どんなカオを,している
例年通り,夏祭りは賑やかだ。
参道沿いに立ち並ぶ数多くの屋台から,色とりどりの灯りと,音と,匂いがこぼれる。
人がごった返す中,揃って浴衣姿で連れ立ったふたりは,どちらからともなく手をつないだ。
それは示し合わせたわけでもなく,意識したわけでもなく,昔からそうなのだ。
ただふとした瞬間に照れくさい気持ちが湧き上がって,時折ふたりの頬は赤く染まる。
「ひろしくんって,物持ちがいいわよね」
「…そうかな?」
クッキーはふふっと微笑んだ。そして,右隣にある自分よりも遥かに高い位置にある顔を見上げて,
「そのお面,小学校の時から持ってるでしょ?」
と問うた。
「…ああ,そうだね」
ひろしはにっこりと微笑み返して,後頭部に追いやっていた狐面に触れた。
普段は使うことなどないから,祭りの時くらいはと,押入れから取り出してきたのだという。
「あ」
ぴたりとクッキーの足が止まる。
彼女のまなざしの先にあるものを眼の端にとらえて,ひろしはまた微笑んだ。
「…買う?」
「勿論!」
そう言って,二人は綿飴の屋台へと向かった。
中学生になったとはいえ,小稼いには限りがあるから屋台のすべてをめぐることなどできないが,ふたりはたびたび店先をひやかし,氷や射的,金魚すくいなどを楽しんだ。
手洗いから戻ったクッキーは,さきほどまでひろしが居た辺りを見回す。
宵の口を過ぎてますます人が増えたようで,目当ての少年を探すのに手間がかかった。
彼は一面に並んだ風車の前に,こちらを背にして立っていた。
ひろしくん,と声を掛けようとして,クッキーの手が止まる。
ひろしは面を被っていた。
ただそれだけのことなのに,クッキーは声を上げるに躊躇った。
急に,知らない人のように見えた。
眼の先に立つこの少年は,果たして本当に自分の知っている彼なのか。
すらりとした,その年ごろにしては高い背と,抑えた色合いの浴衣から伸びる長い手足も,よく見知ったものであったというのに。
刹那,涼しい風が吹き人々の髪を次々と揺らした。
少年が見上げるたくさんの風車が,かさかさと細かな音を立てる。
そっと近付くと,少年はこちらを向いた。
「…遅かったね」
少々くぐもって聞こえるその声は,確かにひろしのものなのに,
「…ゴメン,混んでた,から」
答えるクッキーの声音は,少しぎこちなく震えた。
その顔を見るまで,安心できないような心持ちだった。
少し骨ばった,長い指で面を持ち上げ,少年はゆったりと微笑む。
その表情を見て,ほっとすると同時に,急に心臓が鳴り出した。
…綺麗だ,と思った。
風車はまだくるくると回る。なのに急に無音になった。
人は周りに大勢屯している。なのに急に姿を消してしまった。
そのとき確かに,そこにはふたりしか居なかった。
不意にひろしが相好を崩す。
途端,世界が舞い戻った。
「どうしたの?ぼーっとして」
可笑しそうにそう尋ねたひろしから慌てて目線をそらし,クッキーはなんでもない。と呟いた。
ふうん。
気にしていないふうで,ひろしはそう言う。
「ねえ,」
「ん?」
「ちょっとそのお面貸して」
「?…いいけど」
はい,と言ってひろしは面を取ると,クッキーに手渡した。
受け取ると,クッキーはその面を顔に当てる。
「…なに?どうしたの?」
不思議そうに,そして矢張り可笑しそうにひろしは尋ねるが,クッキーは何も答えずに居た。
心臓の音はまだ鳴り止まなくて,自分の顔が火照っているのがよくわかる。
…見惚れたなんて,言うもんか。
それでも面を少しずらして覗くと,ひろしは優しげに微笑んで,こちらを見つめていた。
恥ずかしくて,火照った顔を見られたくなくて,だからしばらく面を付けていたかった。
でも同時に,今すぐひろしに面を被せたくも,あった。
そんな優しい表情を,他の誰にも見せたくなかった。
…それは自分だけが知っているカオで,あって欲しかった。
<< END >>
「夏祭りシリーズ」で書いた,ひろしとクッキーの両方のSSを土台にして,何年か後,恋人同士になったふたりのお話です。
この話は,絵がはじめに浮かびました。
たくさん並んだ風車と,ひろしと,クッキー。
画力不足で,私の脳内のイメージを絵だけで描ききれないので,お話も添えてみることにしたわけでした。
お面は何かに化けるものであるとともに,カオを隠すものでもあります。
重複しますけど,私は理由なく狐面が好きでして,絵でも話でも盛り込んでみました。
まあ,これがひょっとこ面でも良いのですけど,一応,雰囲気重視で狐面です,ふふ。
読んでいただきありがとうございました!
*対応している絵は「風車」というタイトルです(改装にあたり削除致しました;09/09/12)。