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promise

生徒指導室で、また学年主任に怒られてしまった。
我が校の名誉のためにも、何としても東京の高校へ進学してほしい。
少々髪の毛が寂しくなり始めた生え際をぱしぱしと叩きながら、学年主任はしぶい表情を作る。
どうしてだね。君の親御さんからも東京の△△高校へ進学させてほしいと頼まれていたし、
何より君自身がずっとその希望を出していたじゃないか。
それをこの時期になって。
ぶつぶつと文句を絞り出しながら、学年主任は次第にくたびれてしまったようで、ひでのりの顔をちらりと見やると、
まあいい。来週末の締め切りまでにちゃんとした結論を持ってきてくれれば。と言った。

もう日が暮れ始めている。
自分の教室へと続く廊下を歩きながら、ひでのりはほうとため息をついた。
この時期…、進路調査票の最終提出日まであと一週間。受験まであと3か月。
周囲のぴりぴりムードも日増しに強くなっている。
成績優秀な生徒はともかく、これまで部活一筋に打ち込んできた仁のような者にとっては、今の時期は必死で勉強しなくてはならない。
これまで、ひでのりは一貫して東京の全寮制高校への進学を希望してきた。学年主任の言った通りだ。
それなのに、この追い込みの時期を迎えた今、どうして急に進路を変更したくなったのか。
その理由は、ひでのりの胸の中に秘められたままだった。

ひでのりたち「地球防衛組」は、全員同じこの陽昇中学へと進学した。
そして、3年になったいまでもみな仲良しだ。
しかし、中学卒業後の進路はさすがにばらばらである。

成績優秀な勉と飛鳥は、このあたりで一番の難関校である難志高校へと進む予定らしい。
ゆうは看護学校へ、美紀とポテト、れいこは女子高へ、ラブは商業高校へのスポーツ推薦が決まっている。
ときえも同じ商業高校に進みたいと言っていた。
大介はメカニックを学びたいと工業科のある高校への進学を希望しているし、
あきらとヨッパーはとりあえず何とか高校へは入りたいと今猛勉強の日々らしい。
吼児、ひろし、マリア、クッキーは進学校を希望しており、マリアと一緒の高校を目指す仁は今誰よりも集中して勉強している。

そう、いつまでもみんなが一緒にいられることは不可能だ。
それはわかっている。わかっていても、やはりさみしかった。
そして、ひでのりが一番気にしているのは、きららの存在だった。

地球防衛組として忙しかった日々には意識したことはなかった。
ただ、何度かきららと接していくうち、ひでのりはそれまで気にしていなかった自分自身を省みるようになった。
国内でも有数の大財閥主の一人息子として生まれ、召使に囲まれて育った自分。
でも、きららも、他の皆も、ひでのりを特別視しないでくれた。
当たり前に、普通の男の子として接してくれた。
そのおかげで、ひでのりは自分の弱いところや欠点に気づくことができたのだった。
そして、そのきっかけの一つを与えてくれたきららを意識するようになったのだ。

きららはそのころ、自分よりも大分背が高く、運動も出来た。
何よりいつも明るくて皆の中心に居る人気者だった。
ひでのりは、そんな彼女が眩しかった。
その眩しさが、いつの間にかひでのりの中でほのかな恋心に変わっていった。
淡い憧れ、恋心。それを自覚した時、彼女と自分は釣り合わないと思った。
だからそれからのひでのりは、いつかきららと対等に渡り合えるようになりたいと、自分なりに努力して来たのだ。

そして、もう中学3年になり、背は彼女を追い越した。
しかし、太陽のような明るさを放つ彼女には追いつけない自分が居る。
未だ、自分の思いは彼女に打ち明けられない。打ち明けて、思いが実る自信が、無い。

きららは、自分の夢であるニュースキャスターになるため、英語科のある女子高への推薦入学が決まったそうである。
そう、ひでのり自身を除いて、地球防衛組の皆は地元の高校へ行くのだ。

ひでのりが漠然と東京の高校を希望していたのは、そこが親の出身校で薦められていたためだった。
将来、父の跡目を継いで大財閥を率いる立場になるためにも、海外留学に強いその高校はふさわしいものであると思われた。

