「なんだよ結局今年も仁に勝てずじまいかよ」
退場しながら谷口がぼやく。
「…負けなかったけど勝てなかったってのも悔しいぜ」
その横でしぶい表情を浮かべた仁が呟いた。
アンカー決戦は2組3組がほぼ同時ゴールという結果に終わり,すなわち決着がつかなかったのであった。
「…でも総合優勝こそは俺らがいただく」
「それはこっちの台詞だ」
そう言い合う仁と谷口の後ろで,マリアは呆れたような表情をしながら,
やっぱり双子みたいだわ。
と思った。
「大丈夫?!」
応援席へ戻ろうとしたウエダに美紀が走り寄った。
「はやく救護所へいかなくちゃ」
「大したことねえよ」
そう言ったウエダを見上げて,
「でも,バイ菌入ると大変だし,やっぱり手当てしなくちゃ駄目よ」
と美紀は続ける。
「…相変わらずだな,美紀は」
「え?」
「そうやってすぐ心配するところとか,昔からそのまんまだ」
くしゃりと笑ったその表情は,それこそ美紀にとって昔から見慣れたウエダだった。
「たーくん」
「…ありがとな」
「え?」
「…なんでもねえよ。じゃ,ちょっくら行ってくるわ」
そう言って背を向け,救護所の方向へと歩き出すウエダを見送りながら美紀は微笑んだ。
少し素直に振る舞えないところも,でも大事なことはちゃんと口にする正直さも。
あたしの知ってるたーくんだ。
「美紀ぃ〜」「美紀ちゃーん」
応援席からラブとクッキーが手を振る。
「次の演目が始まるわよ!」
「うん,今行く!」
美紀はラブに向って大声でそう答えた。
クッキーはにっこり,笑う。
組体操本番。
篠田の笛に合わせて,子どもたちは次々と技を決めていく。
そのたびに,観客席からは大きな拍手と歓声が上がった。
そしてついに,クライマックスがやってきた。
合図を受けて,れいこは土台の前に進み出る。
土台役のメンバーが,みなれいこの方を向いた。
れいこはひとつ,こく,と頷く。
土台が立ち上がる。
一段,二段,三段,四段。
篠田はひとつ息を吐くと,ぐ,と腹に力を込めた。
(れいこ,がんばれ)
そう心の中で唱えると,ピー,とひときわ大きな音を響かせる。
れいこはゆっくりと,しっかりと立ち上がる。
何も怖くない。
あたしには,皆が居てくれる。
皆が,支えてくれる。
あたしの上には空が広がっている。
雲ひとつない,真っ青な空が。
高い高い空が。
でももうあたしはその世界を知っている。
―だからもう,怖くない。
膝を伸ばす。
両手を広げる。
背筋を伸ばす。
胸を張る。
そして,す,と上を向いた。
見上げた先は,青だった。
果てしなく広がる,空。
そのとき,れいこは他の誰よりも近くに,空を感じた。
大きな拍手が起こった。
篠田が笛で合図をする。
その目はうっすらと涙に滲んでいた。
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