今日だけはひとりで帰りたいと思った。
ひろしくんに心配させたくなかったってこともあるけれど,ひとりで帰らなきゃ駄目だって思った。
今のあたしを見たら,ひろしくんがすごく心配してくれることくらい,わかっている。
だからこそ,ひろしくんには会えない。
…ううん,ひろしくんだけには,今は会うべきじゃないんだ。
これはあたしのけじめだ。
ひろしくんの靴箱に贈り物を置いてから,あたしは足早に校門に向かって歩き出す。
相当覚悟していたつもりだったけれど,やっぱり覚悟が足らなかったみたい。
未だに足ががくがくしている。
それは夕闇から運ばれてくる冷たい空気のせいだけじゃなかった。
せめて周りに人が居なくなるまでは,泣くまいと思った。
いつもぐじぐじ悩むあたしだけれど,でもきっと大丈夫だと思う。
だってこれは,あたしが自分で決めたことだからだ。
言わなきゃいけないと思った。
ちゃんと伝えなくちゃ,駄目だって思った。
もう,そういう時が来ていたからだ。
いつまでもここに留まっては居られない。
陽昇川沿いの道に出ると,吹きさらしの風がぴゅうと吹いて,足もとの枯れ草が身を震わせる。
そこではじめて,あたしはずっと下を向いていたことを思い出した。
見上げたら,世界はその彩りをオレンジ色から薄い藍色に変えるところだった。
それがとっても鮮やかで,
綺麗だなあと思ったら,
あ,一番星だ。
そう呟いた声が聞こえた気がして,
途端,
空が滲んだ。
あたしは一人だと,一番星も満足に見つけられない。
「本気で言ってるの?」
きららちゃんはあのとき,すごく困った顔をしていた。
困って,怒って,悲しそうな顔だった。
あたしは自分勝手だ。
それはよく分かっていた。
とても申し訳ない気持ちになったけれど,でも変えられなかった。
放った言葉は,もう戻ってこない。
きららちゃんたちと一緒に居た時間が,随分前のことのように思える。
みんなでワイワイ騒いで,飛鳥君を囲んで…楽しかったなあ。
一緒に宿題したり,下校したり,休日にはみんなで遊んだり。
ずっとそうして居られたら,どんなに楽しかっただろう。
みんなと居る時間が大好きだった分,離れるのが辛かった。
きららちゃんに脱退を言う時も,本当に苦しかった。
でも,もう無理だなって思ったから。
あたしはもう,ファンクラブに居ちゃいけなかった。
今日は朝からずっと気持ちが落ち着かなかった。
放課後,体育館脇で待っている間は,心臓が口から飛び出そうで,苦しかった。
だって生まれて初めての告白だったんだもん。
飛鳥君は去年と変わらない様子でいてくれた。
あたしの大好きな爽やかな笑顔で,ありがとう,嬉しいよって言ってくれた。
いつも格好良くて,爽やかで,優しくて,大人っぽい飛鳥君。
あたしは本当に素敵な人を好きになったんだなぁって,思った。
あらためて。
ずっと何を言おうか考えていた。
告白するって決めてたけど,どういう言葉にしたらいいのか迷っていた。
今の自分の気持ちを,どんな言葉にしたらうまく伝えられるんだろうって。
でも飛鳥君を前にして,あたしはただ一言しか言えなかった。
「だいすきです」
って。
それだけじゃ絶対伝わらないって分かってるのに,あたしの口から出たのはそれだけだった。
みっともないことに,手がぶるぶる震えていた。
ねえ飛鳥君。
飛鳥君はあたしの気持ちを知っていたのに,知らないふりをしてくれてありがとう。
あたしのわがままに付き合ってくれてありがとう。
最後の最後まで,飛鳥君は飛鳥君だった。
あたしの憧れの,飛鳥君だった。
明日から,ちゃんと笑ってみせる。
きららちゃんにも,飛鳥君にも,他のみんなにも,…ひろしくんにも。
今よりずっと元気になって,明るいクッキーで居てみせる。
人から見たら,そうじゃなかったとしても,あたしにとっては初恋だったよ。
飛鳥君,
だいすきでした。
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