back to MAIN  >>  ss top
そらのしたで >>空の下で3

昼休憩の時間,弁当もそこそこに運営テントでプログラム進行の確認作業を行うひろしのそばへ,ハラダがやって来た。
「高森君,3年のダンス開始時刻,5分修正が入るから」
「了解」
きびきびとプログラムへ変更点を書き添えるひろしの手元を,ハラダがじっと見つめる。

もうすこし,昨日のことを気にするようなそぶりを見せてくれたっていいのに。

「放送席へ行って,このプリントを渡して変更点を知らせておいてくれる?」
ひろしが振り返り,ハラダへプリントを差し出した。
「…わかったわ」

プリントを手にしたハラダが行ってしまうと,ひろしはふ,と肩の力を抜く。
昨日の今日で,ハラダに顔を合わせるのは少し気まずい。
しかし,そのせいで仕事を滞らせることはできない。


ひろしは昨晩,よく眠れなかった。
ハラダに告げられたことが,頭の中でぐるぐるとまわって寝付けなかったのだ。
自分のことが好きだと言ったハラダの言葉。
そして,クッキーが自分を幼馴染としか思っていない,ということ。




さきほどまで一緒に居たクッキーの笑顔が,ひろしの目に焼き付いて離れなかった。

ひろしとクッキーの両親は隣同士の場所に座っており,当然ながら弁当はクッキーと共に食べた。

甘い卵焼きを頬張ってにこにこわらう顔。
小さく刻まれたセロリを上手によけてるところを見つかって怒られてるところ。
ひろしの母が毎年用意するはちみつとレモンの特製ジュースをふたりで飲むこと。

毎年のように繰り返されたその光景。
こうして家族ぐるみで付き合っているのも,おさななじみだから。

おさななじみだから…。
だから,あのこは僕と一緒に居る。


「ひろしくん,なんか元気ないけど,だいじょうぶ?」
おにぎりを手にしたクッキーが心配そうにひろしに声をかけてきたときも,ひろしは心配ないよ,と告げた。



9月の初めに起こった邪悪獣騒ぎの一件で,ひろしがクッキーに想いを告げてから1か月程が過ぎた。
結局,それ以降もクッキーのひろしに対する態度は変わらない。
以前と同じようにひろしに頼ってくるし,共に登下校をするのも深い意味があってのことでもない。
何も変わらない日々が続いている。
何も。

嫌われているわけではない。
好きだという想いを鬱陶しがられているわけでもない。
ただ,変化が無かった。
あの日の告白だけが,まるで無かったことのようにされている。


それは自分でもわかっていたこと。
ただ,気にしないようにしていただけだ。
その事実と向き合わないようにしてきたのだ。

向きあったらどんな気持ちになるかなんて,それこそわかりきっていたことだから。


…脈は,ないということ。

あきらめるしか,ないのだろうか。

あきらめることが,できるのだろうか。

僕は,この場所から動けないのだろうか。

ただのおさななじみというこの場所から。



「高森,どうした,気分でも悪いのか?」
ぼおっとしていたのだろう,6年の学年主任から肩をたたかれ,ひろしははっとする。
「い,いえ。大丈夫です」
「そうか?」
お前顔が青いぞ,疲れてるんじゃないのか,と心配され,ひろしは無理に笑顔を作った。
「大丈夫ですって。」
「本当か?ま,無理はするなよ。最後のフォークダンスの入場順の指示を,各チームに回してほしいんだが」
そう言って渡されたプリントを確認して,ひろしは「わかりました」と答えた。


僕はどうしたいのか。

―ひろしくん,お願いがあるんだけど―

僕はどうするべきなのか。


ひろしはプリントを手にすると,テントを出て行った。


<< prev next >>
back to MAIN  >>  ss top