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そらのしたで >>風が吹いて、2

カーテン越しに差し込むオレンジ色の陽光が,ちらちらと床に影を作る。
他には誰もいない会議室に,沈黙が流れた。
ハラダはひろしのほうを見たまま,微笑んでいる。

「僕は…」

ようやく言葉を発したひろしを遮って,ハラダがしゃべり始めた。
「知ってるわ。高森君は栗木さんのこと,好きなんでしょ」
そう言われて,ひろしの頬が赤く染まる。
再び黙ったひろしを見ながら,ハラダはまた,ふふっ,と笑った。

「でもね,それって錯覚じゃないのかしら」
「…錯覚…?」

風が,ハラダの長い髪を揺らした。

「栗木さん,幼馴染なんですってね」
「……」
「高森君は,栗木さんを幼馴染として好きだと思っているんじゃないの?」
「……それは,ちがうよ」
静かだが力強く言葉を発したひろしを見て,ハラダは表情を硬くする。

「僕は,クッキーのこと,幼馴染だから好きになったわけじゃない。」
「…そう」
「……」
「でも」
「?」
「でも,栗木さんのほうはどうなのかしら」
「……」

ハラダの表情は再び和らいだ。
和らいだように,見せているだけかもしれないけれど。


―あたしたち,ずっとおさななじみのままでいられるよね?―


こちらを見上げそう聞いた,クッキーの真剣なまなざしが浮かんだ。
そのまま黙ってしまったひろしに向って,ハラダは言葉をつづけた。

「栗木さんのほうは,幼馴染だから一緒に居るように見えるけど」
「……」
「でも幼馴染って,このままずっと同じような関係でいられるのかしらね」

…それは,わからない。
答えを出すことなんて,できない。


ハラダはふっと笑った。

「いいの。すぐに答えをくれなんて,思ってないから」
「……」
「でもあたしの気持ちだけは,知っておいて欲しかったの」
そう言って,ハラダはバッヂを大事そうに仕舞った。
「それじゃ,お疲れ様。」

ハラダが会議室から出て行ったあとも,ひろしはしばらく動けなかった。





ひろしくん,遅いなあ。
まだ会議やってるのかなあ。

昇降口の大きな窓に背を預けながら,クッキーは何とはなしに靴先で床を引っ掻いた。
下校時刻も迫った校内は人もまばらだ。

会議が終わった後,時間があったら付き合うよ。
そう言われたから,こうやってずっと待ってるのに。

でも,もう練習する時間はないかなあ。
そんなことを考えていると,誰かが靴を履き替えている音がする。

「ひろしくん?」
思わずそう声をかけると,靴箱の陰にいた人物が姿を現した。
1組のハラダだった。

「あ…ごめんなさい」
間違いをわびると,ハラダはふふふと笑う。
「高森君を待ってるの?」
こくん,と頷くクッキーを見て,ハラダはまた微笑んだ。
綺麗な子。
さらさらと揺れる長い髪に見惚れる。
背も高くて,大人っぽい。いいなあ。

そんなことをぼんやりと思っていると,ハラダが,
「栗木さんは高森君と幼馴染なんですってね」
と言う。
「うん,そうだよ」
「いいわね,6年になっても仲良しで。」
「そうかな」
「ええ」
ハラダは肩にかかった髪をさら,と払う。
「でも,幼馴染だからって,いつまでも一緒に居られるわけ,ないわよね」
「…え?」
「あたしたち,これからどんどん成長していくんだし。
そしたら,もっと外の世界に目を向けたくなるはずだもの」
「……」
「そうするべきなんだわ。そして,その方が自然で,必要なことなのよ」
「…そうなの?」
「そうよ。」
きっぱりと言ってハラダは微笑んだ。
そして,栗木さんにとっても,高森君にとってもね。と続けた。

ふたりの長い影が床に伸びていた。


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