだ」
「そうだったんだ」
「星空を見るんだったら、夏の方が楽に見れたかな。…ごめんよ、寒かったろ?」
「…ちょっと。でも忘れてた。寒いこと」
「ほんと?」
「うん!また一緒に行こうね!連れて行ってね」
「勿論!」

ひろしが嬉しそうにそう言うと、クッキーがあ。あたしも渡さなきゃ、という。
「クッキー?」
「あたしからのプレゼント。…さっき出せば良かったな」
そう言いながら、手提げ鞄から包みを取り出す。
「はい。クリスマスプレゼント。どうぞ、ひろしくん」
「…ありがとう、クッキー!」
包みから姿を現したのは、濃いブルーの毛糸で編まれた手袋だった。
「わあ…温かそうだな」
「左右で大きさが違ってたり、網目がごちゃごちゃになってるところがあるんだけど…でも温かさは保証するから!」
「大変だったろ?編むの」
「えへへ。ちょっとお母さんに手伝ってもらっちゃった〜!」

ひろしは両手に手袋をはめて本当だ、すごく温かいと言う。
「良かったー!」
しかし、ひろしは片方の手袋を外してしまった。
「…ひろし君?」
「クッキー、はい、左手出して」
「…?」
クッキーがおずおずと左手を差し出すと、ひろしはその小さな手に手袋をはめる。
そして、手袋をしていないほうの左手で、彼女の右手をそっと握りしめる。
「ほら、これで二人とも温かいだろ」
照れくさそうに上を向いて、ひろしは繋いだ手を自分のコートのポケットにつっこんだ。
「…うん、とっても温かい!」


繋いだ手は、クッキーの家に着くまで離れされることはなかった。
小さな恋人たちの頭上には、満天の星空が広がっている。
クリスマス、おめでとう。


<< END >>
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クリスマスものを何か…と思い書きました。
序盤は巷で人気の(?)不幸なひろしで始めて、個人的に好きなひろし×仁のやりとり、最後はベタな展開です。
あかん…。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

*サイト改装にあたり,タイトルを仏語表記からカタカナへ変更しました(08/09/19)。