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防衛組の夏祭り

 
*以下は、落書きで連載しました「防衛組の夏祭り」絵に対応したSS集です。
どれも短く、ちょっとしたお話になっています。
それぞれ独立して読むことができます。
以下にページ内リンクがございますので、お使い下さいね。

1.仁      2.ときえ   3.あきら
4.ゆう     5.勉      6.ポテト
7.ひでのり  8.きらら    9.ヨッパー
10.ラブ    11.大介    12.れいこ
13.吼児    14.美紀    15.飛鳥
16.クッキー  17.ひろし   18.マリア


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1.「射的」―仁


ガヤガヤと煩い喧騒もまた,嫌いではなかった。
むしろ,日常とは異なるその雰囲気が,少年を興奮させる。
それはまるで,出動するときにも似た。

ポン,と小気味の良い音をたててコルクが宙に発射される。
鋭くも僅かに弧を描いたそれは,的から数ミリ逸れて棚に転がった。


「ち…っきしょー!」
心底悔しそうに腹から声を出した少年の,ツンツンとした黒髪が揺れる。

「残念。惜しかったねえ〜」
ちっとも残念そうに見えない声音で男が調子よく声をかける。
「はい,これでお終いだよ。」
残念賞だ,と言いながら男はガムの包みを差し出した。
それを引っ手繰りながら,少年はきっと的を見つめる。
「おじさん,もう一回!」


「はいはい,毎度!」
少年から硬貨を受け取りながら,男は内心くすりと笑った。
射的に集う者の中で,少年は結構な腕前を見せていた。
商売する側としては,客は下手であってくれるほど儲かるものだ。
現に,この少年は手持ちの弾で既に何個か的に命中させているから,利益を鑑みれば客としては歓迎したくないはずなのだった。
しかし,男は密かにこの少年を応援している。

真っ直ぐに的を見据える眼差しが,印象的だからかもしれない。
そして,先ほどから少年が撃ち落とすに腐心している的が,少年の好みからかけ離れているものであることも。



それは,この年頃の少年からしてみれば,何ら興味を引かないような,可愛らしい縫いぐるみだった。


「仁,頑張れ!」
やけに大人びた,それでいて可愛らしい少女が,少年の傍らで両手を握りしめている。
少女の,高い位置で結わえた髪が何かの尻尾のように跳ねて揺れた。

今度こそ,男を見せなくちゃな。
男はコルクを一つ多めに手渡しながらそう思った。



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2.「烏賊焼き」―ときえ


あたしの店で出してるやつのほうが,百万倍美味しいわ。
弾力のあるそれを噛み千切りながらときえはそう思う。
まあ,当たり前だけどね。屋台で出してるものなんか,店の売り物と比較にもなりゃしない。

ふと気付くと,大介とゆうが笑ってこちらを見ていた。
「…なに?どうかした?」
そう問うと,ゆうが可笑しそうに微笑んで,つと,その華奢な指をときえの額に向けて言った。
「ときえったら,また,眉間に皺が寄ってるわ」

今日くらい,店の手伝いのことなんか忘れて,皆と楽しんでらっしゃい。
不意に,ときえの脳裏に母親の声が響く。

いけない,いけない。
ときえは相好を崩して,二人に向って笑って見せた。
「…まあまあの味だわ,これ」

絶対そうは思ってないくせに,と,大介がからかうような調子で言ったので,ときえはむきになって抗議してしまった。



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3.「輪投げ」―あきら


やっぱさあ,ここでカッコよくキメるのがオトコってやつでしょ。

後ろでワイワイとヤジを飛ばしてくる女子に混じって,あいつは俺のこと見てくれてるんだろうか。

いや,きっと見ててくれるはずだ!

次の一手。今度こそキメてやる!


…なっさけねえなあ,オレ。
目の前の的よりも,背中越しにいるはずのあいつのことが気になってちっとも集中できやしねえ。


でもでもでもさ,ここで諦めちゃオレじゃない!


