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食道楽

「ポテトってグルメだよね」
これは,飛鳥君があたしによく言う言葉。
あたしは無論,これを褒め言葉だと受け取っている。


というわけで,あたしは食道楽の名に恥じぬよう,日々精進している。
特にあたしが愛して止まないポテトチップスに関しては,日々どのように味わえばより美味しく頂けるかについて研究を重ねているのだ。
(因みに,一口で食べられる枚数の記録も日々更新中)
ポテチも素晴らしいけれど,バレンタインは勿論チョコレートが主役なわけで,あたしはここのところもうずっと,美味しいチョコの開発に余念がない。

美味しいだけじゃ物足りない。
食道楽であるあたしにとっては,ただ美味しいってだけじゃまだまだ序の口なのだ。
ただの美味しいチョコにひとつふたつ手を加えて,他には類を見ない個性的なチョコレートを作り上げてこそ,あたしの名に恥じない贈り物になると言うわけだ。
去年はうちの店の商品をちょっと拝借したけれど(そして見つかって怒られたけど),今年は別方向で攻めてみようと思っている。
その一方で,意外性が大事だけど,やはり受ける線(まあつまりベーシックなものってことね)が何であるかも押さえておかなきゃいけない,ってことで,従来のポピュラーなチョコに関してもあらためてリサーチした。

我ながら,今日に至るまであたしは本当に努力したと思う。

今年のお年玉の大半が,チョコの製作費に消えたし,あたしはとってもとっても大きな犠牲を払ってきたのだ。
お金のことだけじゃない。
今日の本番を迎えるにあたって,あたしは何度も試作を繰り返した。
試作に至るまでには,研究開発のためにさまざまな方向性を模索した。
例えば,何かをチョコでコーティングする場合を考えた時に,中身となるべきものは何が良いか?
この答えを探すために,様々な食材で試したのだ。

乙女としては,バレンタインを迎えるにあたってお顔がニキビだらけじゃまずいので,研究開発時の止むを得ない試食を除けば,十分我慢をした。
(…え?努力の方向が違うだって?そうかなあ)

こうした地道な開発には,客観的意見を取り入れることが重要なんだそうだ。
(なんだっけ?勉君から聞いたんだっけ?本で読んだんだっけ?…まあともかく)
客観的意見…つまり,あたしじゃない他の誰かの感想も聞いた方が良いということ。
まあ一理あると思う。
(去年はこれを怠っていた。だから飛鳥君を射とめられなかったのかしら?)
それを踏まえた今年のあたしは万全の態勢を取った。
あたしの家族は当分チョコの匂いを嗅ぎたくないって言い出すくらいに食べてもらったし,もう一人心強い(?)協力者も得た。
そんなこんなの道のりを経て,あたしの手元には自信作が出来あがったのだ。

当然今回のチョコは完璧も完璧,極上の本格味になっている。
そう,あたしが怖れるものなんて無い!


あとは飛鳥君にこのチョコを食べてもらうだけ!


…っと,その前に。
あたしは飛鳥君用の包みを手提げから取り出す。
手提げ袋は,アルミホイルに包まれた試作品たちでみっしりと埋まっていた。
それを確かめてあたしは助手の名前を呼ぶ。
ついでにちょいちょいと手招きもする。

「…なに,ポテト。…も,もしかしてまた?」
手提げ袋の膨らみで,助手は少々気圧されたのか,いつになくおずおずとあたしを見上げた。
あたしは大きく(多少勿体ぶって)頷く。
「今日までの協力のお礼も兼ねてよ。全部あげるわ」
そう言うと,失礼なことに元・助手は(これを以て彼の助手としての役割も終了なのだから『元』に違いない)うげえと嫌そうな顔をした。
「…なに?」

まさか嫌だとでも?


大体最初に助手を言いだしてきたのはそっちじゃない。
ただで色んな種類を沢山食べられるからって,この話に諸手を挙げて飛びついて来たくせに。
そんな抗議を込めてじろりと睨みつけると,
「…うぐっ」
あたしの意図を読み取ったらしく,大人しくなった。

「これでもアンタには感謝してるのよ。アンタの試食のお陰で,あたしはダイエットを止めずに済んだし」
…その割にあんまり体重が落ちなかったのは何でだろう?…まあ,いいけど。
「今年は練習がいっぱいできたおかげで,飛鳥君には自信作を贈ることができそうだし」
そう重ねて言うと,そりゃあそうだろうけどよお,とぶつくさ言いながら,元・助手は手提げ袋を受け取った。

「何が不満なのよ?」
そりゃあ,本命チョコでは決してないけれど,
「数と量だったら,(飛鳥君以外の)誰にも負けないわよ!」
元気出しなさいよと,どん!と背中を叩いてあげたんだけど,元・助手はぐぇっほ,と咳込んだだけだった。


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