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夏の魔物 >>泡沫

すんすん,と鼻をすすりあげながら,ちいさなあたしは泣きやもうとしていました。
ただ,どうしても涙が止まってくれなくて,あたしはますます悲しい気持ちになりました。
止めようと思ってもうまくできなくて,余計にしゃくり上げてしまいます。

そんなあたしを,周りの子たちは赤ちゃんみたいだと囃したてました。
あたしは確かに小さいし,自分で自分をコントロールできないんです。
だけど,赤ちゃんみたいって言われると傷つきます。

周りの子たちが囃したてる声が,次第に大きくなってあたしを取り囲みました。
あたしはどんどん怖くなって,余計に涙がぽろぽろと毀れてきてしまいました。
いやだ,いやだ,やめて,やめて。

耳を塞いでも,その声はどんどん大きくなりました。
声とともに,その子たちの姿が黒くぶよぶよとした生き物に変わって行きました。
あたしは真っ暗などこかにいて,その生き物にじわじわと追い込まれていくのです。

いやだ,いやだ。こないで,こないで。
あたしは泣きながらそう頼むのに,黒い生き物はわんわんと大きな音を立てて迫ってきます。
いやだ。いやだ。たすけて,たすけて!

クッキー!

名前を呼ばれて,あたしは思わず顔を上げました。
遠くがぼわっと明るくなって,そこからひろしくんが駆けてきました。
ひろしくん!

ひろしくんも小さなからだをしていました。
でもひろしくんがやってくると,あたしの周りにいた黒くてぶよぶよした生き物はさーっと小さくなって行きました。
あんなに五月蠅かった声も,途端にぴたりと止みました。

お前ら!やめろよ!クッキーをいじめるやつは,ゆるさないぞ!
小さなひろしくんは,怒った顔をして周りの子たちに向かって言いました。
周りの子たちは,ぶつぶつと何かを言いながら,それでも離れて行きました。

怒った顔のままそれを見送っていたひろしくんですが,ふいっとあたしの方を向いたときは,優しく笑っていました。
クッキー,大丈夫?
その顔を見て,あたしはすっと心が軽くなりました。

また涙がぽろぽろ落ちました。
でもこれは怖くて泣いてるのではないのです。
そして,小さいひろしくんもそれは良くわかっているのです。

あたしがちゃんと泣き終わるまで,ひろしくんはぽんぽんとあたしの肩をたたきました。
いつも,そうしてくれるのです。
そうすると,あたしは,どんどんこころが落ち着いていくのです。

最後の涙がぽろっと落ちて,あたしはようやくほっとしました。
ひろしくんが笑って,額をこつんとくっつけてきました。
すぐ近くにひろしくんの顔があって,あたしはにっこり笑いました。

くっついたおでこが何だか温かくて,あたしは嬉しくなりました。
もう大丈夫。クッキーは大丈夫。
小さいひろしくんがおまじないの様にそう言います。


もう,大丈夫だよね?
うん。
うん。ひろしくん。ありがとう。



そこで目が覚めた。

ばさっと何か音がしたけど,あたしは一瞬よくわからなかった。
目をこすって音の在り処を探したら,ひろしくんが焦った様子で何かを拾い上げているのが見えた。
ひろしくんの手にあったのは,あたしの日記帳だった。


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