「いよーーーーっしゃああああ!やってやるぜえ!」

大声で気合いを入れたら隣に居たヨッパーが両手で耳をふさいだのが見えた。

くすくすと,あいつが笑っている声が聞こえて,俺はまた緊張してしまった。


ノルか,ソルか。ここは男の一発勝負。



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4.「風車」―ゆう


ざあと強く風が吹いて,周りの皆は目を瞑る中,ゆうはただ一心に目を開けたままでいる。一斉にくるくると回り出すかざぐるまの羽が,かさかさと小さな音をたてた。
なぜか,その一瞬を見逃してはならないと思った。
ただ,それだけ。


あたし,この一瞬のこと忘れない。
理由はわからないけれど,忘れちゃいけない。
ただ強く,そう思った。


決して止まらないで,廻り続けて。
あたしが目をそらしたとしてもずっと。



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5.「型抜き」―勉


「…完成しました!どうです,数ミリの間違いすらもありません,かん…っぺきです!」

「わかったわかった。お前さんの凄さはわかったから,もうその辺りで止めといてくれないかね」

「いいえ!さらなる高みを目指さないとは,この天才,小島勉の名が泣きます!!!」

「…もうこれ以上難易度の高いやつは,うちでは置いてないんだよ…勘弁してくれ」

『唯我独尊』という文字を綺麗に型抜いた飴を持ち上げ,分厚い眼鏡をかけた少年はつまらなさそうに嘆息した。



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6.「フライドポテト」―ポテト


「ねえポテト,それさっきも食べてなかった?」

「あら,これは別の店で買ったやつよ〜」

「…どこがどう違うの…?」

「あら,ぜんぜん違うわよ。さっきのは皮つきだったじゃない。その前のは○×社の冷凍食品だったし」

「…さすが,ポテト。違いのわかる女,だね…」

「ああ〜ら,それほどでもないわよぉ〜!」

「…(褒めてないんだけど)」

ばしばしと,豪快に僕の背中を叩いたポテトは,手に持った袋の中身をすぐさま片付けてしまうと,意気揚々と次の店へ向かった。

「さあ,つぎはあの店よぉ〜!」

ポテトが持つ,食への探求心は半端じゃない。尊敬に値する。でも,おごらされる僕の身にもなってほしい。
僕は厳しくなった財布の中身のことを思って肩を落とした。



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7.「スーパーボール」―ひでのり


小さいプールにプカプカと,ひしめくように浮いている色とりどりのボール。
できるだけたくさんほしいな。


時間制限がないから,僕はゆっくりと時間をかけてボールを吟味する。

お店のおじさんが,さっきから呆れたように僕を見ているけど,そんなことは気にしません。

あの大きな,半透明のブルーのボール,今からいただきます!


