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Musical Box side-H

原稿用紙の升目から目を離して,僕は背伸びをする。
これは答辞用の原稿だ。
大体の内容はこれで大丈夫だと篠田先生からOKをもらったんだけど,読みやすいようにもう少し書きなおす必要がある。

最近の僕は,何かと色々忙しい。
学級委員の仕事,卒業文集のとりまとめ(これは吼児と一緒にやるんだけど),卒業制作のこととか,児童会のこととか。
加えて卒業生代表として答辞を読むことになったものだから,学校から帰ってもこうして作業をしなくてはならない。


部屋のカーテンを捲って,窓を少し開けた。
ひんやりとした夜風が頬に当たる。
でも,その風はもうすっかり春のものだ。
空気は季節によって違っている。なんていうか,肌触りとか,匂いとか,軽さとか。
どこかの家で咲いている花の匂いが風にのってふうわりと漂ってきた。
その匂いを吸い込んで,僕は夜空を見上げる。
今日がもうすぐ終わる。



今日は,クッキーの誕生日だった。
僕の大切な女の子が,生まれた日。
だから今日は僕にとって,特別な日なんだ。
自分の誕生日よりも,もっともっと大事な気がする。


クッキー,僕のプレゼントに気づいてくれたかなあ。



今朝も早くから用事があって,僕はクッキーと一緒に登校することができなかった。
本当は,クッキーに直接渡したかったんだけど,ここのところ僕に休み時間は無い。
だから朝一番に教室に入った僕は,プレゼントをクッキーの机の引出しにそっと入れておいた。


結局今日も,クッキーとゆっくり話をすることが出来なかった。
今日はクッキーの誕生日という特別な日だったのに。ついてない。
でもクッキーはみんなからお祝いされていてとても嬉しそうだった。
クッキーが笑っていると,僕も嬉しい。



最近,僕のクラスはとっても雰囲気が良い。
卒業が近いせいだろうか,皆残り少ない小学校生活を思い切り楽しもうとしている。
ただこの楽しさの陰に,卒業することへのさみしさが隠れている気がする。

前に仁が「卒業なんかしたくない」って言ったことがあったけど,みんな少なからず同じ気持ちを感じているんだと思う。
でも僕たちは時間の流れに逆らうことなんかできない。
今よりももっと素敵な未来がやってくるって信じて進んでいくしかないんだ。



僕がクッキーに贈ったプレゼントは,オルゴール。
毎年,プレゼントに何を贈ろうかさんざん悩む僕だけど,今回はずっと前から決めていたんだ。
きっかけは,年末の大掃除に古いビデオを整理したときだ。




幼稚園の頃,クッキーと僕は「ピノキオ」の映画を観るのが大好きだった。
飽きもしないで,何度も何度も繰り返してみるものだから,母さんが呆れてたっけな。
僕らはまだ小さかったから,その映画の奇想天外なストーリーよりも,めまぐるしく変わる絵が好きだったんだろうと思う。
そしてクッキーは,映画で流れる曲が大好きだった。
あの綺麗なメロディーを,僕に歌って聞かせてくれた。


その曲は,「星に願いを」という名前だ。
英語の歌詞の意味はわからなかったけど,でもとっても素敵な歌だと思った。


クッキーが好きだったから,この曲を選んだんだけど,
でも本当言うと,それだけが理由じゃない。

この曲は僕なりの,クッキーへのメッセージのつもり。
カードになんか,恥ずかしくってどうしても書けないし。
飛鳥じゃないんだし,そんな気障な真似は僕に似合わないと思ったから。



夢がかないますように。
ずっと幸せでありますように。
いつも笑顔でいられますように。


きっときっと,願い続ければ叶うんだ。
心の底から願っていれば。



When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you



あの子が幸せに笑っていると,僕も幸せな気持ちになる。

だから僕は,今日も星に願いをかけるんだ。
クッキーがいつも笑顔でいられますようにって。

時計を見ると,針は11時過ぎを指している。
僕は残り少ない今日をしっかり心に刻んでおこうと思った。
今日は,僕の大事なあの子の誕生日。

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クッキーの誕生日記念です。
私もこの曲が大好きです。
誰かを好きになると,自分以上にその人の幸せを願うようになりますね。
その気持ちってとても尊いものだと思います。