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うまく言えない

「おい,いよいよ明日だな」

昼休みの運動場。
寒空の下でも,陽昇学園の子どもたちは元気いっぱいに遊びまわっている。
グラウンドの一角でサッカーに興じている仁たち6年生もまた同様。
休み時間もあと5分と言う頃になって,仁たちはサッカーを切り上げた。
次は音楽の授業なので,移動教室の前に荷物を取りに行かねばならない。

昇降口へつづく通路脇にある水飲み場で喉を潤しながら馬鹿話で盛り上がっていると,おもむろに2組の谷口が話しかけてきた。
「んぁ?何が明日だって?」
次の音楽の授業はリコーダーの練習だったはずだ。
仁にとっては楽器演奏よりも歌うほうが性に合っている。
やだなあかったるいなあと思いながら気の無い返事を返すと,谷口は大げさに眉を吊り上げて見せた。

「何って明日だよ,明日」
「はぁ〜?」
回りくどい言い方はごめんだとばかりに仁が顔をしかめてみせる。
話に乗ってこないのがよっぽど気に食わなかったのか,谷口は,
「だから,バレンタインデーだろ,明日」
ぶすっとしながら,なぜか声を小さくして言う。
「…ああ」
そういえばそうだったな。
さっきまでサッカーで夢中になっていて、今はリコーダーのことに気が行っていて。
言われればそうだとわかるけれど,なぜ声を弱めてまで発しなければならないのかわからなかった。

「…で?お前,あいつから貰えると思う?」
「あいつって?」
鸚鵡のように問い返す仁に,心底呆れるといった様子の谷口は両手を広げてポーズまで取って見せる。
「あいつっていったらあいつだろ」
「だぁかぁらぁ〜誰だよ?お前さっきからそんな勿体つけやがって。気色悪ぃ」

大体そのポーズはどっかの誰かの十八番だろと思いながら睨み付けてやったが,谷口は気にする様子も見せない。
「お前って奴は…,白鳥だよ。白鳥マリア」
その名前を言われて,仁は一瞬戸惑った。何故だかはわからないけれど。
「……マリアが,どうかしたのかよ?」
「どうかしたかって,お前ら付き合ってんだろ?」

ぶっ。

「はぁ〜?」
大きな声が出た。
因みに、一瞬絶句した後である。

「なんっ,なんだよそれ!?」
あたふたする仁を不思議そうに見やった谷口が「え?違ったっけ?」と暢気に答える。

「俺がなんであんなうるさい女と…,つっ,付き合ってなきゃならないんだよ!?」
精一杯心外だという表情を作ってみせる。多少,頬が赤くなっている気がするがそれは気のせい。
そんな仁の努力もむなしく,谷口はペースを崩さなかった。
「え〜お前ら絶対そうだと思ってたんだけどな。まだだったんだ」
「だから何でそうなるんだよ!」
「え?だって端から見てりゃそう思うって。お前ら仲いいもん」
「仲っ…ないないない!ちっともそんなことないって!」
口調だけではなく身振りまで加えて大反論する仁を,水のみ場越しに飛鳥がにやにや眺めているのが目に入り,それが尚更仁を苛々させた。
「でもまあ,あいつはお前のこと好きなんじゃないの?」
「はぁ?」
どこをどう見たらそうなるんだ。大体あいつはいつも俺に突っかかってきやがって,好きとかそんなんじゃ絶対無い。
口をぱくぱくさせる仁を面白そうに見遣りながら,飛鳥が二人に割って入ってくる。
「まぁまぁ,そこまでにしといてやれよ」
「ん?俺そこまでヘンなこと言ったか?」
「いやいや。まあ仁にはまだちょっとオトナな話題だったってだけさ」
「あ〜,そういうこと」
なんだよ失礼な。つうか,谷口,お前なんでそんな簡単に納得してやがる。

仁が反論しようと口を開きかけたところで,予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「あ〜やっべ遅れる」
「仁,何してんだよ,行くぞ」
突っ立ったままの仁を残して,級友たちは急ぎ足で校舎の中に戻って行く。
「お,お前らぁ〜」
体良くからかわれたことにようやく至った仁は,ものすごいスピードで追いかけて行った。


