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僕の手と、君の肩に降る 5

いくつものロクソクが机の上で揺らめいている。
ロウソクの灯りは優しげで、暖かい。
外は相変わらず激しい雨と風。
急な落雷と停電で、パニック状態になったクッキーを取りあえず落ち着かせようと、居間のソファに座ってしばらく経つのに、
一向に停電は改善されない。
でも、ようやくクッキーも落ち着いてきたみたいだ。口調も、以前みたいに普通に戻っている。
一方、僕はさっきから落ち着かなくなってきている。
ドキドキしているのをクッキーに悟られないかでヒヤヒヤだ。
さっきはとっさにクッキーを抱き寄せてしまったけど、考えてみるとこれって結構恥ずかしい…。
緊張と恥ずかしさを誤魔化そうと、昔話をしてみた。
すると、クッキーが僕にいつも守ってくれてありがとうって言ってくれたんだ。


「クッキー…」
「考えてみると、…ううん、考えなくてもそうだった。ひろし君が、いつもあたしのこと助けてくれてるんだよね。」
「…」
「ひろし君はそうやってずっとあたしのこと気にかけてくれてたのに、あたしはそれが当たり前みたいに思ってた。
 ひろし君があたしの傍に居てくれること、特別だなんて思ったことなかった。
 …でも、それってすごく幸せなことだったんだわ。」
「…」
僕の心臓の動悸が、どんどん速くなっていく気がする。
「だから、本当にありがとう、なの。そして、ごめんなさい、なんだわ」
「ごめんなさいって…?」
「今まで、ひろし君の優しさに甘えっぱなしだったこと。それを当然と思ってたところ。」
「…」
「あとは、最近ひろし君の前で素直になれなかったところ。
 あたし、急に恥ずかしくなっちゃって。」
「どうして?」
「あの…あのね…」
そう言いながらクッキーの手がぎゅっと僕の服を掴む。
「この間、あたしひろし君を怒らせちゃったでしょ。あの後、ひろし君に会いに行ったとき…」
「ああ…」
僕はあの時クッキーに言った言葉を思い出して赤くなる。我ながら気障なことを言ってしまった…。
「あの時ね、その、あたし、気づいたの。」
「何に?」
「えっと…」
クッキーはそう呟くと僕の方を見上げる。凄く真剣な顔をしている。
さっきはクッキーに目を逸らさないで、って言ったくせに、僕はドキドキして視線をずらしたくなってしまう。
「な…、何…?」
「あたし、ひろし君のことが好きなんだ、って、気づいたの。」



クッキーがそう言った瞬間、僕が感じたのはなぜか、やっぱり…という気持ちだった。
自分でも何考えてんだよ、って突っ込みを入れたくなるんだけど。
クッキーが自分の気持ちを話しだした時から、そう言うんじゃないかっていう予感があった。
変なの。僕って変なの。
変な上に、やっぱり…とかって思ったくせに、格好悪いことにちょっと涙が出そうになった。
「…ありがとう…」
そう、言うのが精一杯だった。喉がカラカラに乾いて、声がかすれていた。


クッキーはにっこり笑う。いつかの、邪悪獣騒ぎの後の時のような、僕の大好きな笑顔で。
「良かった。やっと言えた。良かった…!」
どうしよう。僕は変な安堵感と泣きそうな自分の気持ちを持て余して身動きが取れない。
「えへへ。ひろし君、好きだよ!大好き!」
そんな僕をにっこり笑ったまま見つめて、クッキーは明るく繰り返す。
…やばい!ほんとに、ちょっと泣きそう…。
その時、ようやく電燈が灯った。
それまでロウソクの光に支配されていた空間が、ぽっかりと間が抜けた平坦な光に包まれる。



