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紙ヒコーキ

お腹が痛い。さっきから。

原因はわかっている。
今朝の喧嘩だ。

ピンクと白のツツジの花が,誇らしげに空を向いて花壇を埋め尽くしている。
あたしはその端に腰かけて,一人でお弁当を広げている。
大好きな卵焼きの,甘い味でさえあたしの食欲をちっともくすぐらない。
午後には体育の授業があるから,ちゃんと食べなくちゃいけないのに。

ピンク色のプラスチックの箸を持つ右手をじっとみつめた。
…悪いのは私だっていうことも,もうわかっている。



喧嘩の発端は,些細なことだった。
今度の連休に,どこかへ出かけようと計画を練っていたのに,ひろしくんは既に友達と予定を入れていた。
あたしはそのことに腹を立てた。
゛ひろしくんは,あたしより友達の方が大事なんだもんね”
そんなことを言ってしまった。答えようのないことを。


案の定,ひろしくんは表情を曇らせた。困っているみたいだった。
でもあたしは次々に文句を言いたてた。
日頃から部活の練習で忙しくて,最近は二人でゆっくり過ごす時間が持てていなかったとか。
いつも友達ばっかり優先させているとか。
電話はいつもあたしから掛けてばっかりだとか。
口を衝いて出てくるのはそんなことばっかりだった。
思い出すだけで,あたしは自分に腹が立ってくる。


゛あーあ。ひろしくんみたいな薄情な人より,もっと素敵な人と付き合うんだったわ”
そう言ってしまったあと,すぐ後悔した。
明らかに,言い過ぎだ。
流石のひろしくんも,カチンと来たみたいだった。
そのあとは,売り言葉に買い言葉。


゛そう。僕だって,つまらないことでぐちぐち言うクッキーなんかと付き合ってられないよ”
゛なによその言い方!ひろしくんの意地悪!”
゛クッキーこそ,さっきから自分の言ってること分かってるの?ただの意地っ張りじゃないか。”
゛もういいもん!ひろしくんなんて知らない!”

あたしはそう言い捨てて駆け出した。一人で,校門に向って。


馬鹿みたい。中学生にもなって。
ただ拗ねてるだけなんて。


休み時間になったら,ひろしくんがあたしに会いに来ることは分かっていた。
「機嫌直してくれよ,クッキー」とか言いながら,困ったなあっていう顔で話しかけてくるんだろう。


口喧嘩の先に待っているのは,いつも先に折れてくれるひろしくんの困った顔。
わざと機嫌が悪いふりをするあたしの,不貞腐れた顔(きっと,すっごくすっごく不細工なんだろう)。
そして気まずい沈黙が流れる。


きっとまたマリアちゃんやラブちゃんがあたしをとりなして,仲直りの体裁を取り繕うことになるんだ。


なんでいつも,あたしは素直に謝ることができないんだろう。

なんでこんなところに逃げてきちゃったんだろう。

あたしは…,本当に,いつまでたっても幼稚だ。



結局お弁当は半分以上残してしまった。
早々と昼食を済ませた生徒たちが,校庭へ出てきて思い思いに休憩時間を楽しんでいる。

放課後,厭でも部活でひろしくんと顔を合わせることになるだろう。
ちゃんと言えるかな。
今度こそ,あたしから言えるかな。
ごめんなさいって。
そう思って,またお腹が痛くなった。


ふいに,ざあと風が吹いた。
ツツジの花が一斉に身を震わせる。
あたしはスカートの裾を抑える。

乱れた髪の毛を手で直していると,ふとツツジの花の上に白いものが引っ掛かっているのが見えた。
近づいてみると,それは紙飛行機だった。
腕を伸ばしてそっとそれを取る。
紙飛行機はノートの切れ端で作られていて,文字らしきものが書かれてある。

なんだろう?
あたしは好奇心に駆られて,飛行機を広げた。

其処には見慣れた几帳面な文字が,こう言っていた。



それでも
やっぱり
きみがすき。



あたしは上を向く。
2階の渡り廊下の端に,誰かの人影を見た気がした。

…また,先手を取られちゃった。



あたしは紙を折りなおして,飛行機を作る。
口元がにやけてしまう。
紙飛行機からは,仄かに甘いつつじの香りがしている。


<< END >>
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ふたりが中学2年生の春,GWあたりを想定しています。
ツツジが満開で,とても綺麗だったので,書いてみました。
この話は密かにトップ絵に使用した絵と繋げています。
100回のごめんなさいを言うより,相手が嬉しくなる言葉や行動を贈った方が,もっと素敵です。

思いがけず風が吹いたので,紙飛行機はひろしが目指したところより,余計に飛んでしまったようです。

「機嫌直してくれよ」は本編11話に登場しますけど,このひろしとクッキーのやり取りが可愛らしくて大好きです。