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リセット

「…ラブちゃんって,本当にキレイ」
ラブは雑誌から視線を上げ,その言葉を発した親友の顔を見つめた。
頬杖しながら呟く美紀の瞳は,どことなく熱を帯びてうっとりとしている。
「…な,なによ,急に」
戸惑ったようにそう言い返すラブに向かって,変わらずうっとりとした表情のまま,
「だって本当にそう,思うもの」
と続けた美紀に向かって,ラブは露骨に不審な目を向けた。

「一体,どうしちゃったのよ,気持ち悪い」
「やぁ〜だ〜!ラブちゃんたらヒドイ」
「あのね,美紀。誰だって急にそんなこと言われたら気味悪く思うにきまってるでしょ!」
ぶつぶつと不満を述べながら,ラブは部屋の隅に合ったファンヒーターの温度設定を「強」から「中」へと変更する。
「やだぁ,寒いじゃない」
「…どうやら美紀は,熱くて頭がぼーっとなっちゃってるみたいだから!」
「ラブちゃんの意地悪」
「それはどうも」

美紀は姿勢を正すと,手にしていた雑誌をぱたり,と閉じた。
「あ〜駄目。こんな難しいのあたしには絶対無理。ねぇラブちゃん,もうちょっと簡単なレシピないの〜?」
「…美紀ったら,さっきっからそればっかり。そんな調子じゃ,当日までに決まらないわよ」
「だってぇ〜」
机に顔を突っ伏して,まるで小さな子供のように駄々をこねてみせる親友の姿に,ラブはくすりと笑う。
「あ,ラブちゃん,今あたしのこと“しょうもないなぁ”って思ったでしょ!」
「あら,美紀ったらいつの間にテレパシーが使えるようになったの?」
「も〜」

窓は温かい蒸気を受けて曇り,二人が向かい合って座る炬燵の上には,たくさんの雑誌や料理本が散乱している。
ココアが入ったマグカップを持ち上げて一口すするラブは,目だけでふわりと微笑んで見せた。

…キレイだなあ。

顎を机の上に乗せて,背中を丸めただらしない姿勢のまま,美紀は視線だけ上げる。

長い睫毛も,毛先がくるんとカールした髪の毛も,大きな瞳も,張りのあるその声も,
…どれもキレイ。

親友の顔の造形にうっとり見とれてしまうのは,そんなに気持ち悪いことだろうか?

美紀の視線を振り切るように,ラブは目の前で大きな音を立てて雑誌を閉じた。

「よし!あたしは決めたわよ」
「え〜ホントに?やだやだ,もうちょっと待って〜」
「なあに,美紀ったら」
またくすりと笑って,ラブは綺麗な眉を持ち上げる。
…そういう表情をすると,ラブはもっとお姉さんっぽく見える。

「まさか,あたしと同じレシピにするつもり?」
「えっ…駄目〜?」
「駄目じゃないけど。でもそんなんじゃ,美紀が後悔することになるわよ」
「後悔…?」
「誰かと一緒にしてその時は安心してても,きっと後でどうして自分で決めなかったんだろうって思うはずよ」
「そうかなあ」
「あたし,それくらいは美紀のことわかってるつもりよ」

そう言われると,なんだかそんな気がしてきてしまう。
彼女の言葉には,説得力がある。ついつい納得させられてしまうのだ。なぜだか,いつも。

「自分じゃわからない?」
問われて,だらしない姿勢のまま小さく頷いて見せると,ラブはじっと美紀の目を見つめたまま続けた。
「あたしはね,…美紀が本当はすっごく負けず嫌いだって思うの。もちろん,いい意味でよ。
そして,やるからには全力を尽くしてやり遂げたい,って思ってる。
自分に厳しいっていうのかしら。…そう,美紀はとっても頑張り屋さんなのよ」

大きな瞳でじっと見つめられて,ただでさえ少しどきどきしているのに(なんか,それもヘンなことだけど),自分のことをそんなに真剣に説明されると,すごく照れくさくなってくる。

