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夏の魔物 >>陽炎

あまりの暑さに,くらくらきた。
制服には帽子は似合わないからと,被ってこなかった朝の自分を恨めしく思いながら,歩を進める。
五日だ。
彼女の顔を見なくなってから,五日。

ちょっとした行き違いが,大きな誤解を生んで,それが彼女を怒らせてしまってから,もう五日も経っている。
部活ではちらりと姿を見かけるが,お互いに喋るような暇はない。
となると,行き帰り(これまでだったら当然のように,一緒にしていた)に声をかけようとしたのだが,彼女は風のように姿を消した。
相当,怒っているのだろう。

彼女の怒りは,尤もである。
自分の日記帳を読まれたら,誰だって傷つくだろう。
それが,自分の恋人であったら,なおさら。

人の日記を盗み読むことは,人の心を勝手に覗くようなものだ,とひろしは思う。
そういう行いは,非難されて当然だ。
だから,ひろしはそういう真似はしない。

つまりは誤解なのだ。
日記帳はたまたま落ちたのを拾っただけで,中身はちらりとも見ていない。

固く閉ざされたクッキーの自室の扉に向かって何度も説明したのだが,相手は聞く耳を持ってはくれなかった。
まさに天岩戸のようであった。

ちゃんと説明すれば,わかってくれるだろうと思っている。
相手が冷静になってくれれば。
そう思って,彼女を訪ねては断られ,の繰り返しだった。


ただ…ただ,全てを説明することが出来るのだろうか,と不安に思う。
彼女がちゃんと聞いてくれたとしても。
彼女が納得いくように,順序だって経緯を説明しようにも。
全ての事の次第を,ありのままに語ることが,果たして自分にできるのだろうか?


一昨日は夕方,まるでスコールのように激しく雨が降ったのに,それが嘘だったかのような快晴があれからまた続いている。
蝉が大きな声で鳴いていて,まだまだ暑い日が続きそうだと,ひろしは思った。

川沿いの道から,商店街に向かう道路に入る。
アスファルトからゆらゆらと陽炎が立ち上る。
ああ,多分僕は暑さにやられたに違いない。

五日前も,同じようにくらくらとしたんだ。
カーテン越しに日差しが差し込んで。
低く唸り声をあげる扇風機の音と。
窓越しに響く蝉の声がうるさくて。

―あの日僕は確かに魔物に遭った。


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