ゆっくりゆっくり,でも着実に。
僕は僕なりに。

いっぱい掬って,皆さんにあげたいな。
一人一つずつ。
それからじいやにもあげたいな。



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8.「クレープ」―きらら


「はいきららさん,どうぞ」
声のする方を振り返ると,ひでのり君がにっこり笑ってピンクのボールを差し出した。

「なに?」
「あげます。いっぱい掬いました。このピンク色はきららさんによく似合うと思って」

にこにこと笑いながら(とっても嬉しそうに)ひでのり君がそう言うので,ありがたくあたしは受け取った。

「それで,こんなところで一人でどうしてたんですか?」

一人で居たあたしをわざわざ探しに来るひでのり君も物好きだなとか思ったけど,口にはしないでおく。

「…べつに,ちょっとぼおっとしてただけよ」

「ふうん,そうですか」

のんびりとした口調でそう言いながら,ひでのり君はあたしの顔を見上げる。

どうやら嘘を吐いたのはバレバレらしかった。


「…クレープ」

「え?」

「…クレープ食べようかどうしようか,迷ってたの!」

大したことを言ったわけでもないのにあたしは自分の顔が赤く火照っていることを自覚する。

「…食べたいなら,食べればいいのでは?」

「そうもいかないの!」

「お金,足りないのですか?」

「そうじゃないんだけど…」

「なら,何で?」

素直にそう聞いてくるひでのり君の瞳は何の悪意を含んでいない。


「…ダイエット中だから」

あたしがそう呟くと,ひでのり君はキョトンとした。

「ダイエットの必要,無いんじゃないですか?」


ああもう。これだから男子は。暢気なものよね。
甘いものを食べ過ぎると太るし,ニキビの元になるのよ!甘い物は,乙女にとっては大敵なのよ!
・・・と,お姉ちゃんが言っていた。
・・・ので,あたしは大好きなクレープを頑張って諦めようとしていたのだ。

なんてことは口に出さないけど。

「いいじゃないですか。今日はお祭りです。それに,食べたいときに食べるのが,一番嬉しいものですよ!」



結局あたしがクレープを食べる羽目になったのは,だからひでのり君のせいなんだからね。

クレープはやっぱりとっても美味しくて,やっぱりあたしは幸せな気持ちになった。



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9.「チョコバナナ」―ヨッパー


あれもこれも食べたい。全部食べたい。
ヨッパーは自分の財布の中身を確かめると,普段とは比較にならないくらいの速度で脳味噌をフル回転させた。

ふと,とある屋台の前で彼の足が止まる。

台の上に綺麗に並んだそれは,食べものと呼ぶにはおおそよかけ離れたような,蛍光色をしていた。

エメラルドグリーンやピンク。それに混じった黒。

ヨッパーはチョコが大好きだ。いつも隠れて学校へ持って行き,篠田に見つかっては怒られている。
チョコレートのおかげで(?),ヨッパーの虫歯は絶えたことがない。


「おじさん,2つちょうだい」

予定外購入も,やむ無し。
だってこれは。


ひとつは自分のため。もうひとつは,明後日会うじいちゃんのため。

じいちゃんが今のヨッパーくらいの年齢だったころ,バナナは高級品だったそうだ。チョコも然り。

バナナなんて食べ飽きてる。家に行けばいつでも置いてある。
チョコだって,こんなコーティングだけじゃなくて,もっとみっしり甘い,食べ応えのあるやつのほうが好きだ。

でもヨッパーはどうしても買って帰りたかった。
他はともかく,このチョコバナナだけは大事に持って帰って,じいちゃんと一緒に食べるつもりだった。

「お〜い,ヨッパー!輪投げしようぜ!」
道の先であきらと仁が手招きするのを見て,ヨッパーは両手にチョコバナナを携えたまま駆け出した。



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10.「林檎飴」―ラブ


すもも,みかん,あんず,それからりんご。
それらに水飴をまわしかけただけの,至極単純なお菓子。

とびきり美味しいと感じるわけでもないのに,冷たい氷の上に並べられたそれらを見ると,吸い寄せられるように買ってしまう。


少しずつ,水飴を舐め取る。
一カ所に集中しては駄目。全体を満遍なく。

ちろちろと舐めていくうち,舌が真っ赤に染まっていく。
水飴に混じった食紅の色だ。


みんなで舌を見せ合いっこして,笑う。

みんなみんな,同じように赤い舌。
やけに嬉しそうに,声をたてて笑う。


「ラブがそんなふうにはしゃいでるとこ,初めて見たかも」

そう言われて,はにかむラブは,とっても可愛らしかった。



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11.「フランクフルト」―大介


勿体なくて。
僕だけがいい思いをすることが何だか申し訳なくって。

普段,自分のためだけに使えるお金なんて微々たるものだったから,大介はその大きな体に似合わずドキドキしていた。


クラスの皆と夏祭りに行くことが決まったとき,予想のとおり弟妹たちは兄ちゃんだけずるい〜と口々に文句を言った。
それくらい容易に予想できたから,大介は弟妹も連れて今夜ここへ来るつもりだったのだが。

