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夏の魔物 >>簾

「お〜,だいじょうぶかぁ?」
「仁,大きな声出すなって」
「はいこれ,お見舞い」

ベッド越しに並んだ友人の顔を見て,ひろしは微笑む。
「なに,日射病?」
「夏バテだろ,この時期いつもそうじゃん」
「あれ,飛鳥君,前もそれ言ってたっけ?」
「え?そうだったかな〜」
「お前らだって煩くしてるじゃん」
「仁の声は特別大きいんだよ」
「そんなことねえよ」
「はいはい二人とも〜」
言いあいを始めた飛鳥と仁の間に割り入った吼児が,しいっと言いながら,人差し指を唇にあててみせる。
「…すまね」
「…悪い」

「いいよ気にしないで。もうそんなに悪くないんだ」
「そうなの?」
それでも心配そうな表情をする吼児に向かって,ひろしはもう一度微笑んで見せる。
「そう。飛鳥の言うとおり,ただの夏バテ。あとはちょっと日差しにやられちゃったかな。でもゆっくり眠ったら調子戻ってきたし」
「良かったぁ〜」
ひろしはそのまま起き上がり,ベッドの端に腰かける。
「三人とも,わざわざありがとな。」
「いいってことよ」
「ま,大事なくて良かったよ」
「こないだお邪魔した時も,ちょっと元気なかったから心配だったけど…。治ったならいいんだ」
ホッとしたように吼児が言う横で,飛鳥が目を丸くする。
「なに,そんな前から?お目付役は煩くなかったのか?」

「…お目付役?」
「なんだそれ」
飛鳥に負けないくらいに目を丸くした二人を余所に,飛鳥はひろしに向かって小さくウインクしてみせた。
「…うげ。こいつ男に向かってウインクしてやがる」
「もてる男は違うんだねえ〜」
どこかずれた感想を漏らす二人に,飛鳥は余裕綽々と言った様子でふふんと笑った。
「ひろしには怖いお目付役がいるからね」
「ちょっと飛鳥」
「え〜誰?」
「ちょっと考えれば思い当たるよ」
「勿体ぶらないで教えろよ」
「飛鳥いいからそんなこと」
焦って止めようとするひろしに「照れるなよ」と返してから,飛鳥は仁に向かって「お前にも居るだろ」と言う。
「オレにも?…って…ああ…」
思い当たったらしく,そしてついでに彼の“お目付役”に何か手厳しいことを言われたことまで思い出したらしい仁が,微妙な表情をした。
その横で,吼児が,小さく「ああ!」と手を叩いた。

「それで,そのお目付役は元気?」
休み中だから学校で会わないしさ,と付け足しながら飛鳥がひろしに問いかけた。
「…さあ。…多分元気なんじゃないかな」
力なくそう返したひろしに向かって,吼児が小さく「もしかして,ケンカでもした?」と聞いた。
「……まあ,そんなとこ?」
「なんだよ,またクッキーのわがままかぁ?」
「仁君,その言い方はちょっと…」
「え〜だって大体こいつらの喧嘩ってそうじゃん」
「で,どうなの」
鋭く突っ込んでくる飛鳥に,さっきまでさんざん病人扱いしていたのが嘘みたいだなあと,ぼんやりひろしは思う。
「ひろし?」
そう,重ねられて顔を上げると,心配3割,好奇心7割といった表情の6つの目がこちらを向いている。
…こいつら,本当に正直者…。

「ちょっとした…,ちょっとした誤解で怒っちゃったんだ。それだけ」
「それだけぇ〜?」
「で,誤解は解いたのか?」
「…まだ」
「まだぁ〜?」
「おい仁,黙って聞いてろ。何で?お前のことだから説明したんだろ?」
「…それが,あの,天岩戸状態で。」
「あまのいわとぉ〜?」

「その誤解のもとを正すチャンスが,まだ来てないってことか」
天岩戸について,吼児から説明を受けている仁(ちんぷんかんぷんといった顔をしている)を背に,飛鳥が小さく尋ねる。
たはは,と笑いながら頷いたひろしに,
「取り持ってやろうか?」
と続けて聞いてくる。
「…気持ちは嬉しいけど,遠慮しとく。いちいち助けを借りてちゃ駄目だしね」
にっこり笑ってそう言うと,
「で,誤解って何を誤解されたの」
と畳みかけられて,相変わらずオセッカイザーだ,とひろしは思った。



来客に浮かれた(この人はいつもそうだ)母親から,桃をお土産に持たされた3人が帰ってしまうと,部屋の中は急にしんとした。
夏の間じゅう,自室の窓に掛けられた簾越しに,ひぐらしの鳴く声がする。
声とともに涼しい風が舞いこんで,ひろしは目蓋を閉じる。


ひろしは残暑の頃になると決まって体調を崩す。
これはもう,一種の風物詩のようなもので,母親もあんたまた,くらいに受け止めている。

昔から,身長の割に体重が軽いと言われ続けてきた。
そのせいもあるのだろうか。
あんたは成長期なんだから,もっと沢山食べろと母親は口をすっぱくして言う。
自分では,たくさん食べているつもりなのだが…。
おそらく太りにくい体質なのだろう。
部活に打ち込むようになって以来,割合と筋肉がついてきたほうだったが。
夏場は食欲が減ってしまうせいか,ふらりとくることがあった。
それでも普段はそれなりに気を使って食べるようにしていたのだが,クッキーとの喧嘩(?)以来,思えば碌に眠っていなかったし,倒れたのも当然だったかもしれない。

そういえば,この時期体調を崩しそうになると,きまってクッキーに休めと怒られた。
そういう意味では,確かに飛鳥が言った通り,クッキーは僕のお目付役なんだろう。

そして僕のお目付役は,まだ怒って会ってくれない。
きっとあの部屋の中で,ぬいぐるみかクッションを抱きしめて,眉間にしわをぐっと寄せて,怒った顔をしているんだろう。
そんな顔をさせたのが自分だと思うと,ひどく情けない気持ちになってくる。

早く元気になって,また彼女を訪ねて行こう。
何度でも。


カナカナカナ。
ひぐらしが鳴いて,

ああ,あいつらも会いたいと鳴いてる。
なぜだかそう確信した。


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