back to MAIN  >>  ss top
髪留め

10月。もうすぐ運動会がやってくる。
地球防衛組こと5年3組の面々も、それぞれ出場する種目が決まり、事前練習に熱を上げている。
今年の出場種目はクジで公平に決めた。
その結果に満足する者もいれば、不満に思うものもいるわけで…。
春野きららなどは、後者の最たる例だ。
そんな彼女の不満から、邪悪獣ダルマンダーが登場するという事態を招いてしまったわけだが…。
これは、その騒ぎとはまた違った場面で起こった話。


「あ〜あ。障害物競争なんてやってらんないわ」
真野美紀が憂鬱な声を出す。
「本当ね。私、一日体力が持つかしら…」
のっぽだが痩せている泉ゆうが同意する。
運動会まであと3日にせまった、放課後。
ここ最近の体育の授業は、ずっと運動会のための練習で占められている上に、休憩時間や放課後は自主練習。
普段から元気いっぱいの5年3組であるが、やはり運動が苦手な子もいる。
運動よりは読書や絵を書いたりする方が好きな者にとっては少々憂鬱になる時期であるとも言えるだろう。

「あらそお?あたしは楽しみだけどな」
練習でお腹がすいたと言ってポテトチップスを頬張るポテトこと石塚織絵は、指についたポテトチップスのカスを舐めながら言う。
「ポテトはパン食い競争にでるんだものね。得意分野だったら楽しみになるのもわかるわ」
そう美紀が返すと、ポテトはうふふと笑った。彼女はいつもおおらかでマイペースだ。
「あーあ。あたしもラブちゃんやマリアちゃんみたいに運動が得意だったらなあ」
「ほんとね…」
そう、3人が話していたところへ、クッキーこと栗木容子と、池田れいこがやってきた。
「ねえねえ、みんな。これから運動場へ行かない?」
「え…もしかして、練習?…さっき終わったばっかりじゃない」
美紀が渋い顔をすると、クッキーは笑って、
「違うよ〜。あのね、飛鳥君達がリレーの練習をしてるの。皆で応援に行かない?」
と言った。
これを聞いた途端、3名の目の色が変わる。
「行く行く〜!」
「クッキーたら、早く言ってよお」
「あたしも…行こうかな…」
飛鳥と聞くとジッとしていられないのは、3組の女子のほとんどに共通するのかもしれない。


月城飛鳥は、顔良し、スタイル良し、成績優秀、冷静沈着(普段は)、家柄良し…、と言うありえないくらいにモテる条件を備えた人物である。
5年3組の女子は、春野きららを会長としたファンクラブを結成して、日々飛鳥を取り巻き、他のクラスの女子を牽制しているのだ。
そして、運動神経抜群の日向仁を差し置いて、50m走で一番速いタイムを叩き出した飛鳥は、当然クラス対抗代表リレーのメンバーに選ばれた。
クラス対抗代表リレーは、男女3名ずつの代表選手が走る。
3組からは、月城飛鳥のほかに、日向仁、白鳥マリア、春野きらら、島田愛子、今村あきらが選ばれている。
リレーの練習は、他の種目練習の後に行われていたのだ。

彼女達が運動場へ到着すると、トラックでは各クラスの代表選手がそれぞれウォーミング・アップをしているところであった。
そして飛鳥たちが居る辺りから少しだけ離れた場所で、他のクラス、学年の女子たちが集まって騒いでいる。
飛鳥がちょっと走り出しただけで、キャーキャーと大騒ぎだ。
「やだぁ、もうあんなに集まってる」
ポテトが不満そうに言う。
「あたしたちも行きましょ」
そう美紀が言って、4人も慌ててそれに続いた。

「あら、あなたたちどうしたの?」
駆け寄った5人を見つけて、マリアが声をかける。
「えへへ。せっかくだから、練習を見学しようと思って」
れいこがそう告げると、あきらが、
「なんだよ、どうせお前ら、あそこの女子みたいに飛鳥を応援しに来たんだろ」
と不貞腐れる。
「当たり前でしょ。飛鳥クンはあたしたちのヒーローなんだから!」
きららがそう言って胸を張る。
「そうね、飛鳥君はうちのクラスで一番足が速いんだしね」
と、珍しくラブが言うものだから、女子の勢いも盛り上がる。
「ありがとう、みんな。当日は、僕の走りを期待しててよ」
そう言ってウインクを投げる飛鳥に、マリアを除く女子はきゃーっと騒いだ。
「ほら、飛鳥!さっさとバトンパスの練習するぞ!」
仁が飛鳥の腕を引っ張った。
「おい、仁、引っ張るなよ」
「うるせー。行くぞ」
こうして、練習を再開した面々を、美紀たちは少し離れた場所に腰かけて眺めていた。