あんたたち,たまには兄ちゃん孝行しなさい。

母の一声(まさに鶴の一声だ)で,やんちゃな彼らは押し黙った。
そして出がけにこっそりと,母は大介に小稼いを手渡してこう言った。

大介,いつもあんたには苦労させてるから,今日くらい自分のことだけ考えていいんだよ。思いっきり楽しんでらっしゃい。


なのに大介は,その小稼いを使うことを躊躇ったままでいる。
勿体なくて。
母ちゃんがくれた「特別」が勿体なくて。
母ちゃんがくれた笑顔だけで,もう十分なのに。

祭りは明日の夜もある。
明日は家族みんなで来よう。
長男の責任感とかじゃなくて,ただ,僕がそうしたいんだ。
父ちゃんと,母ちゃんと,タイ子と中介と小介とミク郎とちいさな妹と。


屋台で大好きなフランクフルトを買う。
1本,300円也。
これは母ちゃんから貰ったお金じゃなくて,貯金箱から出してきた自分のお金で買う。
あの小稼いは,兄弟みんなで使いたい。



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12.「水風船」―れいこ


ねえ飛鳥君,どの色がいいと思う?

う〜ん,そうだなあ,どれも綺麗だけど…。

それはそうだけど,敢えてよ,敢えて選ぶんなら,どれがいい?

僕は,そうだね,この青い奴かな。



何色でもいいの。飛鳥君が選んだものなら。

あたしは見事に青の水風船を吊り上げる。


飛鳥君がもし赤を選んでも,緑を選んでも,黄色を選んでも。

どの色だって,綺麗に見えてくるんだもん!



薄桃色したあたしの浴衣に,その鮮やかな青色はよく映えた。

他のどこを探したって,これくらい綺麗な水風船は見当たらないんだ。絶対にね。



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13.「焼き玉蜀黍」―吼児


歯の間に挟まっちゃうとしても,
口の周りに醤油がついてべたべたになっちゃうとしても,
ぎっしりと並んだ粒が綺麗に剥がせなくても,
それでも僕は焼き玉蜀黍が好きだ。

ぷちぷちと,その粒の一つ一つを口の中で咀嚼しながら吼児はひとり,ウン,と頷く。


トウモロコシは太陽の味がするんだよ。


文通仲間の一人で,遠い国に居る友人がそう手紙で伝えてくれた。
その国では,トウモロコシが主食なんだそうだ。



ねえレオニ。今夜僕は日本で太陽を食べてるよ。
吼児は顔を夜空に向ける。
太陽の味と,それからちょっと醤油が混じってるけど。
そう付け足して,吼児は一人くすりと笑った。



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14.「金魚掬い」―美紀


一度出会ったんだから,あなたとあたしは友達よ。
よろしくね。

屋台の金魚が弱いからって,卑屈になっちゃダメ。
大丈夫,あたしの家にはあなたのお友達がいっぱいいるもの。

2歳3歳年上の金魚だってザラじゃないのよ。
うちの「主」はね,もう8年以上も元気なんだから!

隣の水槽には亀もいるわ。
2匹いるの。どっちもお祭りで出会った子たち。

あなたは魚だから,水槽から出られないけれど,
それはちょっと可哀想だけど,
でもね,あたしが精一杯お世話をするからね。


はじめまして,よろしくね。
ここで出会ったんだから,あたしはあなたと友達よ。
ずうっとずっと,大事な友達よ。



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15.「蛸焼き」―飛鳥


飛鳥君たらね,蛸焼き食べるの下手なのよ。
息も吹き掛けないで,勢いよく口に頬り込むから,口の中が熱くなって目を白黒させてた。

折角綺麗な顔をしているのに,涙目になってるし,顔は真っ赤になるし,おかしかったあ。
仕舞いには無理やり飲みこんで,むせちゃって。
むせちゃったあと,吼児君が持ってたジュースをゴクゴク飲んで,何度も胸を叩いて,
あたしが心配したら,両方の眉毛が八の字に下がったままで「平気だよ」とか言うけど,ちっとも大丈夫そうに見えないの。

