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前哨戦

あの日まで,あと1週間。
はっきり言おう。

気になる。

教室の中でも既に,女子が出すオーラでびんびんキてる状態だ。
そりゃまあ,無理もないなあと思う。
町を歩けば,そこらじゅうで「バレンタインフェア」だの何だのやってるし,TVを付ければCMでカワイコちゃんが「あなたの想いを伝える日v」とか何とか言っちゃってるし。
普通に生活していれば,嫌でも思い知らされるに決まってる。

去年は仁たちと貰ったブツの数を勝負した。

…見事に,負けた…。
まあ,はなから飛鳥には叶わないってことくらい,俺だって知ってる。
でも他の奴らに負けるなんて,実際のところ俺は思っていなかった。

ただ,理由ははっきりしているんだよな。
防衛組のパイロットである仁は,そりゃ目立つし,なんだかんだあいつは色んなところで色んな奴にメーワ…んん,もとい,世話を掛けまくってるから,その縁でちょいちょいとくれる相手が増えただけだ。

吼児のやつなんか,はるばるおのぼり山からブツが届いたって言うし。
あいつもあいつで,ヘンに交友関係が広いから,まあ,これもまた仁と同じくしょうがない(と,しよう)。

あとは似たり寄ったりの戦果だったわけだ。

ところで,俺の兄貴はバンドをやっている。
そのせいか,去年もやけにブツをたくさん抱えて帰ってきた。
その時,俺をちらっと見て意地悪そうに笑った兄貴の顔を今でも悔しく思い出す。

まあね,バンドやってるときの兄貴は確かにちょっとは格好良く見えるよ。
でもさあ,それってなんつーか,いわば騙しのようなもんじゃん?
大体普段の兄貴ってあんましサエナイし。
つーかオレのほうが何百倍もイケてると思ってんだけどなあ。

だからって俺はモテるために音楽をやろうって思ってんじゃないぜ?
純粋にロックが好きなんだ。
そう,つまり,兄貴は邪道だ。
ただ,正直,羨ましくもある…。


そういうわけで,俺なりに去年を振り返って考えた結果,ブツを多く貰うためには普段どこまで名前を売っておくかが決め手になることが分かった。
ただ,俺は吼児みたいに文通する趣味は無いし,仁みたいにパイロットと言うわけでもない。
兄貴みたいにバンドを組んでいるわけでもないわけで。
飛鳥は問題外ね。ありゃ却って気の毒だぜ(去年あいつが女子から贈られたブツの中にはとても食えたもんじゃねえって思うようなものがあった)。

当日まで,あと1週間。
さっき挙げた奴らは置いといて,他の奴らはどうかと見回してみる。

うん。ヨッパーは置いておこう。
そもそもあいつはこのイベントに興味が無い(年がら年中,自分で食ってるし)。

勉。
あいつにこの話題を振っても『そもそもヴァレンタインというのはですね…』と説明を始めるような奴だ。問題外。
だいたい「バレンタイン」でいいじゃねえかよ,なんだよ「ヴァ」って。

大介。
あいつの妹が確か,去年仁にブツを渡してたっけな…。いや,少なくとも俺は家族からの戦果を数に加える気はしない。
大介はいいやつだけど,体に似合わず控えめだから,俺よりも交友が広そうには思えない。

ひでのり。
…。あいつはこういうイベントにわくわくしそうに見えない…。いや,でも,数からいったら意外に多いかもしれない。

ひろし。
ひろしはねえ〜(にやにや),誰かさんから貰えたら天にも昇っちまうくらい幸せになれるんだから,もうそれで満足してもらおう。

つーわけで!
うちのクラスで,パイロットを除いた男子としては,この俺が一番モテるに違いない!


と,ここまで考えて,俺ははたと不安になった。
確か去年もこんな感じで油断して,奴らと似たり寄ったりの戦果しか挙げられなかったんじゃないか?

いけないいけない。油断は禁物。



つんつん。
なんだよ,おれをつつくやつは。

つんつんつん。
やめろよ,くすぐったいじゃんかよ。

つんつんつんつん!
…つうか痛えし。

「何だよ?」
そう言って左を見遣ると,じとぉとした眼差しのまま美紀が俺を見ていた。
何?
もしかして,お前オレに気があるの?

「…あきらくん,前」
「へっ?」

顔を上げると,鬼のような形相をした篠田先生が立っていた。

「くぉら〜あきらぁ!さっきから何にやにやしてんだぁ!」
先生はそう言うなり手に持っていたノートを丸めて俺の頭をはたいた。

「いって!痛ってえよぉ〜せんせ〜」
教室中がどっと笑って,俺は恥ずかしくなった。


くそぉ見てろよ。

あと一週間。
されど一週間。
もう勝負は始まってるんだ。

俺はこれから名前を売って,いま笑った奴らを笑い返してやるんだからな!


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