でもある時、ひでのりはふと思ったのだ。
きららは自分で決めた自分の夢に向かって着実に歩んでいる。
それに比べて、自分はどうなんだろう?
漠然と、(それは生まれた時から決まっていたとしても)親の跡を疑問もなく継ぐ自分。
「僕自身」の夢ってなんだろう。
そう思ってしまってから、ひでのりは進路の変更を申し出たのだった。

飛鳥や勉ほどでないにしろ、ひでのりは成績が良い方であるし、無理をしなければそこそこの進学先へ行けるだろう。
それに…。
地元に残れば、きららに会うことだって可能だ。
高校の3年間を費やして、自分の本当にやりたいことを見つけたっていいじゃないか。

ひでのりは教室に置いてあった鞄を開け、生徒手帳を取り出した。
お守り代わりの、ライジンメダル。そして、皆と撮った写真。
それを見ながら、ひでのりはそう思った。


すっかり寒くなって、放課後の校庭も人影が少ない。
昇降口へ行き、いつものように靴を出して…。
きっと門の外では、じいやが車で待機しているんだろう。
ぼんやりとそんなことを考えて玄関を出ようとした矢先、扉の影に見慣れた人が立っているのが見えた。


きららだった。
ゆるくウエーブがかかった長い髪を垂らし、オフホワイトのコートと臙脂のマフラーが奇麗なコントラストとなっている。
彼女はひでのりの姿を認めると、ぱっと表情を明るくした。
その笑顔で、ひでのりは胸がどきっとしてしまう。

「よかった!待ってたのよ」
「ど、どうしたんですか?きららさん…」
「あのね」
心持早口で、彼女は話す。
「さっき聞いたの。ひでのり君、急に進路変更して学年主任がカンカンになってるって」
「情報が早いですね…」
「じゃあ、やっぱり本当だったんだ」
「ええ…。さっきまで指導室で絞られていました」
「ねえ、何で急に進路を変えたの?」
いつもきららは単刀直入だ。
そんなところも好きだなとは思うが、今のひでのりには答えにくい質問だ。
「…えっと…」
「で、何?」
きらきらした大きな瞳で見つめられ、いつもよりも余計に緊張する。


「ぼ、僕、夢がないんです」
緊張のあまりつい、ぽろっと口を衝いて出てしまった。
「へ?」
「夢です。きららさんのような、将来の夢」
「……。ひでのり君はお父さんの跡を継ぐんじゃなかったの?」
「それは…、それは僕の夢じゃないです。親と周りの希望であって…」
「…ふうん。それで、何で夢がないと進路先を変えることになるのよ?」
「僕の進路先も、親の希望でした。だからずっと僕もそのつもりでいました。
 …でも、ある時気づいたんです。自分の夢を探してもいいんじゃないかって」
「…」
「だから、僕は自分の夢を探すためにこちらの高校へ進もうかと考えたんです」
「どうして?別にどこだって夢は見つけられるじゃない」
そう言われて、ひでのりはむっとしてしまった。
きららにだけは、そう言ってほしくなかった。

「…きららさんは、いいですよね。自分の夢があって。それに向って突き進んで。」
「そうよ。それで何が悪いのよ?」
「……きららさんのようなひとには、迷ったり悩む人の気持ちなんかわからないんです!」
きららはぽかんとした。そして、目を吊り上げる。
「なによ!そんな言い方ってないわ!」
「僕は思ったことを言っているだけです!」
「ひでのり君が、そんな言い方するなんて思わなかったわ!」
「僕は正直に言っているだけです」

そう言い返しながらも、ひでのりは胸の中がちくりとした。
…本当に言いたいことは、言えていないくせに…
きららは目を見開いた。そして一瞬悲しそうな顔をした。
「あたしは、ひでのり君のことが心配だったのに!余計なお世話だったってわけね…!」
そう言うと、くるりと身をひるがえして走り去った。
ひでのりはしばらく立ちつくした。
苦い気持ちで胸の中が一杯だった。

