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アルカリ

新聞紙を広げて,余分な葉を落とす。
大振りのものを選んで持ってきたので,一旦花瓶に差したあとで整える。
なるべく,どの方向から見ても綺麗に見えるように。

窓辺に置くと,今にも泣き出しそうな曇り空に薄紅色がよく映えた。



愛子は花が好きだ。
家の花壇で季節の花を育てて,時折それを学校へ持っていく。
今は紫陽花が見頃で,愛子はその中からなるべく赤っぽく染まった花を選んだ。


花を飾ってしまうと,することがなくなってしまった。
ちょっと早く来すぎたかしら。
6年3組の教室には愛子のほかに誰もいない。


窓を開ける。
湿った空気が流れ込んできて,愛子の鼻をくすぐった。

正門の方を見やると,ちらほらと登校してくる生徒の姿が見える。
みな傘を手に持って。

天気予報では今日も一日中雨だ。
せめてこの紫陽花でクラスの皆の気が晴れるといい。



「きれいだね」

声がして振り向くと,戸口に飛鳥が立っている。


「…びっくりした。おはよう,飛鳥くん」

「おはよう。紫陽花か。うちの庭にも生えてるよ。でも青色ばっかりだった」

そう言いながら飛鳥は自分の机にランドセルを置く。


「そう。うちは赤っぽいのも青っぽいのも,両方あるわ」

「へえ。いいね」

飛鳥は花瓶に近づくと,花びらにそっと触れた。

「僕はこの色,好きだな」

「…ありがとう」


…飛鳥くんの指は長くて大人っぽい。
愛子はぼんやりそんなことを思う。



「ラブには,この色がよく似合うよ」

「…え」


視線を上げると,飛鳥がまっすぐこちらを見つめていた。

そのまなざしが,やけに真剣そうに見えて。

なぜだか,視線が逸らせなかった。



「……」


何か言い返さなくちゃ。

そう思っていると,飛鳥がふわりと瞳だけで微笑んで,


「…いつも,きれいな花を,ありがとう」

と,だけ言った。


「……どういたしまして」



愛子がそう答えたとき,教室前方の戸口がガラガラと開く音がした。
ぱっとそちらへ視線をやると,いつものようにひろしとクッキーが入って来た。


「おはよ〜!ラブちゃん,飛鳥くん!」
「おはよう!ラブ,飛鳥!」

2人は入るなり同時にそう言って,顔を見合せてぷはっと笑い合う。
全く本当に仲が良い。


「わぁー!紫陽花だ!きれい〜」
クッキーが目を輝かせた。
「ほんとだ。ラブが持って来てくれたの?」
ひろしもそう言いながらランドセルを机に置くと,窓際へ寄ってくる。


「…ええ」

「いいね。教室がぱっと明るくなったみたいだ」
ひろしは嬉しそうに,にこにこと笑った。

「そう言ってくれると,持ってきた甲斐があったわ」

愛子はそう答えながら,内心別のことを考えている。



顔に出ていないかしら。

あたしの顔,赤くなってないかしら。

いつものように,振る舞えているかしら。



ひろしと談笑する飛鳥の顔を,どうしてだか見ることができないまま,愛子は紫陽花を見つめつづけた。


<< END >>
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紫陽花の色は,土の酸性度によって変化します。
酸性が強くなるほど,鮮やかな青色に染まります。
日本古来の種は青色だそうですね。

ラブは,思っていることをすぐ顔に出さないようなタイプなんじゃないかと思っています。