いつもは髪をさら〜っとなびかせて,何でも余裕って顔をしてるのに,
蛸焼き一つに振り回されちゃうなんて,普段の飛鳥君とは大違いよね。





でもそんな飛鳥君も,やっぱり好きなの。



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16.「綿飴」―クッキー


毎年のことだ。クッキーが綿飴を欲しがることは。

目の前で薄いピンクの綿飴を頬張るクッキーは,とても嬉しそうで。
それを見ている僕はやっぱり嬉しくなって。
その気持ちも,毎年のこと。


…ほら,もうペースが落ちてきた。
まだ,半分も食べ終わっていないのに。
まるでさっちゃんのバナナみたいだ。


―だけどちっちゃいから半分しか食べられないの。可愛そうね,さっちゃん―


「…ひろしくーん」
申し訳なさそうに僕を見上げて,クッキーは綿飴を差し出す。
これも,毎年のこと。


「はいはい,あとは僕が戴きます。その前に…」
クッキーの頬っぺたには,微かにピンク色の綿がくっついている。
クッキーにウエットティッシュを差し出す。これも,毎年のこと。


ふわふわの綿飴はとびっきり甘くて,口の中でしゅわっと溶けた。



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17.「狐面」―ひろし


たくさん並んだお面を眺めながら,皆は口々にあれがいいとか,これは似てないとか騒いでいる。
みんなが話題にするのは,TVアニメのキャラクターや,戦隊物のヒーローを象った面だ。
でも僕は,なぜか昔から狐のお面が気になってしまう。


母さんの実家は恐ろしく田舎にあった。
じいちゃんが亡くなるまでは,毎年お盆にそこを訪ねていた。
近所にあった古いお社は,お稲荷さんだった。
じいちゃんは僕を連れてよくそこへ散歩に行った。

鬱蒼と茂った背の高い木々に囲まれた,ひっそり静まり返る境内と,雨晒しになっても文句を言わないで佇むお狐様の像。
それらは今でも,やけにくっきりと思いだせる。


狐は化けるんだよ。
じいちゃんはそう言ってにやりと笑った。


―じいちゃん,化けるって,何に?
―さあて。何にでも。
―じゃあ,僕にも化けるかな?
―そうかもな。人間の姿なんて,きっとちょちょいのちょいだ。
―ほんとう?
―ああほんとうさ。もしかしたら,この爺も狐が化けたものかもしれないぞ。


狐面を被ったら,僕は何かに化けることができるかな。



君が好きなあいつのように,格好良く変身できるんだったら。
そしたら,君は僕を見てくれるかい。
そうだったらいいのに。
ほんとに,そうだったらいいのに。


そんなことを想いながらこうして今,僕は狐面のしたから君を見る。



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18.「鼈甲飴」―マリア


琥珀色した鼈甲飴は屋台の照明を浴びた時一層透き通って見える。
小鳥,亀,猫,兎,ハート,星,チューリップ…
色んな形があってとても綺麗。
あたしは味よりもまずそのフォルムに惹かれる。



手元には,自分で買った小鳥とチューリップ形の他に,星型の鼈甲飴が一つ。



星っていったら,マリアの形だろ。


鼻の下を人差し指で擦りながら,あたしの眼を見ようともしないであいつはそっけなくそう言うと,強引にそれを押しつけた。



あいつがくれた星型の鼈甲飴だけ。
妙に重さを感じる。



包みを剥がして,ひとつ口に入れる。
きっとこの甘さのせいだ。
こんなに胸が苦しいのは。



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<< END >>
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読んで下さってありがとうございました!