「「あ」」
僕たちは同時に声を上げる。
「良かったあ〜」
「ほんとだ。」
僕はそう言いながら立ち上がる。
「クッキー、ロウソクを頼んだよ。僕は一応、家電の状態を見てくるから」
「うん」
本当は家電のチェックなんて、大したことじゃないんだけど…。
ちょっと涙目になっているところをクッキーに見られたら恥ずかしいって思ったんだ。
キッチンへ入って、こっそり目元を擦る。
そうだ、折角だからお茶でも淹れよう。
クッキーのために、というよりは自分を落ち着かせるために。


お湯を沸かそうと準備をしていたら、また電話が鳴った。
クッキーが受話器を取る。
「はい、栗木です。」
「はい、はい。ええ。びっくりしちゃった。はい、大丈夫。えへへ、ちょっと泣いちゃった〜。
 でも、ひろし君が居たから大丈夫だった!」
クッキーはすっかり調子を取り戻している。
僕はといえば、クッキーが僕の名前を言っただけでどきっとしてしまう。
ああ、情けない。


…どうやら、電話の相手はまたうちの母さんみたいだった。
「え?…う〜んでも、さすがに悪いし…。はい…。本当にいいんですか?
 はい、…あはは。はい、…」
一体何を話してるんだろう?と思って耳を澄ましていると、
「はい、わかりました。うん、じゃあ今晩はお借りします!うふふ、はい、おやすみなさあい」
そう言ってクッキーが電話を切る。
「うちの母さんから?」
「うん」
クッキーがキッチンのカウンターへやってくる。
お湯が沸いた。
「何だって?」
「あのねえ、」
そう言ってクッキーは僕を見上げる。
上目遣いの、ちょっと悪戯っぽそうな目。
「なに?」
「おばさんが、護衛にひろし君を貸し出しますって言ってくれたから、お借りします!って言っちゃった!」
「えええ〜!?」


思わず、やかんを持つ手が滑る。
がしゃんと音を立てて、やかんが床に転がり、熱湯がこぼれた。
「あ、熱いっ!」「やだ、大変!大丈夫?」
僕はすっかり動転して、急いで布巾でお湯を拭こうとした。
「痛っ!」
「あ!駄目じゃない、火傷するわ!ここはいいから、とりあえずお水で冷やして」
「ご、ごめん…」
「いいから、早く!」
あ〜もう、なんて格好悪いんだろ…。
僕が水道で手を冷やしている間、クッキーは手早く片付けた。
「大丈夫?ちょっと見せて」
そう言ってクッキーは僕の手を取る。
「すぐ冷やしたからどうってことないよ」
「駄目よ。一応、お薬つけときましょ」
クッキーは救急箱を持ってきて、僕の手に薬を擦り込んだ。
なんだか、この間とは全く逆みたいだな。


「ごめん、ごめんよ、クッキー…」
「気にしないで。あたし、ちょっと吃驚させちゃった?」
ちろりと赤い舌を出して、クッキーが聞く。
「あ、当たり前だよ。もう、冗談きついよ…」
そう言うと、クッキーはふふ、と笑って、僕の手をぎゅっと握ると、
「あら、あたし本気だよ?今日はずっと一緒に居てね」
そう可愛く言うのだった。
なんだか、開き直ったクッキーは妙に強気だ。
…くやしいから、僕は思いっきりクッキーを抱きしめてやったんだ。


―これが、僕らが恋人同士になった日の話。


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あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜恥ずかしい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
執筆中は、ひたすらテンションを上げるためにラブソングばかりを聞いていました。
恥ずかしさ、気恥かしさバリバリの少女漫画的ベタ展開ですまんかったです。
もう、限界です。
高森母のこのオセッカイザーっぷりを存分に活用しました。ビバ!両親公認カップル!
この後、朝帰り(!)したひろしは、母親からひやかされまくります。
クッキーは開き直ると強そうだけど、ひろしは純情少年なので、意外にこのカップルはクッキー主導型になるかも?
大体、前置きが長すぎますよね…この話。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。