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僕の手と、君の肩に降る 4

聞かれた途端、あたし、びくっと体を揺らしてしまった気がする。
ついに聞かれたかー、という感じ。
「ええと…」
何って言ったらいいのかわからずに、とりあえずお茶を飲む。
上目遣いでひろし君を見ると、ひろし君は心配そうな顔であたしを見つめていた。
その真剣な表情に、あたしはますます混乱してしまう。
「クッキー。僕、知らない間に何かしてたんだったら、謝るよ。だから、機嫌直してほしい」
…あたし、怒ってるように見えてた?
「お、怒ってなんかないもん…。別に、いつもと同じだよ?」
目をそらしてそう言うと、
「嘘だ。絶対いつもと違うもの。僕にはわかるよ」
と、真面目な声でひろし君が言う。
「ほんとに、機嫌が悪いとか、そんなんじゃないの」
「ほんと?」
「うん…。」
「じゃあ、何なのさ?」
「だから、別に何も…」
「クッキー!」
あたしはまた肩を揺らす。
「クッキー、僕の顔をちゃんと見て。」
おずおずと顔を上げると、ひろし君はちょっと厳しい顔をしている。
「何があったの?僕に言えないこと?」
「そんなことないもん」
「ほら、またそうやってすぐ目を逸らす。最近のクッキーはいつもそうだよ。
 何かあるの?って聞いても、別に、しか言ってくれないし。」
「そ、そんなこと…」
「クッキー。こないだ言ったろ。何でも話してって。…僕ってそんなに頼りない?」
どうしよう。何て言ったらいいのかわからない。でも、もうひろし君は許してくれるつもりがないらしい。
「え、えっと、その…」
あたしは口ごもる。
ひろし君の、痛いほどの視線を感じる。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。


―沈黙。


しんとした室内に、外で降りしきる雨の音が響く。
次第に風も吹いて来たようで、ひゅうひゅうという音が混じる。
遠くで、雷が鳴ったような気がした。



ピーッ、ピーッ、ピーッ。
沈黙を破ったのは、洗面所からの乾燥機の音だった。
「あ…」
カタン、と音を立ててひろし君が立ち上がる。
「あ、あたしやるから…」
「いいよ。僕の服なんだし」
そう言ったひろし君の声は強張っていた。
機嫌を悪くしたらしかった。


着替えを終えたらしいひろし君が、廊下から顔を出す。
「面倒かけちゃったね。着替え、和室に置いといたから。」
「う、うん」
「じゃあ、もう帰るよ」
「ひ、ひろしく…」
「お邪魔しました。ちゃんと戸締まりするんだよ」
そう言ってひろし君がすたすたと玄関の方へ歩いて行く。
どうしよう。怒ったまま帰っちゃう!
「ちょ、ちょっと待って、ひろし君!」
あたしの足はひろし君を追いかけて、あたしの手はひろし君の腕を掴んだ。
「…クッキー?」
ひろし君がそう振り返った瞬間だった。


ピカッと眩しい閃光が玄関を支配した刹那、
…ドォォン!
という激しい音が響く。


「キャーッ!」
あたしは思わずひろし君に抱きついた。
「クッキー、大丈夫だから」
そう言われたけれど、手も足もがくがく震えてしまって止まらない。
「凄い雷だ…近くに落ちたのかな?」
ひろし君が言ったあと、ふっと電気が消える。
「て…停電?」
「やだあ〜こわいよ、ひろし君…」
情けないことに、あたしはちょっと涙声になっている。
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから。」
ひろし君が、あたしの肩をぽんぽんと叩く。
でも、雷は相変わらず鳴り響いて、雨と風の音も大きくなる。
まだ、震えが止まらない。胸がどきどきして、呼吸が速くなる。

「クッキー、懐中電灯はどこ?」
「そ、その棚の…扉の裏に…」
「ちょっと下がるよ。」
きいっという扉が開く音、かちゃっという音がして、廊下に小さな光の円が描かれた。
「ほら。これでちょっとは見えるだろ。」
見上げると、薄暗かったけどひろし君の顔がうっすらと見える。
「…うん」
「大丈夫だよ、クッキー。すぐに電気も戻るさ」
ひろし君はまたあたしの肩を優しく叩いて言う。
「う…うん…。でも、やっぱり怖いよ…」
「電気が戻るまで、一緒にいるから。とりあえず、居間へ行こう」
「うん…」


