机の上に散らばった沢山の包装紙と,リボンの束を片付けながら,マリアは明日のことを思う。
紙袋へ仕舞った贈りものたちは,全部で10個。
去年と同様に,マリアはクラスの男子全員にチョコレートを贈るつもりである。
それは,クラス委員だから,防衛組司令官だから,という理由からではなくて,ただそうしたかっただけである。
ひとりに贈るのならば,ほかのひとりにも。
2年間同じ教室で沢山の時間を共有してきて,それぞれの良いところも悪いところも知った。
そうした全てが,マリアにとって大切な宝物となっている。
感謝の気持ちを伝えたい,あなたたちのことが大切だという気持ちを示したい。
それは疑いなく心からの気持ちであった。
律儀な彼女は,担任教諭の篠田と,校長の矢沢にもチョコレートの包みを準備した。
小学生という立場に加えて,防衛組という他に類を見ない特殊な状況にあるマリアたちをいつも優しく守ってもらったことに対して,ささやかでも感謝の気持ちを表したかった。
これら10個の包みは中身もすべて平等にしてある。
無論,手作りの品ではあったので…多少の差はあるが。
手先の器用なマリアにとって,チョコレート菓子を作ることも,ラッピングに凝ることも楽しい作業だった。
こうした作業をすべて終えて,明日はそれぞれに贈るだけとなった今,マリアはしかし,いまひとつすっきりした気分になれなかった。
防衛組の男子の人数は,9人。
教諭に配る分が2つ。
残りの一個の取り扱いをどうしたらよいものか,マリアは先程からずっと逡巡しているのである。
日向仁。
このクラスメイトに対して,自分がどう思っているのかをマリアは言い表すことが出来ないでいた。
彼がどんな人間かと聞かれたら,たくさんのエピソードを以て説明することが可能だろう。
一言では語りつくせないくらい,彼は強烈な個性を持った少年だった。
日向仁という少年のプロフィールについてであったらば,マリアは上手に説明することが出来る。
お調子者で,熱血漢,悪戯好きで,スポーツは万能だけれども,勉強は大嫌い。
いつも周りを自分のペースに巻き込んでしまうくらいのパワーがあって,人情に厚い。
曲がったことが嫌いで意外に頑固なところも,そのくせ悪戯にかけるずる賢さも天下一品。
注射が弱点で,意外に家の手伝いはちゃんとやっていて,人懐こくて…
そこまで列挙してから,マリアはいつのまにか自分で自分に言い訳していることに気づいて,小さく肩をすくめた。
(何やってるんだろう,私)
(大体,今は仁に贈るチョコレートをどうしようかについて考えていたはずなのに。)
既にチョコレートは準備してあった。
それは他に用意した物よりも若干手が込んでいた。
なぜ一つだけ,違ったものを用意してしまったのか。
(これは別に,あいつのために特別に作ったとかそんなんじゃなくて,ただ別のものに挑戦したくて試しに作っただけで)
誰に聞かれたわけでもないのに,マリアはまた言い訳をする。
(だからうまくできたか分かんないから,犬腹の仁だったら何でも食べられるだろうし,だから)
“でも,これを作るために試作を繰り返して,一番出来の良いものを選んだわよね?”
(それはたまたまで,仁のためにそうしたわけでもなくて)
“でもそれは,仁が特別だからってことよね?”
(結果的にそうなっただけで…,だから,特別ってことじゃなくって)
“でも特別なんでしょ?”
(……)
“仁のこと,好きなんだ?”
マリアはここで考えをストップさせる。まるでそれ以上考えると何かを壊してしまいそうな気がして。
「…不毛だわ」
ストップさせた自分を弁護するかのように,今度は声に出してみる。
さっきからずっとこんな調子だった。
マリアは分かっている。こんな風に自分に自分で言い訳するなんて,いつもの自分らしくないことくらい。
そしてもう分かっていた筈だった。自分が仁をどう思っているのか,なんて。
マリアは先程まとめた紙束から無造作に一枚引き抜く。
包装紙も,リボンも,他の皆とまったく同じように梱包した。
作業の傍ら,また頭の中で,“それでいいの? 本当にそれでいいの?”という声がしている。
カードに宛名を書く。
なぜか,ペンを持つ手に力が入らなかった。
(違うわ。あたしは仁のこと特別に好きとか思ってない)
マリアはまた言い訳を繰り返す。
“……うそつき。”
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