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そらのしたで >>風が吹いて、3

昇降口には,もう誰もいなかった。
やっぱり,帰っちゃったか。

僕はのろのろと靴を履き替える。
下校時間を知らせる音楽も,さっき鳴り止んだ。

僕は少しほっとしていた。
このままクッキーに会ったとしても,いつもと同じように振る舞えるか心配だったから。




成長する。
外の世界に目を向けるべき。

このままでいちゃ,いけないのかな。

夕陽が真っ赤に燃えている。

ひろしくんが黙っていた理由は,そういうことだったのかな。
いつまでも,頼っていちゃダメってことかな。
幼馴染のままでいられなくなるってことなんだろうか。

ぼーっと,とりとめもなくいろんな思いがあたしの中をぐるぐると回った。

どん,と衝撃が来て,不意を突かれたあたしは転がる。
ランドセルを背負っていたおかげで,大した痛みはなかった。
目を開けると,大きなまん丸の瞳にぶつかった。

「…シッポ!」
ハッハッ,と舌を出して興奮しているシッポに乗りかかられて,あたしは起き上がることが出来ない。
そもそも,ランドセルが邪魔でうまく体を起こせないのだ。
「シッポ,とりあえず,どいて」
そう頼んだものの,あたしは美紀ちゃんじゃないからか,シッポはどこうとしてくれない。
「も〜シッポってば…」
そうい言いながらシッポをどかそうとおもったら,大きな手が伸びてきて,あたしよりも先にシッポの体を持ち上げた。


「ほら」
そのひとはシッポのリードを掴むと,あたしに向って手を差し出した。
ウエダくんだった。

「…あ,ありがと…」
ぐいっと手を引かれて,あたしはようやく立ち上がった。
ぱんぱん,と服をはたいているあたしに向って,ウエダくんが,
「まったく,ぼーっと歩いてっからそんなことになるんだよ」
と溜息を吐いた。

なんだか,今日のウエダくんはいつもと違うみたい。
そう思えたからだろうか,あたしはつい気が大きくなった。

「ねえウエダくん」
「なんだよ」
シッポはすりすりとウエダくんの足にじゃれついている。

「美紀ちゃんと仲直りしないの?」
ぐ,とウエダくんの顔が歪んだ。
「……余計なこと聞くな」
「だって,あれから美紀ちゃん元気ないもの」
「……」
「ウエダくんは,どうして美紀ちゃんに辛く当たるの」
「…別に普通だ」
「そうかな」
「そうだよ」

ふうん。
あたしはそう言ってシッポを見つめる。

…じゃあどうして,そんな悲しそうな顔をしているの?



あたしはウエダくんを見上げた。
「ねえ」
「…今度はなんだよ」
「どうして,いつまでも仲良しでいちゃ駄目なんだろ」
「…なんだ,突然」

夕陽を背にして,ウエダくんの顔はよく見えない。

「ウエダくんは,美紀ちゃんのこと嫌いになったの?」
「……」
「幼馴染じゃなくなったから,もう仲良くしないの?」
「そんなこと聞くな」
「…だって」

シッポがわん,と鳴く。
「だって,わかんないんだもん」

自分の気持ちだって,こんなにわかんない。
あたしは,どうしたいと思ってるのか。

あたしはしゃがんで,シッポの頭を撫でた。
シッポは気持ちよさそうに目を閉じている。

「そんなの,自分で考えろ」
「…そっか。…そうだよね」
じゃあ。
じゃあウエダくんは,どうしたいの?


ウエダくんは答えなかった。
そのまま,あたしにリードを預けて,あいつに返しとけよ,とだけ言った。




冷えた空気を感じて目を開けると,太陽はもう沈みきろうかというところだった。
少しうとうとしてしまったらしい。
あたしは慌てて体を起こして,シッポを探した。
もう帰らないと,お母さんが心配する。
「シッポー!」
大声を出すと,かすかに,わんわん,と鳴く声が聞こえた。
あたしは立ち上がり,スカートの皺を伸ばした。


「美紀ちゃーん」
シッポに引きずられるようにしてこちらへ向かってきたのは,クッキーだった。
ランドセルを背負っているのを見ると,まだ下校途中だったのかな。

はあはあ,と肩で息をして,クッキーははい,とリードを渡してくれた。
「ありがと」
ちょっと居眠りしちゃってさ。
そう言うと,クッキーはそうだったの。とにっこり笑う。
「あたしさっきウエダくんに会ったよ」
「…え」
「シッポに抱きつかれて困ってたら,助けてくれたの」
「…そう」
「ウエダくんって,見かけと違って結構優しいのね」
そうなんだ。たーくんって,結構優しい。ぶっきらぼうだけど。
「でも,元気なかった」
「……」
「美紀ちゃんも,同じ」
「……クッキー」
「ふたりとも,元気がないなんて,さみしいな」

ざあ,と風が吹いて,枯れ草を揺らした。


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