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そらのしたで >>風が吹いて、1

児童会の打合せもようやく終了した。
ついに明日は本番。当日は児童会メンバーは大忙しとなるだろう。

最上級生の常として,会議室の後片付けと戸じまりを行う。
夕陽が差し込む窓から,涼しい風が吹き込んで心地よい。
名残惜しそうにその風を楽しんでいたひろしに,黒板を消し終わったハラダが名を呼んだ。

「ね,高森君」
「ん?」
そう言って振り返ったひろしに,ハラダはちょっと見せたいものがあるの,と言ってごそごそと何かを取り出した。

「ほら」
「ああ…バッヂ」
そう,と言ってハラダはふふふと笑う。
ハラダの手には青色の,バッヂ。

「うちの下級生達も喜んでたわ。ありがとうね」
「そんな。大したことじゃないよ」
「それでも,皆が嬉しい気持ちになったのは本当だもの」
「…そっか」
ひろしは微笑んで,マリアたちに伝えておくよ,と言った。
「あたしも,嬉しい気持ちになったしね」
「ハラダさんも?」
「そう」

ハラダはメダルをひろしに差し出した。
「…これ」
「高森君のメダルとお揃いよ」
「ふふ,ありがと」
「…バッヂでも,お揃いの物が持てて嬉しいわ」
「それはどうも」

ひろしがそう言うと,ハラダはふふふ,と笑った。

「どうしたの?」
「…高森君らしい」
「?」
ハラダはバッヂを受け取ると,自嘲気味に呟く。
「なかなか気づいてくれないなあ,って」
「?どういうこと?」

「高森君」
ハラダは急に真剣な顔をした。
とまどうひろしに向って,ハラダは言葉を発する。

「あたし,高森君のこと好きなの」

ふわり,とカーテンがふくらんだ。





近所のおともだち(シッポの,だ)にあいさつをして,公園をぬけて,河原沿いの道を行く。

シッポはうきうきと走っている。
ぎう,と自分を引っ張るリードに引きずられるようにして,美紀は夕暮れの陽昇町を駆けた。

連日の練習と準備でへとへとになっている体に,正直つらい道のりだ。

「ね,ちょっと…,シッポ,休憩しよ」
息も絶え絶えになりながら,美紀がシッポに懇願する。
シッポはふりかえり,わん,と鳴いた。

堤防沿いに広がる草はらに,腰を下ろす。
シッポがふんふん,と蟻の行列に近寄った。

「はあ…」
やっと一息ついて,美紀は顔を上げた。
昼間に耳にした,マリアの話を思い出す。



女子トイレの戸口で,美紀は立ち止まったままでいた。
内側から漏れ聞こえてきた,マリアたちの会話が聞こえてきたからだ。


「1組のウエダくん,最近様子がおかしいらしいのよ」
「へえ。でもそれがどうかしたの?」
興味なさそうな,きららの相槌が聞こえる。
「そうよ。マリアちゃん,あのひとに突き飛ばされたじゃない」
「あのことはもういいの。気にしてないわ」
「それじゃ,どうして?」
「うん…1組委員長のヨコヤマ君に聞いたんだけどね,最近ウエダ君,クラスから孤立してるらしいわ」
「ふーん」
ポテトがそう言って,でもあたしたちには関係ないことでしょ,と言う。
「そうかもしれないけど…何だか気になっちゃって」
「いいんじゃないの,ほっとけば。あのひとが関わらなくなったから,他の1組男子は協力してくれるようになったじゃない」
「そうよお。万事OKよお」
「でも…みんなで一緒に楽しみたいじゃない。ウエダ君だけほっておくのって,違うんじゃないかしら…」
「まーったく,マリアってば本当にお人好しなんだから」
「それに,あたしたちが口出しすることでもないでしょ」
「そうだけど…」

それ以上を聞くのを止して,美紀は廊下を歩きだした。
胸が,きしきしと痛んだ。



わんわん,とシッポが鳴いて,美紀ははっと我に返る。
ぐいぐいとリードを引っ張るシッポに,しょうがないわね,しばらく遊んでらっしゃい,と言って,リードを手放した。
シッポは喜んで駆け出す。


最近たーくんに会ってない。
会ったからって,どうすることもないのだけれど…。
美紀はぼす,と音をたてて寝転がる。
美紀の頭上には,茜色の空が広がっている。
自分と空との距離が,あの日よりももっと離れたような気がした。


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