居間のソファに座ると、ひろし君がロウソクか何か無い?と聞いてきた。
ろうそく…ろうそく…
「そうだ、台所のカウンターの横、引出しの中にあったかも…」
お母さんが最近アロマキャンドルに凝ってるから、結構とってあったはずだ。
「わかった。ちょっとの間、我慢してて?すぐ戻ってくるから」
と、ひろし君が台所へ向かう。
仄かな薄明りの中で、あたしはクッションを抱きしめる。
相変わらず雷鳴は止まない。雨風のざあざあ、ひゅうひゅうという音も。
あたしはすっかり動転して、混乱していた。
だから、ひろし君がお待たせ、と言って戻ってきた時は心底ほっとした。


しゅっとマッチを擦る音のあと、ぼぼ、とロウソクに火が灯る。
ひろし君はいくつものロウソクを持ってきたらしい。
机の上にゆらゆらと明かりが灯って、居間が少し明るくなった。
「電気の光より、ロウソクの方が落ち着く感じがしない?」
そうひろし君が言う。
「う、うん…。」
でもあたしはやっぱりまだ混乱していて、隣に腰かけたひろし君にしがみつく。
「クッキー、大丈夫だよ。大丈夫。」
ひろし君はそう言ってあたしを落ち着かせてくれた。
あたしたちはしばらくそうしていた。



ようやく動悸も治まってきた。
はー。と息をつくと、
「落ち着いた?」
とひろし君が優しく聞いてきた。
「う、うん…」
「何か飲む?お茶でも淹れようか」
そう言われて、つい腕に力が入る。
「ま、まって…もうしばらく、こうしてて…」
声が震えてしまう。
せめて電気が戻るまで。
…あたしってば、本当に弱虫だ…。
「うん。わかった。」
ひろし君はそう呟くと、腕を伸ばして、あたしの肩に手を回した。
ぽんぽんと、またあたしの肩を叩く。
その手はとっても温かくて、大きくて、優しかった。
…肩を叩くのは、小さい頃から、あたしが泣くたびに、ひろし君がしてくれたことだった。
そうされるうちに、いつの間にか悲しい気持ちや、不安な気持ちが軽くなって行くのだ。



ロウソクの炎がゆらゆら揺れる。
その温かい光が、あたしと彼にやさしく降り注ぐ。
雷はどうやらやっと遠ざかってくれたみたいだ。
「…台風の時も怖がってたね、クッキー」
ひろし君がポツリと呟く。
「そう…?」
「ほら、昔幼稚園のお泊まり保育した時。覚えてる?」
頭の中で、ずうっと昔の記憶を呼んでみる。
確かに、台風が近づいて、雨風が強くなっていたような気がする。
周りのみんなも怖がって、先生は宥めるのにてんてこ舞いだった。
あたしはその時も、ひろし君に抱きついて大泣きしてたんだっけ。
「…あの時、僕も本当は怖かったんだ」
「え?」
よく覚えてないけど、確かひろし君は今みたいにあたしを一生懸命励ましてくれてた…。
ははっ、とひろし君は小さく笑う。
「怖かったけど、クッキーがあんまり怖がって泣くから、僕は泣いちゃ行けないと思って必死に我慢してたんだ」
「そ、そうだったの…?」
「だってさ、あのときのクッキー、しゃくりあげて中々落ち着かなくて大変だったんだから。覚えてない?」
「ひ、ひど〜い…」
「クッキーったら、大泣きしてたくせに、あとでころっと寝ちゃったんだもんな。」
「そうだったかなあ〜?よく覚えてないよ〜」
「僕の気も知らないでさ。すやすや寝てたよ」
「もお〜。ひろし君の意地悪〜」
そう言いながら、あたしはぼんやりと昔を思い出す。
小さなころから、ずっとこうしてひろし君はあたしを助けてくれてたんだな…。
「…でも、ありがとう。いつもこうやって、あたしのこと守ってくれて。」
…やっとその言葉が言えた。


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