(どうしよう…あたしが余計なこと言っちゃったせいかな…)
マリアはクッキーの家へ急いだ。
すっかり夕焼けが空を支配している。
クッキーの部屋に入ると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたクッキーが座っていた。
「クッキー!」
「…マリアちゃん…うわーん」
クッキーはマリアに抱きつくと、泣きだした。
「…クッキー…」
マリアは、クッキーが落ち着くまで、辛抱強く待った。
「それで、どうしたのよ?」
「あのね…」
クッキーから経緯を聞いたマリアは、真剣な顔をして、
「クッキー…ごめんなさい。ひろし君にクッキーの怪我のことを伝えたのはあたしなの。」
と謝った。
「マリアちゃん…」
「あたし…、クッキーのこと心配で。でも、頑張ってるクッキーに頑張らないで、なんて言えないし…。
クッキーがひろし君に追いつきたくて頑張ってるんだってわかってたから…。
だから、余計なお世話だったけど、ひろし君にも分って欲しかったの…。」
「そうだったの…」
「ごめんなさい!まさか、これで二人が喧嘩しちゃうなんて…!」
「ううん。違うの。悪いのはあたしなんだから」
「クッキー…」
「あたし、あたしの怪我はひろし君は関係ないって言っちゃった。
だって、あたしのせいで、ひろし君が辛そうにするのは厭だったんだもの。
でも…そう言ったら、余計にひろし君を傷つけちゃったみたい…」
そう言いながら、また瞳に涙があふれてくる。
「あたし…やっぱり駄目だね。みんなに心配かけて。頑張ってもうまくいかなくて。」
「そんなことないわ…絶対、そんなことない!」
「マリアちゃん…」
「あたし、すごいなって思うもの。あんなに頑張ってるクッキーを尊敬するわ。
それに、クッキーは自分で気づいていないだけで、絶対成長してるって思う!」
「ほんと…?」
「勿論よ! ただ…クッキーはもうちょっとリラックスした方がいいと思う。
ゆっくり、クッキーのペースで頑張っていったらいいんじゃないかしら。
他の人を気にすることないわ。」
「あたしのペース…」
「そう!クッキーはクッキーらしく!きっと、ひろし君もそう思ってるはずよ」
「そうかな…?」
「うん!だって、ひろし君言ってたじゃない!いつもの明るいクッキーが好きだな、って!」
ひろしの口調を真似てマリアが言うと、クッキーはようやくちょっと笑った。
「…うふふ。似てない…」
「ま、クッキーったら、もう!」
「えへへ…ゴメン」
マリアはちょっとホッとした。
「クッキー、ひろし君にクッキーの本当の気持ち、伝えてみたら?」
「えっ…」
「そしたら、ひろし君もわかってくれるわよ。クッキーが頑張りすぎちゃった、理由。」
「…わかって、くれるかな…?」
「ええ!もちろんよ!クッキー、勇気を出して!」
「マリアちゃん……、うん!」
高森ラジオの閉店時間は、午後8時だ。
ひろしは、店のシャッターを降ろして、空を見上げる。
雲に隠れて、月がよく見えない。
(わかっていたことだったけど…。やっぱり、落ち込むな…)
何度目になるかわからないため息をつく。
ひろしがクッキーに告白してから、もう半年以上経つ。
あのころと比べると、クッキーの気持ちも変化していたように思っていたが。
(僕の、勝手な思い込みだったのかな…)
ずっと傍に居て、クッキーを守ろうと決めていたのに。
(結局、僕はクッキーに何もできない…)
いつまでも待つつもりだった。でも、こんな気分になると、その決意も揺らいでしまう…。
そう思って、玄関へ向かおうとしたときだった。
「ひろしくん!」
振り返ると、クッキーが立っている。
「クッキー…」
「あたし…謝らなくちゃと思って来たの。ひろし君を突き放すようなこと言っちゃって…ごめんなさい!」
「……」
クッキーは両手をぐっと握りしめていた。微かに震えているのがわかる。
「ひろし君は関係ないって…思ってないから。
ただ、試合前のひろし君に余計な心配させちゃうのが厭だったの」
「……」
「あたし…、中学に入ってから、どんどんひろし君が遠くへ行っちゃうような気がして…。
ひろし君は、バレー部でも認められてるのに、あたしはいつまでたっても怒られてばっかりで…。
だから、あたしもいっぱいいっぱい頑張らなくちゃって思ったの。」
「…クッキー」
「でも結局うまくいかなくて。ひろし君に追いつけないままだし…。
あたし、恥ずかしかったの。こんな怪我してるなんて、ひろし君には内緒にしておきたかったの。」
「……」
「でも、マリアちゃんに言われちゃった。あたしはあたしらしく、頑張ればいいんだって。
…だから、これからは無理しないで頑張るね。」
「…うん。」
「…言いたかったことはそれだけ。…じゃあ、帰るね。おやすみなさい。」
そう言って、クッキーは踵を返した。
「待って!」
「…」
「クッキーは、ひとつ誤解してる。」
「…何を?」
「僕は、クッキーから遠ざかったりしないよ。今は…こんなだけど、これからもっと、ちゃんと君を守れるような男になる。
クッキーが…厭じゃなければ、の話だけど…。だから、クッキーが不安になることなんて、絶対ないんだ!」
「ひろしくん…」
「だから、クッキーには、いつも僕がついてるから。何かあったら、絶対に飛んで行くから。
僕に頼ることを止めたりしないで。
今日みたいに…僕の知らないところで、クッキーが辛い思いをしてることが、僕には一番辛いんだ!」
「ひろしくん…。ありがとう…。」
そういうと、クッキーは微笑んだ。
その笑顔で、ひろしはほっとすると同時に、急に恥ずかしくなった。
「あ…えっと…あの…」
さっきまでの真剣な表情とは裏腹に、真っ赤になって頭を掻くひろしを見ながら、
あ、あたしひろし君のこと好きなんだな。
と、クッキーはすんなりと納得した。
すとんと、胸のつかえが降りたかのように、それは、ごく自然な気持ちだった。
雲間から、月が姿を見せた。
そして二人の姿をそっと照らしはじめた。
・・・彼らが幼馴染から恋人同士になるのは、もうちょっと先の話。
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