ピーとかポエーだとか,どこか気の抜けた音がそこかしこから響き渡る音楽室の中で,仁はずっとふてくされていた。
「仁,あんた変よ,どうしたの?」と聞きに来たマリアを当たり散らすように追い返したため,マリアはマリアでその可愛らしい顔を不機嫌で覆っていた。
仁から少し離れた場所で,好奇心を隠しきれないきららが,あきら(さっき居合わせていた)に「何?何があったの?」と小声で尋ね,あきらと飛鳥がにやにやしながら説明している。

あ〜気に食わねえ。

力任せに吹いたら,リコーダーはぷぇ,という間抜けな音を立てた。

“お前ら,付き合ってんだろ?”
仁の脳裏に谷口の言葉が響いてくる。

何処をどう見たらそうなるんだ,全く。
あいつと俺はそんなんじゃねえ。
付き合ってるとか付き合ってないとか,俺には関係ねぇし。

そりゃね,このオトコの中のオトコ,日向仁様が女子にモテモテだってことはわかるよ。
なんたって,ライジンオーのメインパイロットだしな。
(メインパイロットならメインパイロットらしく,もっとしっかりしてよね!)
ああうるせえ。なんでこんな時まであいつの言葉まで思い出すんだよ。
なんだったっけ,ああ,そう。
つまり,俺がモテるってことはまあ否定しない。男が惚れる漢ってやつだな。
だから,明日のバレンタインデーに沢山チョコレートが貰えても,まあ当然と言うやつだ。

大分調子が戻ってきた。
リコーダーから漏れる音も大分安定してきたし。

で,あいつのことだけど。
あいつが,俺に惚れてるように見えるって?
…まさか。
ちっともそんな風に見えない。

無意識に目がマリアを探していた。
マリアは背筋をぴんと伸ばして,リコーダーを上手に奏でている。
マリアの隣に居るときえが,指の押さえ方を彼女に教えてもらっていた。

…そう。
あいつは誰にでも世話好きで,少々お節介焼きなやつだ。
困ってるやつを放っておけない。
(まあ,ときえほどではないにしろ)
去年だって,あいつはクラスの男子全員にチョコレートを配っていた。
そういう奴なんだ。

大体,好きとか好みだとか,付き合ってるとかそうじゃないとか,そういうことがピンとこない。
だから前に,ひろしがクッキーを好きだとか何だとかで囃したてた時も,面白そうだったからそうしただけだ。
俺は「自分が」そういう気持ちになるかどうかなんて,ちっとも興味が無い。

でも,あいつはどうなんだろう?

また,ちらりとマリアを盗み見る。
バチっと目線が合った。

なぜか,一瞬ドキリとした。
マリアは仁に向かって,あからさまに「いーっ」と表情を歪めて見せる。
それがとってもむかむかして,仁はぷいっとそっぽを向いた。
こんなことは日常茶飯事な筈なのに,なぜか少し,胸がチクリと痛んだ。


そうだよ。
あいつが俺のこと好きだなんて,どっからどう見ても思えねえ。
だから俺たちは,ただの…,ただのクラスが一緒で,ちょっと顔を見れば口喧嘩するくらいの,
友達…ではなくて。
何故だろう,あいつは友達っていう感じじゃない。
……。
そうか,仲間だな,仲間!
地球防衛組の仲間,って奴だ。

自分の出した答えに満足して,仁はリコーダーに勢いよく息を込める。

ただの,仲間。
でもどうしてただの仲間の筈なのに,さっきからマリアのことが気になって仕方がないのか。
あいつの立てる笑い声のいちいちに耳が反応して,
あいつの名前を誰かが呼ぶたびに気になって,
顔を見合わせればわざとヘンな顔をしてやりたくなって,
なんで,
なんで,あいつにばっかり…。

仁はその理由を見つけ出せないまま,リコーダーを吹き続けた。


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