最近は,屋上にばかり来ている気がする。
そして,ハラダがこうして昼寝の邪魔をしに来ることも。
「鬱陶しいな。あっち行けよ,屋上は広いんだから」
「あら,クラスメイト同士じゃない。邪険にしないでよ」
どうも自分のペースが出せない。
ハラダはちっとも自分に臆することがない。
それどころか,何を考えているか分からないような,底知れなさがあった。
ウエダはち,と舌打ちする。
「2組は応援バッヂに参加することになったそうよ」
「…」
「うちのクラスにも,下級生から参加したいって希望が来てるらしいわ」
ヨコヤマくんがどうしよう,って頭を抱えてた。
ハラダはそう続けてから,ウエダを見遣ってふふ,と笑う。
「…なんだよ」
「ヨコヤマくんが何で困ってるかって,わかるでしょう?」
「わかんねえよ,そんなこと」
ウエダはごろん,と寝っ転がった。
「好い加減に素直になれば」
「…なんだよ」
「気になるんでしょう,3組のこと」
ハラダはまたふふ,と笑う。
「…そんなわけねえだろ」
「気にならなかったら,何であんなにつっかかろうとするのかしらね」
「……」
「好きな子に意地悪しちゃうのと同じね。子どもみたい」
ウエダはち,と舌打ちする。
「そんなんじゃねえよ」
「じゃあ,なんなの」
「…ただ,気に食わねえだけだよ」
「ふうん」
ハラダは相変わらず微笑んでいる。
「…オレに構うな。放っとけよ」
「それが,そういうわけにもいかないのよね」
「は?」
「あたしもバッヂ作りに賛成だもの」
「……」
「気づいてるんでしょ。他のクラスのみんなが,本当はバッヂ作りに賛成してるってこと」
「……」
「でも,ウエダくんのご機嫌を気にして言い出せずにいるってこと」
「俺が悪者かよ」
「そうね」
あっさりとそう返されてウエダは黙る。
「でももうわかってるんでしょ」
「……」
「本当に子供っぽいことをしてるのが誰かってこともね」
ウエダはち,と舌打ちした。
ハラダが,ふふふと笑った。
1組からも応援バッヂに参加させてほしい,という申し入れがあって,仁とマリアは歓迎の意思を伝えた。
応援団長のヨコヤマは申し訳なさそうに,でも助かったという表情で,「ありがとう」と頭を下げる。
「べつにそんな,大袈裟なことでもないじゃない」
マリアがぱん,とヨコヤマの背中を叩いて朗らかに言うと,ヨコヤマは苦笑しながら,
「うん…。だって僕のクラスの奴ら,最近仁達につっかかってたし…」
という。
「ああ…」
仁はウエダの顔を思い出して,すこし表情を曇らせた。
そう言えば最近,あいつを見かけない。
「ウエダだろ,ごめんな。」
「いいよ,別に」
それに,ウエダだけのために1組の下級生達に冷たい態度を取ることはないしな。
仁がそう言うと,マリアが目を丸くした。
「…なんだよ」
「あんたも大人になったのねえ」
「俺は最初から人間が出来てますから」
「あら,全然気づかなかったわ」
「なんだと!」
目の前で夫婦漫才を始めた2人に向って,ヨコヤマはほっとしたように笑う。
「それにさ,最近ウエダも大人しくなっちゃって。
そのせいで他の奴らは言いたいことが言えるようになったって,ちょっと喜んでたりもするんだよな」
ヨコヤマの発言に,マリアは複雑そうな表情を浮かべた。
「何か有ったの?」
「いや,特に何も…。ウエダも聞かれて答えるような奴じゃないしさ。
でもま,良かったよ。
今回のバッヂの話も,あいつが賛成したからすんなり決まった,って感じだったし」
「へえ…意外だわ…」
「なんか最近,あいつ変なんだよな。黙ってることが多くなったし。
でもまあ,それでも影響力のある奴だから,今回は助かったけどね」
「ふーん」
仁は興味なさそうに,それでも応える。
「あ,ごめん,余計な話だったな。それじゃ,本当にありがとう。
また後で,バッヂの作り方とか教えてくれ。とりあえず,皆に報告してくるから」
そう言って,ヨコヤマは自分のクラスへ戻って行った。
その後ろ姿を見送りながら,マリアは仁をちら,と見てから
「仁…。まだウエダくんのこと,怒ってるの?」
と訊いた。
「別に。興味ねえよ,あんな奴」
仁はそっけない。
「…そう」
マリアはさみしそうに一言漏らした。
急に仲直りなんて,やっぱり虫の良い想像だったか。
そんなことを,思いながら。
「タイ子と中介も,羨ましがっててさ。だから良かったよ」
大介が嬉しそうに言う。あまつさえ仁の手をぎゅ,と握り締めたものだから,仁の両手はしくしくと痛んだ。
「痛てえよ大介。本気出すな」
「ああ,ごめんごめん」
大介の握力は侮れない。
「あいつら,揃って1組だったろ。なら,青色のバッヂかな」
仁がそう言うと,大介はそうだね,とにっこり頷いた。
「二人には,俺のメダルデザインにしとけって,言っとけよな」
「こら,仁!」
横でマリアが頬を膨らませる。
仁はまだ人気一位の座をあきらめていなかった。
<< prev next >>