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そらのしたで >>空の下で2

4年生による綱引きはトーナメント戦で行われたが,残念なことに3組チームは負けてしまった。
ああ〜と落胆の声が上がる。
3組チームの応援席は,広がった点差を気にする声や,ヤジを飛ばす声,このあとの競技に対する不安などでざわめいた。

雰囲気が悪くなってきたみたい…
マリアはいちはやく察知して,応援席の前に進み出ようとした。


たん


宙に舞う少年の髪が,陽の光を受けてきらきらと輝く。

その瞬間,応援席は静まり返った。


鮮やかに着地を決めた仁に,周りから一斉に歓声が起こった。

「なんのなんの。みんな,まだまだこれからだよな!」
仁が大声で呼びかけると,おう!と揃った声が返される。


「…仁ったら」

マリアは自分の顔がにんまりと緩むのを止められなかった。
その横にいつの間にか立っていた飛鳥が,
「あいつ,すごいよな」
と言う。
「飛鳥君」
「あいつ,多分何にも計算してないぜ」
「計算?」
「何にも考えないで,あれだけの人を惹き付けて空気を変えられるって,才能だよな」
「…そうね」

とてもあたしじゃ敵わない。
仁が持つパワーは天性のものだ,と思う。
まわりのすべてを捕らえて,離さない。
まるで,強烈な陽光を放つ夏の太陽のように。
自分と同じように,仁から目をそらせない人間は,ますます増えていくのだろう。

そんなことを考えていたマリアに向って,飛鳥はにこ,と笑う。
「マリアが焦ることはないさ」
「え?」
「マリアはマリアらしくしてればいいんだ。」
「…」
飛鳥は何も言わずにとっておきのウインクをしてみせる。
「…ありがと」
「ほら,行ってきなよ」
飛鳥はマリアの背中をぽんと押す。
マリアは仁の傍へ駆け寄り,大きな声で「みんな,地球防衛組応援歌いくわよ!」と呼びかけた。
盛り上がる応援席の横で,飛鳥は心の中で一人ごちた。

お前ら,良く似てるよ。


応援席から少し離れた鉄棒の脇にもたれて,ウエダは空を見上げる。
なんだかんだ言って,クラスの奴らはみな盛り上がっている。
胸に揃いのバッヂをくっつけて。


いいよな,単純な奴らは。

そう心の中で毒づくと,ウエダはふ,と目を閉じた。


「お兄ちゃん」
下のほうから声がして,ウエダは目を開けた。
いつかの2年生がふたり,並んで自分を見上げていた。

「…なんだよ」
「あのっ」
ウエダの低い声にからだをびくっとさせながらも,洋一は言葉を続ける。
「ありがとうございました」
「…?」
洋一の隣で同じようにお辞儀をしたあやが,
「お兄ちゃんがバッヂを作ろうって言ってくれた,ってききました。
あたしたち本当にうれしかったの。」
「だから,お兄ちゃんにお礼を言おうと思って」
そう言ってまた揃って頭を下げるのを見て,
「…お礼を言われる筋合いはねえよ」
と,ぼそりと言う。
「すじあい?」
きょとんとした洋一に,ウエダは大したことじゃねえよと言ってやる。
「でもね,お兄ちゃんにありがとうを言いたかったの」
あやが繰り返す横で,洋一が
「…あれ?」
と目を丸くする。
「よういちくん,どうしたの?」
「…お兄ちゃん,なんでバッヂを付けてないの」

洋一が言ったとおり,ウエダはバッヂを付けてなかった。
「…俺はいいんだよ」
「どうして?」
「…興味がねえだけだよ」
「でもお兄ちゃんが」
「いいから!お前らはやく席に戻れ。」
洋一がなおも問おうとするのを,ウエダは強引に遮った。
ウエダの迫力に気圧されたのだろう,二人の下級生は,気になるといった表情をしながらも戻っていく。


ちょっと可哀想だったろうか
ちらとそんな考えが浮かんだが,ウエダは首を振った。
そういうのは自分に似合わない。



「…あんな言い方しなくても,いいんじゃないの」

声がして,は,と顔を上げる。

「…美紀」
「あの子たち,折角慕ってくれてるのに」
「……何の用だよ」


つ,と美紀が何かを差し出した。

「なんだよ,これ」
「見ればわかるでしょ。一人だけ付けてないなんて仲間外れみたいでいやじゃない。」
「…俺は仲間になんてなりたくない」

吐き捨てるようにそう言うと,美紀はくしゃりと笑う。

「…嘘つき」
「…なっ…!」
「いつまでも意地はってないで,好い加減,素直になりなさいよ」

ぐい,と美紀がバッヂをウエダにつきつける。

「俺はいらねえんだよ」


ウエダがバッヂを持った美紀の腕を掴んだ。
力の強さに,美紀の顔が歪む。
しかし美紀は,退かなかった。


「あたしが,付けてほしいの。」
「……」
「あたしたち,今日が小学校で最後の運動会だよ?
 もう二度とこの日はやってこない。
 だからこそ,精一杯楽しみたい。
 あたしだけじゃない,たーくんも一緒に,楽しんでほしいの」
「…俺のことをたーく」
「呼ぶわ。…あたしはやっぱり,たーくんの幼馴染だもの。
 たーくんが厭でも,あたしには大事な幼馴染だわ。
 だから,いつまでもそんな顔をしてほしくない」
「…そんな顔…?」
「自分では,気づいてなかった?」
「……」
美紀はにっこり笑った。
そして,人差し指で自分の眉間をつ,と指さして「しわ」と言った。

気が抜けた。
ふ,と体が軽くなったような,そんな気がした。


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