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冷たい校舎

何よこんな所へわざわざ呼び出したりして。何の用?

あの子は普段の様子に似ず,やけにしっかりとした表情であたしを見上げた。
どうせ呼び出しを受けるんだったら,格好いい男の子からのほうが良かったんだけどな,なんて思っていたら,あたしを見上げながらあの子は


「き〜ららっ。どぉ?準備は?」
給食時間の放送を終えて教室へ戻ってくると,既に食べ終えたらしいポテトがあたしに向かって聞いてきた。
手にはスナック菓子の袋。…相も変わらず,食欲旺盛よねえ。
ポテトがあたしに何を聞いてきたのかってことくらい既に察していたけれど,あえて聞き返してみる。
「準備って?なんのこと?」
「またまたぁ〜」
ちょっとちょっと,肘でぐりぐり押さないでよ。
あたしはポテトを押しやって,呆れた顔を作ってみせた。
「言っておくけどポテト。チョコのことだったら秘密よ。これは正々堂々,勝負なんだから」
去年もそうしたでしょ,と付け加えると,ポテトは苦笑いをして,
「わかってるけど〜。気になるじゃない,やっぱり。ライバルの動向は」
ポテトの押しの強さには,さすがのあたしも時々負けそうになるけれど。
「とにかく!バレンタインに関してはファンクラブ仲間と言えど立派なライバルよ!」
ついでに,ダイエットしてるんじゃなかったっけ?と,手にした菓子袋を指さしながら言うと,ポテトはちえっ,と残念そうに呟いて引き下がった。
その一言はちょっと言いすぎだったかもと思ったけれど,まあ本当のことだし。

バレンタインを間近に控えたあたしたち6年3組の女子は,一様にテンションが上がっている。
当日どんなチョコを贈ろうか,どういう風にラッピングするのか,どのタイミングで渡そうか。
渡したい相手が飛鳥君である以上,ライバルの動向は気になって当然だ。
如何に他の子と差を付けるか,飛鳥君に自分を印象付けるのか…,色々と考えなくてはならない。

去年の飛鳥君といったら,それはもうものすごいモテっぷりだった。
同じクラスの女子だけでなく,同学年,下級生,果ては中学生まで…,とにかく沢山の女の子たちからチョコを贈られていた。
あたしはモテるのって嬉しいことだと思うけど,さすがにあれほどまで凄いと大変だなあと思ってしまった。

でも同時に飛鳥君が女の子にモテモテだっていうことは,あたしをどこか誇らしい気持ちにさせた。
まぁ,何て言うか,日頃あたしたちファンクラブが飛鳥君を盛りたてて護っているからこそよね,って思うのだ。
飛鳥君のアイドル顔負けのもてはやされっぷりは,ファンクラブ一同の働きも一役買っているような気がする。
長年スターの追っかけをしているファンの気持ちがちょっとはわかると言ったところかな。
ファンクラブの会長であるあたしが少々誇ったってバチは当たらないだろう。

今年は今年で,あたしの気合は十二分に充実している。
会長として,ファンクラブの誰よりも立派なチョコレートを飛鳥君に贈るつもりだ。
小学校生活も残りあとわずか。このバレンタインの想い出は,ファンクラブにとっても飛鳥君にとっても思い出深いものになるといい。


「…それ,本気で言ってるの?」

つい大きな声が出て,発した私自身がちょっと戸惑うくらい強い語調になってしまった。
でもあの子は気圧された様子なんか,ちっとも見せなかった。
…今までとは違って。


今年こそは他の誰よりも先に,一番最初に飛鳥君にチョコレートを渡すつもりでいる。 去年は大きさに凝ったけれど,今年は味に力を入れる予定だ。

前よりももっと大人っぽい素敵なきららを印象付けようと思っている。

さっきポテトにはあんなことを言ったけれど,あたしだって実は他の子の動向が気になって仕方がない。
立場上,我慢しているのだ。
何気ない会話の内容から,それぞれの思惑を読み取ろうとしてみたりね。
…で,あたしの睨んだところ,今年はラブが目立って気合が入っているようだ。
去年のラブは,あそこまでやる気じゃなかった気がする。
あの子は皆とワイワイ騒ぐときに一緒になって楽しそうにしていても,どこか乗り切れないって感じがしていたのに。
ラブが本気モードになったら,結構手強い気がする。

本気モード?
…なんて言葉を使ったらラブに失礼だったかな。
というか,そもそも飛鳥君に失礼か。
あたしたちはみんな本気で飛鳥君のことが好きなんだし。

ただ,(これはこの先も絶対口に出さないと思うけれど)あたしたちは飛鳥君を巡って皆でワイワイすることも楽しんでいたんだと思う。
5年生のはじめにこのファンクラブを作ってからずっと,ファンクラブとして飛鳥君を応援して,皆で一緒に登下校したり遊びに押し掛けたりして。
その時間が,とっても楽しいから。
だからこれから先も,あたしたちはみんな,こうやって飛鳥君を囲んでワイワイやっていけたらいいなって思っている。
正直なところ,この先のあたしたちがどうなるかなんてちっともわからないけれど。
3月になったらここを卒業して,中学に上がる。
そしたら,防衛組の皆ともクラスが分かれてしまうだろう。
離れ離れになっても,仲間たちとの絆が無くなってしまうわけじゃない。
だけど,今までとおんなじように過ごせるなんて保証は,実はどこにも無い。

だからこそ,ファンクラブ会長として,あたしはみんなを盛り上げて引っ張って行かなきゃと思う。
多分皆も,それを望んでいるんだと思ってる。



校舎の壁に寄り掛かった。
日は照っているのに,この壁はやけに冷たい。
上着を着てくるんだったと,あたしは後悔した。

「…わかったわよ」
そう言うしかなかった。

正直に打ち明けてくれたことはあの子の精一杯の誠意なんだろうと思うのに,
あたしはちっとも嬉しく思わなかった。
よりによってこんな時に告げられたくなんて無かった。

もうすぐ諦めなくちゃいけない時がくるんだと,そうあたしに言い聞かせるようにチャイムが鳴った。


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