「クッキー,さっきはごめんね,大丈夫だった?」
昇降口で靴を履き替えているクッキーに,飛鳥が声をかける。
「あ,あたしこそごめんね。大したことないから」
ちょろりと舌を出して見上げた額の絆創膏に,飛鳥がそっと触れた。
「…飛鳥くん」
「女の子の顔に怪我なんてさせちゃって。本当にごめんね」
かあ,とちいさな頬が真っ赤に染まり,慌てて一歩退いた。
「う ううん!あたしがドジだからだよ!勝手に転んじゃったんだし」
「でも…」
「今度は失敗しないから!だいじょうぶだからね」
「…うん」
顔を見合せてにっこりと笑った。
予鈴のチャイムが玄関に響く。
「あ,いけない」
「急いで戻ろう」
「うん!」
午後じゅう,ずっと運動場に居たせいだろう,少し眠い。
着替えを済ませた飛鳥は席に着くと,軽く首を回す。
優等生であるからには,居眠りなんてできない。
今日の授業はあと少し。
窓越しに,少し傾きかけた太陽が見える。乾いた風が吹き込んで,飛鳥は乱れた前髪を直した。
パンパン,と手をたたく音がして前を見ると,篠田が「ホームルームを始めるぞ」と大声を上げている。
それまでガヤガヤと騒がしかった教室が,ようやく落ち着きを取り戻す。
今日のホームルームは,少し長引くかもな。
黒板前へ進むマリアと仁の後ろ姿を見送りながら,飛鳥は眠気を振り払う。
「それじゃあ,仁,マリア,あとは任せたぞ」
篠田は二人にそう告げると,自分の椅子へ腰を下ろした。
エヘン,と偉そうに咳をして話しだそうとする仁を遮って,マリアが話し始める。
「では,話し合いを始めます。
このあいだ決まったように,あたしと仁が3組の応援団長をすることになっていますけど,
あたしたち応援団だけで応援の内容を決めちゃうのも寂しいので,
皆さんからアイデアを募集したいと思っています。」
説明を続けるマリアを不満そうに横眼で見ていた仁が,それでも大人しく黒板に『応援アイデア』と書きだす。
なんだかんだ言って,いいコンビだよな,あの二人。
黒板に大きく書かれたへたくそな文字が,なんだか微笑ましい。
陽昇学園の運動会は,クラスごとに色分けしたチームを作り,得点を競い合うことになっている。
そして各クラスから男女2名の応援団員が選出される。
加えて6年生は,チームの代表として男女一人ずつ応援団長を選出するのだ。
すなわち,1年3組から6年3組までをひとチームとし,そのリーダーを仁とマリアが担うわけである。
応援団長はその名の通り応援のリーダーであるが,同時にチームをまとめて団結させる役割もあった。
ライジンオーのメインパイロットである仁は,下級生からの人気も抜群であるうえ,根っからのお祭り好き&熱血という性格もあって,満場一致で選出された(本人が立候補し,その売り込みも大きかったのだが)。
仁を御することができるのはマリアだけ,という理由もあり,リーダーとしての器を買われたマリアもまた,満場一致での選出となったのである。
毎年,応援スタイルは応援団が中心となって考案する。
どんな応援歌を歌うのか,小道具は何を使うのか,など,比較的自由に決めることができるようになっていた。
「はいは〜い」
「あきらくん,どうぞ」
「応援歌はオリジナリティあふれるもので勝負しなきゃだぜ!俺がバリバリパンクなイカした曲を作ってやるぞ!」
「オリジナリティは賛成ですけど,パンクって低学年にわかるんですかね?」
「その場合,伴奏はどうなるんでしょう…」
ひでのりと勉が呟く。
「応援歌って,太鼓とか笛とかでしょ」
「そもそも,パンクロックって応援歌に向いてるの?」
「ノォ〜!なんだよ皆,パンクの良さを分かってねえなあ」
「応援歌だったら,やっぱり地球防衛組応援歌でしょ!」
「あ,そうよね〜」
「あれだったら,皆で盛り上がれるじゃない」
いつの間にやらあきらの提案は流されてしまった。
マリアは黒板に『地球防衛組応援歌』と書き出す。
「ねえねえ,ユニフォームを作るって言うのはどうかなあ?」
クッキーが声を上げた。
「ユニフォームって,どんなものを作るの?」
吼児が聞くと,クッキーはニコニコと微笑みながら続けた。
「いままで,ハチマキくらいしかおそろいの物がなかったでしょ。
体操服とかを改造するのは大変だから,もっと簡単なもので…,そう!バッヂをつけるのはどうかな」
「それだったら作るのも負担にならないわよね」
「付けていても邪魔にはならなさそうだしね」
ゆうとラブが賛成して,クッキーは嬉しそうに笑った。
「一年生の子とかには,一緒に作ってあげたりして。当日だけじゃなくて,準備から一緒にやれたら,もっと楽しそうよね」
美紀も瞳を輝かせた。
「そうよね。各学年の意見も聞いて,デザインを考えたりしても,いいかも」
「いいんじゃないかな。これぞ3組チーム!っていう印になって,まとまれそうだし」
飛鳥とポテトも賛成した。
「なあ,それだったら,どんなデザインに作ればいいかな」
「そうだなあ,こう,強そうな感じでババーンとしたやつ」
「そんな曖昧じゃわかんないわよ」
「やっぱり,自分の好きなデザインでそれぞれ作ればいいんじゃない」
「それじゃなんだかさみしいな」
「まあ,まだバッヂ案が通ったわけでもないし」
「まあね…」
「デザインについては,決まったら考えればいいんじゃないの?」
「でも,できたらお揃いがいいわよね」
マリアはそれらの意見を黒板に書きとめ,
「あたしもバッヂっていいと思う。きっと下級生達も賛成してくれるんじゃないかしら。
じゃあ,うちのクラスからのアイデアはこんな感じで報告するわ。みんなありがとう。さっそく応援団会議で提案してみます。」
と,まとめた。
「とりあえず,俺達3組チームは応援でも優勝を目指す。そこんとこ,よろしくな!」
仁が負けじと声を張り上げ,話し合いはお開きとなった。
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