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はしらのきず

誕生日がくるたびに,居間の柱に傷を付けている。

誕生日の僕の,背の高さを記した傷だ。

下のほうは,もううっすらとしか残っていないけれど,

指でそっとなぞると,記憶が甦ってくる。

つけ始めたのは,幼稚園の頃。

覚えたての文字で,傷の傍に年齢を書き込んだとき,父さんはしかめっ面をして見せた。

駄目じゃないか。こんな傷を付けて。消すのは大変なんだぞ。

僕はそう言われて悲しくなって,わんわん泣いた。

子ども心に,自分が成長したしるしをつけることを喜んでもらえると思っていたのだ。

小さいときだって,それなりに色々考えているものだ。


しゃくりあげる僕を見降ろして,父さんは困った顔をした。

そして,しばらく黙って僕を見つめた後,そっと頭に手を載せて,すまない。とだけ言った。


あのとき僕を叱った父さんは,そのくせ柱の傷を大事にしている。



小学校の高学年になって,さすがに傷をつけなくなると,父さんはもう付けないのか,なんてガッカリしてみせた。

だからここ数年は父さんと,母さんの喜ぶ顔が見たくて傷を付けている。


そして,今年も傷を付ける。

振り返ると,父さんがじっと僕を見ていた。

あのとき困った表情で僕を見降ろしていた父さんを,僕はもう見上げることはなくなった。

ほんの少し,彼よりも上にある僕の目線。


あの頃,父さんは大きくて,ほんのちょっぴり怖かった。

この家ももっと広く見えていて。

僕の世界は,この家と,父さんと母さんだった。



目の前に居る自分の父親は,あの頃よりも少し齢をとっている。


父さん,こんなに大きくなったよ。

そう言うと,父さんは瞳だけで笑って,

誕生日,おめでとう。

と言った。


いつか,遠い将来,僕に子どもができたとしたら。

僕は父さんみたいな父親になりたい。

そして,毎年柱に印を刻んであげるんだ。

そのたびに,彼のような優しい顔をして,子どもを見つめている。きっと。


<< END >>
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柱の傷を付けて,怒られたのは私の体験です。

ひろしはどんどん背が伸びるだろうと妄想しています。

このお話で想定したのは,高校1年くらいのひろしです。
もうその頃には,父親の背を追い越していると良いです。

誕生日記念にしては妙にしんみりしたものになってしまいました。