僕は。僕はどうしたいんだろう。
自分の苛立ちをあの人にぶつけてしまった。傷つけてしまった。
適当な言い訳を並べたてて、正直になれなかった。

…ただ、あの人の傍に居たかっただけなのに。

顔を上げる。両手でばしっと自分の両頬を叩く。
つたえなくちゃ。僕の本当の気持ちを。

きららは足が速い。リレーの選手に選ばれているくらいだ。
でも僕だって、それなりに速く走れるようになっている。絶対に追いついてみせる。

そして、ひでのりは走り出す。

車の中で待機していたじいやに先に帰っていてと伝えると、きららを追って駆けた。
まっすぐ、彼女の元を目指して。

きららはとぼとぼと歩いていた。
ひでのりの足音に気づいてきららがこちらを振り返る。
「…!」
「待って下さい!」
ひでのりは急いで逃げようとするきららの腕を掴んだ。
「待って下さい!!! 僕、きららさんに嘘をついていました!!」
「…ひでのり君…」

ひでのりは息を整えると、きららの腕を放す。
「ごめんなさい!僕、きららさんに当たってしまった…」
きららは訝しげな表情をする。
「僕は…僕が進路変更をした本当の理由は…」
「…」
「僕は、きららさんたちと一緒に居たかっただけなんです」
「…ひでのり君」
「僕だけ、東京へ行ってしまうのがさみしかった。きららさんと離れてしまうのが厭だった。
 だから、夢が無いなんて自分に言い訳をしていました。
 僕は…自分が恥ずかしいです。いつまでも、みんなと一緒に居られるわけないのに…。」
「…そんなことないわ。」
「え?」
「あたしだって、みんなとバラバラになるのはさみしいと思ってる。恥ずかしいことじゃ、ないわ。…でも」
「…でも…、そうですね。受け入れなくちゃいけないことなのかもしれないですね。」
「…そうよ。辛いのはきっとみんなも同じよ。あたしだって、これからほんとに一人でやっていけるかと思うと怖くなるもの」
「きららさんも…?」
ひでのりがそう聞くと、きららはようやく微笑んだ。

「あら、あたしがいつでも平気なように見えてた?」
「え…いや…」
「あたしだってほんとはいつも不安だわ。将来の夢だって、叶えられるかわからない。
 でも、だからって諦めたくない。精一杯頑張ってみたい。そのために、我慢しなくちゃいけないことだってあるはずよ。」
そう言ってきららは小さく笑った。
「…」
「それに」
「…え?」

きららはふっと遠くを見る。
「ひでのり君は、東京へ行ってしまっても、あたしの大事な仲間よ。それは変わらないわ」
「きららさん…」
「そしてね、ひでのり君は、きっと大丈夫だと思う。どこへ行っても、何をしてても。あたしはそう思ってる」
そう言うと、きららは視線をひでのりに戻した。そして、にっこりと笑った。
その笑顔は、とても綺麗だった。

「僕…僕でも大丈夫でしょうか」
「うん。絶対大丈夫」
「きららさん…。ありがとう…」
やっぱり彼女は凄い。まだまだ彼女に追いつけそうにない。

きららは、すっと右手を差し出した。
「きららさん…?」
「約束しましょ。」
「え…?」
「指きりよ。…あたしたち、お互いに自分の将来に向かって頑張るって」
にっこり笑って、きららは小指を立てた。
ひでのりも笑顔になる。
「はい」
そして、二人は指きりをした。
「僕、頑張ります。この先、一人になっても、どんなことがあっても。きららさんのように」
「うん!」

今はまだ、きららさんに追いつけない。
迷って挫けて、弱虫な僕だけど、いつか絶対君を支えられるような人間になるよ。
この指きりに誓うよ。

ひでのりは、まっすぐきららを見つめる。
そして、にっこり笑った。


<< END >>
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ひでのり×きららの話です。
卒業を前にすると、切ない気持になります。将来への不安、今までの生活への未練…。
そして、好きな人との別れ。
ひでのりはきっと格好いい大人になっていることでしょう。
きららとは、どうなったのでしょうか…?