昇降口に小さな人影があった。
明るい髪が,光を受けて透き通って見える。
…クッキーだった。
慌てて靴を引っ掛けて近寄った。
もしかして,僕を待っててくれたのか,なんて淡い期待を持ってしまう。
「クッキー,どうしたの?」
「お疲れ様,ひろしくん」
そう言って,クッキーはにっこりと笑った。
「…僕を,待っててくれたの?」
「うん!」
「…ありがとう」
玄関を出ると,空はもう赤く染まりはじめていた。
いつのまにか出ていたちいさな雲が,どこかへ急ぐように流れている。
それらは綿菓子のようなかたちで,オレンジ色と,ピンク色と,薄い青色をしていた。
少し冷たくなった風が,クッキーの髪の毛を揺らす。
僕は乾いた匂いを吸い込んだ。
「わあ,きれい」
そう言ってクッキーが目を見開く。
見ると,夕焼けがやけに綺麗だった。
「ほんとだ」
「明日も晴れだね」
「そうだね」
「…運動会,終わっちゃったね」
クッキーは夕陽を見つめたまま,ぽつりと呟いた。
「…うん」
「なんだか,ちょっとさみしい気分」
「そうだね」
「でもとっても楽しかった!」
しんみりした空気を振り払うように,クッキーは明るい声を出した。
「フォークダンス,ひろしくんと練習したおかげで,本番は転ばなかったよ。」
「そう,良かった」
こっそり自主練習した甲斐があったね。
そう言うと,クッキーは振り返って嬉しそうににっこり笑う。
「ひろしくん,ありがとね。」
…よかった。
クッキーが嬉しいと,僕も嬉しいよ。
君が飛鳥と楽しそうに踊る姿を,遠くから僕がそっと見ていたなんて,君は知る筈も無いだろうけど。
でもいいんだ。ずっとそうして笑ってて欲しい。
君の笑顔を,僕はいっとう好きだから。
す,と,クッキーが手を伸ばした。
「?」
「あたしと,踊ってください,ひろしくん」
「……」
「本番では,踊れなかったでしょ?だから今踊ろ」
「…よろこんで」
校庭には誰もいない。
音楽の流れない,フォークダンス。
くるっとターンする。
何回も繰り返した動きだから,息もぴったり合う。
いち,にい,さん,しい,いち,にい…
自主練習で互いに口に出していたテンポが頭の中で流れた。
僕じゃ飛鳥の代わりになんてなれないかもしれないけど。
僕よりもだいぶ低い位置にある小さな頭も,
手に触れる温もりも,
見慣れたその横顔も,
今は僕だけのものって,思ったらダメかな。
「よかった」
「何が?」
「あたし,ひろしくんと踊りたかったんだもの」
「クッキー…」
「だから,よかった」
僕が黙っったままでいると,クッキーの手に力がこもった。
「ね,あたしね」
「…うん」
「あたしね,ひろしくんのおさななじみだよね」
「……そうだよ」
「これからもずっと,一緒に居られるかな」
「クッキーが,そう思うなら」
僕はいつもここにいるよ。
「あたしね,ひろしくんと一緒に居たいの」
「…うん」
「他の人じゃいやなの」
「……」
「ひろしくんだから,一緒に居たいって,思うの」
僕を見上げて,えへへ,とクッキーが笑った。
その笑顔は真っ赤な夕焼けに染まっていた。
だからきっと,僕も夕焼けに染まってるんだろう。
いっしょに居たいんだ。
どんなかたちだっていい。
ぼくらは,いっしょに居たいんだ。
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