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僕の手と、君の肩に降る 3

雨の勢いは弱まる様子を見せない。
片手に傘、もう片方の手に袋を持って、クッキーの家へ向かう。
母さんは妙に張り切って大量の弁当を拵えたようで、手にした袋が重たい。
念のため、袋に何十もビニールを掛けておいて良かった。
格好悪いけど、合羽を着てきたおかげでなんとかなってる。
思わぬ偶然から、クッキーに会いに行く口実が出来たことで、僕は内心うきうきしていた。
不謹慎だとはわかっているけれど。
自然と歩く速度も上がってくる。


玄関のドアを開けたクッキーは、僕の姿を見て、たいへん。びしょ濡れじゃない。と言った。
そう言われて、僕は顔や手がびっしょり濡れていることに気づいた。
急いできたせいか、雨は合羽と傘だけで防ぎきれなかったらしい。

「ちょっと待っててね。」
そう言ってクッキーが洗面所へ駈け込んで、バスタオルを持って戻ってきた。
「はい、ちゃんと拭いてね」
「ごめん。ありがと」
荷物にかけていたビニールを玄関先で外し、まとめる。
ハンガーを貸して貰って、合羽を吊るすと、ぽたぽたと滴が垂れた。
「重装備で来たつもりだったんだけどな…」
そう言いながらざっと手や顔を拭くと、クッキーはごめんね。と呟く。
「こんなに雨が降ってるのに、わざわざ来てもらっちゃって。大変だったでしょ?」
「そんなことないよ。気にしないで」
そう言ってタオルを返すと、クッキーはだめ、と言って背伸びをして僕の髪の毛をゴシゴシと拭いた。
「ちゃんと拭いてないじゃない。風邪引くわ」
「あ、ありがと」
「…ふふっ」
クッキーが笑った。
「な、なに?」
「段差があるお陰で、何とかひろし君の頭に手が届くっなて思って」
「…ああ」
「はい、終わり。どうぞ、上がって」
「お邪魔します」


クッキーがお父さんのでも良かったら着てねと言って、着替えを用意してくれたので、和室で着替えさせてもらう。
思ったよりも服や靴下が濡れていて、そのうち乾くからいいよと遠慮したものの、クッキーが頑として許してくれなかったからだ。
濡れた僕の服はざっと洗って乾燥機にかけてもらうことになった。
クッキーが着替え終わった僕の姿を見て、ひろし君やっぱり背が伸びたのね。と言う。
おじさんの服は、それでも袖や裾が余っていたのだけれど。
おじさんは結構背が高い。おばさんは小柄だから、クッキーはおばさんに似たのかな。
…これは、口に出さないけど。
中学に入って、僕の身長はぐんと伸びた。たぶん、160cmはゆうに超えているはずだ。
「クッキーだって伸びたじゃない」
そう言うと、クッキーは頬を膨らませて、
「そうだけど…まわりの人はもっと伸びてるもん。あたし今のクラスでまた一番小さいんだよ」
と言う。
「まわりはまわり。クッキーはクッキーらしく居ればいいじゃない」
そう言うといつもなら何か言い返してくるのに、今日のクッキーはふいっと台所へ向かって行ってしまった。
…今日のクッキーも、やっぱり態度が変だ。



台所では、クッキーがコーヒーを淹れてくれていた。
正直、体が冷えていたので温かい飲み物が体に嬉しい。
僕がコーヒーを飲んでいると、クッキーは弁当の包みを開けて目を丸くする。
重いなとは感じていたけれど、かなりの量だった。
母さんてば、気合い入れすぎだよ…。
いつも学校へ持っていく弁当とは大違いだ。
「すごい。こんなに食べきれるかなあ…」
母さん、本当に僕の分も作っちゃったんだ…。
「ご、ごめんね。母さんたら張り切っちゃったみたいで…」
そう言ったとき、電話が鳴った。
「お母さんかな…」
そう言いながらクッキーが受話器を取る。


「はい栗木です…あ、はい、さっき。…はい。なんだかすいません、こんなにしてもらっちゃって…。
 え? はい、ひろし君びしょ濡れで、はい、今お洋服を乾燥させてるので、それが終わったら…
 はい。…え?そ、それは…ううん、そうじゃないんですけど…」
話しながら、クッキーが困った顔つきになってくる。
電話の主が僕の母さんであることは間違いないようだ。
「クッキー、クッキー。僕の母さんから?」
そう聞くと、クッキーは首を縦に振る。
「何言われたの?…代わって」
クッキーの手から受話器をもぎ取った。


「もしもし、母さん?クッキーに何って言ってるのさ」
「あら、ひろし?別に大したことじゃないわよ〜。ご飯一緒に食べてあげてね、って言ったくらいよ」
母さんの声は明らかに何かをごまかしているようだった。
「ほんとに?」
「いやあね。容子ちゃんに聞いてみればいいじゃない。」
「なんだよ、それ」
「あ、ほら、雨酷くなってきたでしょ、今晩は泊ってきなさいよ。これからますます酷く降るらしいから。それじゃ、しっかりね。」
「ちょ、ちょっと母さん…!」
僕の反論を聞こうともしないで、母さんは一方的に電話を切ってしまった。


はあ〜。全くあの人ってば何考えてるんだろう…。
受話器を置いて振り返ると、クッキーが真っ赤になっている。
「ク、クッキー。ごめん、母さんが何言ったかわかんないけど、気にしないで」
「う、ううん…。」
クッキーは目をそらす。母さん、もしかして僕が泊ってくとか言っちゃったのか?!
「母さん、何か変なこと言ってた?」
「え?…ううん。べ、別に…。そ、そうだテレビでも見る?」
そう言うと、クッキーはリモコンを手にとってTVの電源を入れる。
静かだった室内に、急に賑やかな音が流れた。
その割に、僕らの間にはぎこちない空気が流れる。
それを振り払うかのように、僕らはしばらくめまぐるしく変化するTV画面を見ていた。



…母さんてば。帰ったら文句言ってやる。
ただでさえ、最近の僕に対するクッキーの態度がよそよそしいっていうのに、母さんのせいで余計に気まずくなっちゃったじゃないか。
本当は今日こそクッキーに何かあったのか聞いてみようと思っていたのに、こんな調子じゃぎくしゃくしてしまって無理そうだ。
僕もクッキーも、明らかに互いを気にしながら、でも気にしない風を装っているのがわかる。
時折TVの感想を言ったり、ちいさく笑ったりしながらも、ぎこちない空気は薄れる気配を見せない。
早く僕の服が乾燥してくれれば…。
あんなにクッキーに会うことを楽しみにしていたくせに、今の僕は早く帰りたい気持ちになっている。


とてもひとりじゃたべきれないから。
そうクッキーが言うので、僕らは一緒に弁当を食べることになった。
二人で囲む夕飯の席は、妙に静かだ。
それでも、僕もクッキーもこれ美味しいね、とかどうやって作るのかなとか言いながら夕食の時間をやり過ごした。
さっきから言葉ばっかりが上滑りしている。
クッキーは僕と目を合わせないようにしているし。
食後のお茶を飲みながら、僕は思い切って聞いてみた。
「ねえ、クッキー。最近、なんか様子がおかしいけど、僕何か気に障るような事でもした?」


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