「おーい,仁」
昼休み。
校庭へ向かおうと,昇降口にやって来た仁は谷口に声をかけられた。
「よう谷口。どした?」
振り返ると,谷口がちょっと,と手を振る。
「なあ,ちょっといいか」
「なんだよ」
「応援団のことでな…」
そう言われると耳を貸さざるを得ない。
なんたって,仁は3組の応援団長なのだから。
仁は上履きを靴箱にしまうと,谷口に向き直る。
「お前らのチームさ,なんか面白いこと考えてるって聞いたぜ」
ふふん,と得意げになった仁が「まあね」と返すと,じらされたのか谷口が早口で喋り出す。
「応援グッズで,バッヂを作ってるんだって?うちの下級生の間で噂になってる。」
「へっへ。そうかあ」
そう聞かされて嬉しくならないわけがない。
「そんでさ」
谷口はそこで言葉を切ると,頭をポリポリと掻いた。
「そんで,なんだよ」
仁が先を促す。
「そんで…ものは相談なんだけどさ…そのバッヂのアイデア,俺らにも使わせてくれねえかな」
仁は目を丸くする。
谷口は言いにくそうに,
「俺んとこの下級生達が,お前らのとこをすっげえ羨ましがっちゃってさ…。
自分達も欲しいって言いだして」
「ほえー」
あんぐりと口を開けたままの仁をすまなさそうに見遣って,谷口はぱん,と顔の前で両手を合わせる。
「無理なお願いだってことはわかってる。お前らのチームのことなんだし。
でもさ,良かったら考えてみてくれねえかな。
お前らが駄目だって言うんなら,下級生達も納得するかもしれないし。」
「うーん」
「僕はいいと思うけど…」
仁の背後から,吼児が控えめな声を出す。
「でもま,とりあえず話し合ってみないとな」
と,飛鳥が冷静に言う。
それを聞いて,谷口は顔を上げて,「助かるぜ」と,ほっとした声を上げた。
飛鳥の意見に従って,仁は会議で話し合うことを約束した。
おなじころ,6年1組の教室の前に,ふたりの小さな影が並んだ。
小さな体をなおも縮こませながらも,男の子がひとり,戸口に手をかける。
引こうとした途端,戸ががらがらと開いた。
「わっ」「えっ」
内側から出てきた人物は,突然目の前に現れた下級生に面食らう。
どん,とぶつかり,男の子は尻もちをついた。
「洋一くん!」
隣に立っていたもうひとりの女の子が声を上げた。
「わ,悪ぃ」
ウエダはあわてて洋一に声をかける。
「まさか居るなんて思ってなくてさ,ごめんな,大丈夫か?」
洋一は涙目になりながらも,うん,と声に出さずに答えた。
「どこか痛むか?保健室連れてこうか」
尻をはたきながら洋一が立ち上がると,ウエダは腰をかがめて顔を見る。
「ううん,大丈夫。こっちこそごめんなさい」
「ごめんなさい」
洋一のあとに,あやも言葉をつづけた。
「悪いのは俺だよ。ごめんな。…それで,お前ら何の用だ?」
低いが優しい調子の声に,洋一はようやく緊張が解けたように喋り出す。
「あの,ぼくたち2年1組からきました。おうえん団長にお願いがあってきたんです」
「そうか。ちょっと待ってな」
ウエダはそう言うと振り返って「おーいヨコヤマー」と声を上げる。
「なに?どうしたの」
教室の奥からヨコヤマがやってくると,
「このふたりがお前に用があるんだとさ」
と告げて,ふたりに「じゃあな」と声をかける。
そのまま廊下を歩いて行く後姿に向って,ふたりは「おにーちゃん,ありがとー」と揃って呼びかけた。
ウエダは軽く手を振ってそのまま歩き去った。
「それで,僕にどんな用事があるの?」
ヨコヤマは教室の中に2人を招き入れて椅子に座らせ,訊ねた。
「あの,お願いがあって来たんです」
「お願い?」
「ぼくらのクラスも,おうえんバッヂを付けたいんです」
「応援バッヂ?」
「ほら,3組が作ってるって言う,防衛組のメダルバッヂよ。そうでしょ?」
ヨコヤマの隣に居た女子応援団長が言うと,洋一とあやはこくんと頷いた。
「あたしたちも,防衛組バッヂを付けたいんです。うちのクラスのみんなが,そうおもってます」
あやがヨコヤマに向ってそう言った。
2人の下級生を見送って,ヨコヤマは女子応援団長の方を向いた。
「…どう思う?」
「3年生に続いて2年生も…。この調子だと他の学年も同じ希望を持ってきそうね」
「だよなあ…」
「あたしは,3組に頼んでみてもいいんじゃないかなって思う」
「…」
「実はちょっとね,あたしも羨ましかったんだもの」
そう言うと,女子応援団長は窓をからからと開けた。
運動場の方から,楽しげな声が聞こえてくる。
「ヨコヤマくんは,どう思う?」
「僕は…」
ヨコヤマは運動場を見降ろした。仁たちが下級生に混じってサッカーをしている。
「クラスのみんなが,どう思うか,だよな」
そうヨコヤマは呟いた。
「クラスのみんな,っていうより,一人の意見だけだとおもうけどね」
女子応援団長がぼそりと言うと,ヨコヤマははあ,と溜息をついた。
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