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そらのしたで >>タワー2

体育委員のラブこと島田愛子が,石灰を入れたライン引きを数個引きずりながら倉庫へ向かう。
「手伝うわ」
ラブの後ろ姿にそう声を掛けて,マリアは彼女の手から一つ取っ手をもぎ取った。
「ありがと,助かるわ」


カラカラと,器械を引きずる音だけが響いた。
「…れいこ,また立てなかったわね」
ぽつりと,ラブが呟く。
マリアははっと顔を上げたが,ふたたび俯くと,「…そうね」と返した。



れいこがタワーの頂上役に決まったときは,本人も喜んでいた。
「体が小さいって言うのも,結構得かもね」
目立てていいなあ,と羨ましがる級友に囲まれ,れいこは恥ずかしそうに,でも嬉しそうにそう言ったものだ。


3組で,タワー頂上役の候補に挙がったのは,小柄で体重の軽いれいこ,クッキー,ひでのりだった。
各クラスで数人ずつ候補を出して,最終的には本人の希望を優先して決定された。
頂上役は,文字通りタワーの頂点に立ち,両手を広げてキメの姿勢を取る。
この姿勢をもってタワーは完成するという,まさにこの技の主役とも呼べる存在であった。


れいこは女の子ながら,その小さな体に似合わずガッツに溢れた熱い性格であり,かつては生身で邪悪獣ハッカルーと肉弾戦を繰り広げた経験もある。
防衛組の面々も,れいこなら大丈夫だ,と応援していた。
そしてれいこ自身,おっかないなぁと言いながらも,立派に頂上で立ちあがっていたのだ。
あの失敗が起こるまでは。


それは3日前の練習のとき,れいこがタワーの頂上に上った瞬間だった。
どこが,何が原因だったのかはわからない。
しかし,タワーの一部がバランスを崩し,その歪みは全体に波及して,これからまさに立ち上がろうとしていたれいこは頭から落ちたのだ。
篠田が超人的な素早さで受け止めたため,れいこは大事に至ることはなかった。
しかし,その失敗が尾を引いて,以来れいこは立ち上がることができなくなった。



れいこが立ち上がれない理由は皆が分かっている。
頭から落ちるなんて経験をした以上,誰もれいこを責めることなどできない。

篠田をはじめ,教師たちは頂上役を別の児童に変更することを何度か彼女に提案した。
ひでのりが,「僕が変わりましょうか?」と申し出たりもした。
しかし,れいこは首を縦には降らなかった。
「絶対,また立てるようにする。あたしが引き受けた役だもん,あたしがやらなきゃ」
本人がそう言う以上,やらせてあげたい。
そう篠田が強く希望したこともあって,れいこは未だ頂上役を続けているのだ。



授業を終えて教室に戻っていく生徒たちに混じって,れいこの小さな背中が見えた。
その傍を,心配そうにゆうが寄り添っている。

「…どうしたらいいのかしら」
マリアが溜息とともに,何度目になるか分からないその言葉を吐き出した。

れいこがやりたいと思っているのだから。
やる気がある以上,諦めろなんて言えない。
そしてこればっかりは,本人が恐怖を克服するしかない。
がんばれって,元気づけることしか,あたしたちには出来ないのかしら。


倉庫に器械を仕舞い終えると,ラブはポン,とマリアの肩を叩く。
「マリアまでそんな顔しないの!さ,急ぎましょ」
そう言って,大きな笑顔を見せた。
マリアは頷くと,つられるようににっこり笑った。

そうよね。
あたしたちこそ元気を出して,れいこを支えてあげなくちゃ!


倉庫を出ると,予鈴のチャイムが鳴った。
2人の少女は教室に向って駆け出していった。


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