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通学路

春眠暁を覚えず、という言葉があるが、日向仁に関して言えば、彼は年がら年中よく眠っているので適していないだろう。
4月。時計が朝8時を指したが、仁は一向に起きる気配がない。
尤も、その目覚まし時計はベルを切られた状態で枕の下に押し込まれているわけであるが。

「こら!仁!起きなさーい!!!」

突然、仁の部屋に大声が響きわたった。
良く通るその声の持ち主は、蒲団を引っ剥がした。

「う…うわーっ!な、なんだよ!」
さすがの仁も飛び起きた。
まだ寝ぼけた彼の目に映ったのは、見なれた顔だ。

「な、な、な、なんでマリアが俺の部屋にいるんだよ?」

パジャマの裾を直しながら、半ばパニックになりながら仁が叫んだ。
ベットの前で仁王立ちで睨みつけているマリアの後ろから、タイダーがひょこっと顔を出す。

「ぼっちゃん、ようやく目が覚めたですダー。」
「た、タイダー! おい、なんでマリアがここにいるんだよ!」
「あんたのことだからどうせ寝坊するんだろうと思ってわざわざ起こしに来てあげたのよ!」
あきれた表情をしながら、マリアが言う。
「さすがマリアさんですダー。ワシが起こしてもなかなかこうはいかないですダー」
「もう!新学期早々遅刻するつもり?!ほら、さっさと支度しなさいよ!」

口をパクパクさせながら慌てている仁をよそに、二人は部屋から出て行った。

仁が急いで階下へ降りて行くと、玄関先でマリアとタイダーが喋っている。
「お、おい…」
「何よ?ほら、ここで待っててあげるから、さっさとご飯食べてきなさいよ」
「そうしたほうがいいですダー。もう8時半になるですダー」

追い立てられるように茶の間へ入り、大慌てで朝食を食べている仁を前に、彼の両親は呑気に喋っている。

「本当にマリアちゃんは出来た娘さんだ。わざわざ起こしにきてくれるんだからなあ」
「マリアちゃんてほら、学年末のテストでまた5番以内に入ったんだって?」
「へえ〜さすがだねえ。美術部でも活躍してるんだろ?」
「このあいだ、コンクールで金賞を取ったって聞いたわよ。絵の才能もあるなんてすごいわねえ。」
「べっぴんさんで頭もいいし、スポーツも万能、おまけに気立ても良いしっかり者とくらぁ」

「「こりゃあ本当に仁には出来過ぎた彼女だねえ〜。」」
目の前の息子をにんまりと見つめて、両親は声を合わせてこう言う。

「うるせぇよ!オヤジ!」
ご飯粒を飛ばしながら仁が言い返すと、とたんに父親が彼の頭をはたいた。

「おいテメェ、親に向ってうるせえとはなんだ!
文句垂れてる暇があったらお前もマリアちゃんに見合うような男になりやがれ!」

ようやく朝食を終えて玄関へ出ると、タイダーと喋っていたマリアが仁の方を向く。
ポニーテールにまとめてあるさらさらした髪。白い肌。きらきらした大きな瞳。
マリアと知り合ってからもう大分経つというのに、仁は偶に見とれてしまう。
…確かに俺には出来過ぎた彼女だろうよ。

少し不貞腐れていると、マリアが言った。
「さ、急ぎましょ!それじゃ、タイダーさん行ってきます」
「いってらっしゃいダー!」

通いなれた通学路を足早に歩きながら、マリアが言う。
「今日から中学3年になるんだから、ちょっとは仁もしっかりしなさいよね」
「大きなお世話だよ」
軽口をたたきながらも、さっきから感じているドキドキが収まらない。

仁がマリアと付き合い始めたのは、中学1年の冬だ。
よく喧嘩もするが、それでもいつの間にか仲直りしている。
大体の喧嘩の原因は、マリアに群がる男子生徒の存在だった。
マリアがちょっと誰かと二人で居るだけで気になる仁にとって、何かあると彼女にアプローチしてくる奴らは我慢ならない。
付き合い始めて自覚したのだが、仁はかなりのやきもち焼きだった。

…問題はマリアじゃない。

自分でもわかっている。つまらないことでやきもちを焼いてしまうのは、ひとえに自分に自信がないからだ。
出来過ぎた彼女。

『マリアちゃんに見合うような男になりやがれ!』
仁の脳裏に、父親の言った言葉が響く。

ちぇっ。今に見てろよ。

「このままだと遅刻しちまう。おいマリア、走ろうぜ!」
仁はマリアの手を取って走り出した。
「ちょ、ちょっと、仁!」
マリアは急な仁の行動にびっくりしたようだったが、仁の手を振りほどくことはしなかった。
彼女の頬がほんのり赤くなっていることに、しかし仁は気づいていなかった。

絶対にこの手を放すもんか。

ぎゅっと手に力を込めながら仁は思う。

二人が駆ける通学路には桜が咲き誇る。
桜の花びらが、彼らが起こした風にのってはらはらと舞った。


<< END >>
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仁×マリア話です。彼らが中学3年を迎える時期です。
あんなに出来過ぎた彼女が居る仁は気苦労が多そうです。