「だから,美紀は時間がかかってもちゃんと自分で選んで,頑張った方が満足するんじゃないかしら」

ラブはまるで自明の理のように,うんうん,と自分で納得して見せる。
そんな調子で褒めないで欲しい。照れくさくなる一方だ。
それに…,

「それって,あたしじゃなくてラブちゃんのほうが当てはまってると思うんだけど」
そう言うと,ラブはきょとんとした顔をした。
「…え,そうかしら?」
きょとんとした表情でも,ラブはやっぱりキレイだ。なんだかずるい。
そう思いながらも,美紀は可笑しくなって,ぷっと笑った。

「美紀〜」
「ごめんごめん。でも,あたしってラブちゃんが言うほど負けず嫌いでもないし,強くないよ」
「そうかしら?」
「そうだよ。…あたし,弱気だし,自分に甘いし,すぐ諦めちゃうし」
そんな言葉を紡いでいくと,本当に気分が滅入ってくる。
自己嫌悪。自己否定。そんな単語が頭のなかを駆け巡って,美紀はこたつのなかで両手をぐっと握りしめる。

「…やだな,あたしったら暗いこと言っちゃって,ごめん」
「本当に,そうよ」
「…え?」
視線を上げると,ラブが厳しい表情でこちらを見つめていた。
「じゃああたし,そんな“弱気”で“自分に甘く”て“すぐ諦める”美紀のこと,好きだと思ってるってことじゃない」
「…あ…」
「あたし,美紀のこと自慢の友達だって思ってるんだけどな。美紀は自分のこと好きじゃないのね。」
「ラブちゃん…」
それってとっても寂しいわ,と呟いて,ラブは雑誌を片付け始める。

「ごめん,ラブちゃん…!さっきの,リセット!」
思わず大きな声が出て,ラブがぴたりと動きを止めた。
そして肩が小刻みに震えだし…,くつくつと笑い声が漏れる。
「ラ,ラブちゃん…」
「あははっ。み,美紀ったら,リセットって,こういうときに使う言葉じゃないでしょ〜」
「あ,あはは…そうだっけ?」
「そうよ,ゲームじゃないんだから〜。もう,美紀って面白いんだから!」

よほどツボに入ったらしく,ラブは手にした雑誌をバサリと手放して,腹を押さえて笑っている。
そんなラブを見て,美紀はホッとする。その途端可笑しさがこみあげてきた。
「あはは,そうだよね,リ,リセットはなかったねえ」

そうして二人はしばらく,笑い転げた。


玄関から表へ出ると,ぴゅうと冷たい北風が吹きつけて美紀の体を縮こまらせた。
気を付けてね,と声をかけたキレイな親友に見送られつつ,自宅の方へ足を向ける。

結局レシピは決められなかった。
材料は一緒に買いに行こうと決めているし,前日には一緒に手作りする約束なので,遅くとも一週間後には決めなくてはならない。
…ただ美紀にはひとつ,今日決めたことがあった。

(当日,ラブちゃんにも贈ろう)

ラブが言った自分のいいところが,果たして本当に当てはまっているかどうかはわからない。
でも,ラブが自分をそういうふうに思ってくれていて,自慢だと言ってくれたことが嬉しかった。

キレイで,格好良くて,そして,優しい。
ときどきはっとするほど大人びて,お姉さんぽくなる。
そのわりに,ちょっとしたことで大笑いするような,気さくなところもあって。

(ラブちゃんが友達でいてくれて,本当に良かった)

それだけで,自分をちょっと好きになれる。

(…でも)

足もとを通り抜ける風が冷たくて,美紀は小さくクシュンとくしゃみする。

…ちょっとだけ。
ちょっとだけ,残念だなって思うことがある。

(ラブちゃんが男の子だったら,あたし絶対,飛鳥君よりも大好きになったんだろうな。)

もしくは,反対に美紀が男の子だったとしても。
やっぱり,ラブのことが大好きになっていたに違いない。

もしも,の話だったが…,それは絶対だと言いきれるほどの,確信だった。

自慢の友達に,自慢と思ってもらえるように。
自分をもっと好きになって,彼女に追いつけるように。

(いい加減,弱気な自分をリセットしよう)

今度は正しい使い方をしてるよね,ラブちゃん。

心の中でそう呼び掛けて,美紀は足を速めた。



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