「かっこいいわね、飛鳥クン」
うっとりした表情でクッキーが呟く。
「そうね…。あたしも足が速かったら一緒に走れたのに…」
と、ゆう。
「あ、ラブちゃんが走るわ」
美紀が指さすと、丁度飛鳥がラブにバトンを渡すところである。
「ラブちゃんもカッコイイ〜」
「ほんとね」
「運動が出来るって、かっこいいわよね…」
「でも、飛鳥君が今まで以上にモテちゃうのはファンクラブとしては気になるわね」
とポテトが言う。
「そうよねえ。飛鳥君が手の届かない存在になっちゃたら、寂しいわ」
とれいこ。

「…ねえ、じゃああたしたち3組女子で、何か飛鳥君に特別な応援が出来ないかしら?」
美紀が言うと、4人は目を丸くする。
「特別って、どんな?」
「…えーっと…、何かないかな?」
「特別な応援…」
れいこはうーんと考え、ぽんと手を合わせて閃いた!と言う。
「なになに?」
「ファンクラブのみんなそれぞれで、お弁当を一品ずつ作ってくるって言うのはどう?」
「お弁当…」
「みんなで一品ずつ作れば、すごく充実したお弁当になるわ!それをお昼に食べてもらうのよ!」
「いいかもしれないわね」とゆうが微笑む。
「マリアは置いといて…。きららとラブ、ときえにも声をかけましょ!そしたら8品作れるわ!」
「さんせーい!」
こうして、あれよあれよと言う間に「特別応援弁当」計画が決まってしまったのである。


「特別応援弁当」計画の話は、その日の夜のうちにファンクラブメンバー全員に連絡された。
そして翌日の昼休みまでには、それぞれが持ち寄るメニューも決まってしまった。
…飛鳥のこととなると急に団結する3組女子なのである。
ちなみに、メニューは…。
きららが、から揚げ。れいこが、サラダ。ポテトは、デザートにスイートポテト。
ゆうが、ハンバーグ。美紀は、エビフライ。ときえが、出汁巻き卵。そしてクッキーがおにぎり。
尚、ラブは辞退した。

運動会当日まで、あと2日。
彼女たちはそれぞれ自分のメニューが一番美味しいと言ってもらおうと、内なる闘志を燃やしていたのだった。
運動会の練習が終了すると、彼女たちは一目散に家に帰る。
帰宅してすぐ、料理の練習をするためであった。
事情を知らない3組男子は、それを不思議に思いつつも敢えてそれに触れることはしなかった。
触らぬ神に祟りなし、である。


「あちっ!」
跳ねた油が手にかかってしまった。咄嗟にエプロンで拭いて、水道の蛇口を捻る。
普段料理をしない美紀にとって、エビフライと言うのは結構な挑戦だ。
(ライバルは、ゆうちゃんときららね…)
ゆうは料理上手だし、きららのメニューは同じ揚げ物と言うこともあり、美紀にとっては確かにライバルと言えるかもしれない。
見かねた母親が私がやるから、と声をかけたが、美紀は断固として聞き入れない。
(当日は、絶対美味しいエビフライを作ってみせるわ!)
普段、きららやれいこなどの積極的なメンバーに押されている自分にとって、弁当は飛鳥に好印象を与える絶好の機会であると、美紀は確信していた。
そして、その日の夜、そしてその翌日の夕食も、美紀の家族は大量のエビフライを食べさせられる羽目になってしまった。



