back to MAIN  >>  ss top
そらのしたで >>空の下で1

「えー本日は,雲ひとつない晴天に恵まれ…」
挨拶を述べる矢沢校長の,定石通りの文句のほとんどを,子どもたちは気もそぞろに聞き流していた。
運動会,当日。
矢沢の言葉通り,空は高く澄んでいた。
朝の少々冷えを含んだ風が,体操着の裾を揺らす。
クラス別に分かれたチームが,一年を筆頭に列を作り入場すると,応援に駆け付けた父兄たちが一斉に拍手を送り,カメラを構えた。

子どもたちの胸には,バッヂが光る。
1組は,青。
2組は,白。
3組は,赤。
ハチマキ色とコーディネートされたそれらは,デザインこそさまざまであったが,どれも誇らしげに輝いていた。

「せんせ」
開会式が終わり,それぞれの応援席に子どもたちを誘導し終えた篠田の袖を,仁が掴んだ。
「どうした,仁」
振り返ると,仁の隣にはマリアも立っており,二人して篠田を見上げている。
「せんせにもやるよ,ほら」
ぶっきらぼうな口調ではあったが,嬉しくてたまらないといった表情で仁がポケットから何かを取り出した。
「…これは」
赤の台紙に載せられた,黄色に輝く丸いメダル。
「バッヂじゃないか…これを,俺のために?」
そう!と二人の子どもは頷く。
「先生だってあたしたち地球防衛組の仲間なんですから。付けて戴かないと!」
マリアがにっこりと笑ってそう言った。
「ま,先生にはとーぜん,この日向仁モデルってことで。結構うまく出来てるだろ?」

仁に手渡されたメダルを受け取りながら,篠田は目頭が熱くなるのを感じていた。
「お前ら…ありがとな。先生は,うれしい!」
「やーだなぁせんせ!いい大人が泣くなよ」
茶化しながらも,仁は嬉しそうだ。
「それからね,先生」
そう言って,マリアがもうひとつバッヂを差し出す。
「これは,姫木先生の分です。あたしたちこれから忙しいから,先生から渡しておいて下さいね」
「俺達が気ぃ使ったんだから,うまくやれよな,せんせ」
鼻の下を擦りながら仁がそう言うのを,篠田はたはは,と苦笑しながら見下ろした。


教職員用のテントへ戻ると,同僚たちの胸にもそれぞれバッヂが付けられていた。
「皆さんも?」
篠田がバッヂを指さしながらそう言うと,同僚らは恥ずかしそうに,でも嬉しそうに頷く。
「ほっほっほっ。みな優しい子どもたちじゃよ」
そう言う矢沢の胸にも,バッヂが輝いていた。


…あいつら,結局まわりのみんなを巻きこみやがった。

篠田はテントの陰から,3組の席を見遣る。
1番目の競技が始まって,仁とマリアは早速応援団を率いて盛り上がっていた。


いつも周りを巻きこんで,そして笑顔にしてしまう。
まだまだ小さな子どもたちだと思っていたのに,いつのまにこんな成長したんだろう。
あいつらは,俺達大人なんかよりずっと,大切なことを分かってるのかもしれない。

篠田はふ,とゆるんだ表情をひきしめる。
これから救護所に詰めている姫木のもとへ,自慢の教え子からのプレゼントを渡しに行くつもりだった。



大介が大旗を力強く振る。
ばさばさと音をたてて翻った布地には,大きな地球防衛組のマークが描かれている。
忙しい準備の合間を縫って,3組全員で制作したのだ。
「次は三三七拍子いくぜぇ!」
仁の掛け声に合わせて,太鼓と呼子笛が鳴らされる。

現在の競技は,2年生による玉入れ。
ゆうは力いっぱい手を叩く。
大好きな妹に,この音が届くことを願いながら。


「次は,5年生によるダルマ競争で〜す!」
マイクに向かってプログラムを読みあげた。
きららの脳裏には,去年の運動会の光景がよみがえる。
あれからもう一年も経っちゃったんだ。なんだかあっという間だな。
無意識にひでのりの姿を探した。
あのとき共にレースを闘った仲間は,前よりもっといきいきとした表情で審判をやっている。

あの日のことも,この日のことも,あたし絶対覚えとく。
だから今,しっかり両目を開けて,全てをこの目に焼き付けておくんだ。
きららはに,と笑って実況に集中した。


<< prev next >>
back to MAIN  >>  ss top