さて、運動会当日。
美紀が出場するのは障害物競争だ。3組からは美紀とときえ、勉が出場する。
ちなみに、これは4,5,6年共通の競技となっていて、事前のタイム順に出番がやってくるのだ。
(これが終わったらお昼御飯だわ。飛鳥君の前でいい成績を残して、印象付けなくっちゃ)
そう思うと美紀の肩に力が入る。
「美紀、そんなに緊張することないわ」
「そうですよ。気楽に行きましょう」
そう、ときえと勉が声をかけたが、「今は集中してるんだから、声をかけないで!」と何時になくぴりぴりした美紀にぴしゃりと返されてしまった。
「…な、なんだか今日の美紀さんは怖いですね…」
「そうね、すごく気合が入ってる感じ…」
二人はこそこそと話をする。

やがて、美紀の出番がやってきた。同走者は美紀を含めて4名だ。
「よーい、」
スタート!という声に合わせて音が鳴り響く。
美紀は最初の直線を懸命に駆けた。
最初はマットで1回前転をする。これはうまく行った!
そして、次に平均台が見えてきた。
バランスを崩して落ちたら、最初からやり直しとなってしまう。慎重に、一歩ずつ足を運ぶ。
「すごいわ!美紀、頑張れー!」
「ファイトー!」
「その調子!」
3組が控えている応援席の前を、美紀は一番で走り抜けた。
中間地点を過ぎると、タイヤ潜りである。これはそんなに難しくない。体を縮めてさっと潜る。
最後は、ネット潜りである。これを終えれば後は直線距離を走るだけだ。
ネットの長さは2mくらいある。目が粗く、ところどころ指や靴先が引っ掛かってしまう。
(いそがなきゃ…)
そう思うほど絡まってしまう。
(あと、数歩!)
そう思って、美紀が一歩踏み出そうとしたときだった。
何かが引っ掛かって前に進まない…!

髪留めが網目に絡まってしまったのだ。
(やだ!こんな時に…)
美紀は、必死に絡まった髪留めを解こうとするが、焦って上手くいかない。
そうしているうちに、後続の選手が美紀を抜かしていく。
(えい!えい!取れて!)
ついに3人に抜かれてしまい、焦った美紀は無理やり髪留めをはがした。
(痛っ!)
勢いが過ぎて、髪の毛が何本か一緒に切れてしまう。
しかしそれを気にしてる暇はない。
美紀は髪留めを放り投げると、必死でネットを潜り抜けた。

しかし、このタイムロスが響いて、結局美紀は最下位と言う結果に終わってしまったのだった。
(あたし…なんてついてないんだろ…)
途中までは先頭を切っていただけに、とても悔しい。
美紀は、ゴール後の列に座り込んで、頭を抱えた。
スタート前の気合の入れようを見ていただけに、ときえも勉も何と声をかけたらいいか分からない。

障害物競技が終了して、3組の応援席に戻る。
「美紀…頑張ってたよ」
「惜しかったわね」
「でも、途中までは一位だったじゃない」
「気にすんなよ」
みな、口々に美紀に声をかけるが、美紀はずっとうつむいたままであった。

校庭に、「これから1時間、お昼休憩です」というアナウンスが響き渡った。
みな嬉しそうに、家族が待つ応援席へ向かっていく。
飛鳥ファンクラブのメンバーは、一旦教室に戻って飛鳥用の弁当を取りに行った。
「あ〜あ、お腹減っちゃったわ」
「ねえ、みんな家族と一緒にご飯を食べる?」
「どうしようかしら」
「飛鳥クンがもしお家の人と食べてたら、渡すだけにしないとね」
「そうね、じゃあひとまず渡してから一緒に食べるかどうか決めましょ」
わいわいと賑やかに喋りながら教室へ戻る。

(あーあ。こんな気持ちじゃ飛鳥君に合わせる顔がないわ…)
美紀は小さくため息をつく。
早起きして作ったエビフライは自信作だというのに、今は美紀本人が、自信を失ってしまった。
(どうしよう…渡すの、止めちゃおうかな…)
美紀の足取りは重くなり、ワイワイと喋りながら校庭へ向かう女子たちから次第に遅れてしまった。
「はぁ…」
のろのろと足を引きずるようにして、美紀がようやく校庭へ出ると、中央のテントの方から急いで走り寄ってくる人が居た。
「美紀!」
「…ラブちゃん」
「どうしたの?美紀。さっききららたちが美紀が居ないって気にしてたわよ」
「…うん…」
「美紀、何だか元気がないみたい…。あら、それが例のお弁当?」
ラブは美紀が手にした弁当を見て問う。
「うん…。でも…、あたしやっぱり飛鳥君に渡すのやめようかな…」
美紀はついつい本音を口にしてしまった。
「どうして?あんなに張り切って作っていたじゃない」
「でも…。あたしさっきの障害物競争で最下位だったでしょ…飛鳥君に合わせる顔がないよ…」
次第に声が小さくなってしまう。

「…美紀。」
厳しい声が聞こえて美紀が顔を上げると、ラブが真剣な顔で美紀を見つめている。
「…」
「最下位だったのは、たまたまアクシデントがあったからでしょ。美紀の実力が足りなかったからじゃないわ。
 みんなも、飛鳥君もちゃんとそれはわかっていると思うわよ。」
「…でも…、格好悪いじゃないの…」
「美紀は格好悪く何か無かったわ!だって、すごく頑張っていたじゃないの。
 あたしは美紀凄いなって思ったもの。あんなに真剣な美紀の顔を、誰も格好悪いなんて思ったりしないわ!」
「…そうかな…」
「そうよ!あたしたち、仲間でしょ!美紀のひたむきに頑張る姿、ちゃんと見てるから。わかってるから。
 だから、美紀も余計な心配をすることはないわ!」
「…ラブちゃん…。」
ラブはにこりと笑うと、美紀の手を掴む。
「さ、行こう!」
そう言うときららたちが囲む飛鳥の方へ向かって駆けだした。
「ラ、ラブちゃん速いよ〜」
そう言いつつも、美紀は嬉しかった。
ラブのくれた言葉が、とてもありがたかったのだ。


「…はい、飛鳥くん。あたしエビフライを作ったの。頑張って作ったから、食べてくれると嬉しいな」
そう言って、美紀が弁当箱を飛鳥に渡す。
飛鳥はそれを受け取りながら、
「ありがとう、美紀。」
とにっこり笑う。
「それじゃあ、あとで感想聞かせてね。」
そう言って美紀が離れようとしたとき、飛鳥がちょっと待って。と彼女を引き留めた。
「な、なに?飛鳥君」
「美紀、さっき落したろ。はいコレ」
飛鳥はポケットから美紀の髪留めを差し出した。
「…コレは…」
「障害物競争、残念だったね。でもそれまでの美紀はすごかったよ。とっても頑張ってた。
 カッコ良かったよ、美紀」
「…飛鳥君…。」
「でも、これからは無理に髪留めを取らないほうがいいよ。せっかくの綺麗な髪の毛が勿体ないからね」
そう言って、飛鳥は美紀の肩に手を置く。そして、
「美紀の分も、僕が頑張って走るから。絶対に一等を取って見せるからね」
と言った。
「飛鳥君…うん!頑張ってね、応援してるわ!」


美紀は飛鳥が自分の髪留めを拾ってくれていたこと、自分の姿を褒めてくれたことに感激していた。
さっきまでの重い足取りが嘘のようだ。
半ばスキップのようにして、自分の両親が待つ応援席に向かうと、そこにはラブも待っていた。
美紀の姿を見とめると、ラブはウインクしてみせた。いつかのように親指を立てて。

(ラブちゃん、ありがとう。…そうよね。あたしもっと自分自身のこと、信じてあげないと。
 そしてもっと皆のこと、信じなくっちゃね)


そのあと、邪悪獣ダルマンダーのせいで、地球防衛組は出動する事態になったものの、
防衛組メンバーの元気は衰えることはなかった。
そして、再開後のクラス対抗代表リレーでは、3組は見事1等を取ったのだった。

ただ、飛鳥がお手製弁当のどのメニューが気に入ったのかは、結局わからないままであった。
飛鳥は結局、「どれも美味しくて甲乙つけ難し」と明言を避けたからである。
結果的に、明言を避けたおかげで、ファンクラブメンバー内でゴタゴタが起きることとなり、
それからしばらくの間、飛鳥は彼女たちによる弁当合戦に悩まされたとか、そうでないとか…。


<< END >>
back to MAIN  >>  ss top
5年生、第28話のサイドストーリー的な位置づけです。
美紀を主軸に書いてみました。
しかし…、美紀といえばラブ、みたいになってしまいました。
気障な飛鳥は描きやすいですな!
本編と細かい帳尻が合っていないかもしれませんがお気になさらずスルーして下さい。